公益社団法人 日本精神神経学会

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テーマ4: 病名告知―新しい治療の展開

更新日時:2015年1月28日

監修: 日本精神神経学会 前理事長
東北福祉大学大学院精神医学教授 佐藤 光源

[テーマ4] 病名告知―新しい治療の展開

日本精神神経学会 前理事長
東北福祉大学大学院精神医学教授
佐藤 光源

病名告知と心理教育

患者・家族と医療スタッフが病気について共通の理解を持ち、分かりあって治療計画を立て、協力してそれを実践するのが医療の原則である。 しかし、「精神分裂病」という病名では、その告知率は約20%にとどまり、医療の原則に沿った精神医療が十分に行われていると言い難い。「統合失調症」という新しい病名になって、 どこまで告知率が上がるのか注目されている。 問題は「統合失調症」と伝えたあとで、それをどのように説明するのかである。そのポイントは、脳の神経伝達系の障害による治療可能なありふれた病気だということ、幻覚や妄想と いった現実検討能力の弱まった状態を特徴とする病気で、薬物療法と心理社会的療法をバランスよく組み合わせて治療すれば初発患者の過半数が治ること、再発しやすいので回復後の 再発予防が大切なこと、治療目標は社会(家庭、学校、職場など)で普通に生活できること、などである。もちろん、患者と家族の質問に十分答えることが何よりも大切である。

新しい治療の展開

米国精神医学会の実践的治療ガイドラインや専門家の合意による治療ガイドラインを参考にして、新たな治療を展開する必要がある。薬物選択は精神薬理学的な根拠に基づいたアルゴリズムが参考になる。それらが推奨している治療計画は、概ね次のようである。
 治療計画は正確な診断のもとで、急性期、安定化の時期、安定期の各時期に適した(adequate)、薬物療法と心理社会療法をバランスよく組み合わせた(comprehensive)ものが求められる。その立案には患者・家族と医療スタッフが参加し、相談して決める(collaborative decision making)。急性症状のために理解力が十分でない患者には繰り返し説明を試みる。急性期には薬物療法が中心となり、安定化の時期から安定期にかけてしだいに社会生活技能訓練や環境調整を含めた心理社会的療法の比重が大きくなっていく。

薬物療法

抗精神病薬は、脳の神経伝達系(主にドーパミンとセロトニン神経系)の機能を調節することによって特有の精神病エピソードを改善する。 急性期の治療だけでなく安定期の再発予防にも抗精神病薬が有効であり、服薬を継続する必要がある。その一方で、抗精神病薬は神経受容体に直接作用する化学物質なので、 錐体外路症状や認知障害などの有害な副作用があり、それを避けるには十分な精神薬理学的な知識が必要である。日本では、新世代の抗精神病薬が登場した今もなお従来型の 抗精神病薬が多く処方されており、大量の多剤併用も稀ではない。従来型の抗精神病薬は黒質・線条体ドーパミン神経系を遮断する作用が強く、 有効な反面で認知障害や錐体外路症状などの副作用を伴いやすいので十分な注意を要する。それには、精神薬理学的な根拠に基づいた合理的な薬物選択アルゴリズムや専門家の 合意による薬物選択手順が出版されているので参考にされたい。

(1)抗精神病薬の種類
抗精神病薬の分類はまだ一定していないので、便宜的に従来型の抗精神病薬とリスペリドン以降に日本で発売された新薬を新世代の抗精神病薬と呼ぶ(表1)。

表1:抗精神病薬

Ⅰ.従来型 ハロペリドール、クロルプロマジン、プロペリシアジンなど
Ⅱ.新世代型 リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、ペロスピロン

(2)治療目標と薬効評価
治療目標は、症状を改善して日常生活に必要な社会的機能を回復することである。具体的には、家庭、学校、職場などで普通の生活ができるようになり、可能な限りQOLを向上させることにある。患者と家族にとって病気が治るということが何なのか、病状の重症度をどのように判断すればよいのか、全く見当もつかないということも稀ではない。SOS (school, occupation, social)機能が回復することをもって治るということを、医療者・当事者間の共通の理解にしておけば分かり合いやすい。病状の重症度は患者の社会生活機能(表2)で評価し、それを改善する因子はベネフィット、悪化させる因子はリスクとして整理する。

表2:社会生活機能の評価尺度

評価 点数 程度
良好 (81~100) 広く社会活動に加わり、家庭、学校、職場などによく適応。症状はないか、あっても僅か。(例:たまに家族と口論)
軽度 (61~80) 全般に良好で、対人関係も良好。軽い症状 (例:不眠や軽い抑うつ)や適応困難がある。
中等度 (41~60) 社会生活に明らかな障害(例:仕事が続かない) 中度ないし重度の症状(例:恐慌、自殺願望、強迫)
重度 (21~40) 現実検討の障害、幻覚・妄想に影響された行動。 意思伝達や判断に高度の障害(例:ときに滅裂)ほとんど社会的機能ができない(例:終日無為)
最重度 (0~20) 自殺や他人への危害の危険が切迫した状態。 基本的な生活機能の障害(例:ひどい滅裂)

<DSM―IV: Global Assessment of Functioning(GAF)Scaleを改変>

(3)急性期の薬物療法
急性期には主に陽性症状(幻覚、妄想、激しい興奮や昏迷)がみられ、そのために患者の自己統合力が弱まり、現実を正しく認知して吟味する能力が低下する。その重症度は、社会生活に応じる機能障害の程度によって評価される。急性期には表2の中等度ないし最重度になることもある。病状のために自傷・他害の危険が切迫している場合には、医療による保護のために強制入院が必要になることがある。
 急性期には薬物療法が中心となるが、その治療効果の判定は医療スタッフによる評価だけでなく、患者自身による自覚的な評価や家族の評価も大切である。抗精神病薬は単剤で処方し、その効果判定には有効量を4ないし6週間続けてみるように推奨されている。
 薬物療法を始めるにあたっては、次の点に留意する。

1) 安全性の確保
(1) 薬物不耐性による緊急事態や血液毒性、悪性症候群を避ける。そのためには、年齢、現病歴、既往歴、身体合併症、薬物過敏性、治療歴、妊娠・授乳の可能性を考慮する必要がある。
(2) 前医からの医療情報、とくに過去の治療薬の有効性と副作用に関する情報を入手し、それを参考にして第一選択薬物を決める。

2) 患者・家族への説明と協力要請
(1) 治療計画を患者・家族とコメディカル・スタッフによく説明し、分かりあった医療を展開する。その際、薬物療法についての必要な情報(目的、服薬内容、予想される効果と副作用など)を十分に説明し、医師・患者間の信頼関係を深める。
(2) 急性精神病エピソードがあまりに重症で、治療について患者の理解が得られない場合には、患者の回復に合わせて繰り返し説明する必要がある。

3) 標的症状と治療法の選択
(1) 面接による多軸評定と身体的な診察によって診断を確定し、第1軸における標的症状を定めて薬物療法を行う。
(2) 患者側の因子(発症脆弱性の程度や第2軸の人格障害・知的障害など)と第4軸の環境因子との相互作用がどのように標的症状に関係しているかについて評価し、治療計画における薬物療法と心理社会的介入(精神療法、家族療法、環境調整など)のバランスと組み合わせを検討する。
(3) 第3軸の身体疾患の有無や程度によって、選択する薬物と用量を決める。
(4) 第5軸で重症度を判定する。

(4)安定化の時期と安定期の薬物療法
急性期が過ぎると、精神病症状(主に陽性症状)で損なわれていた現実検討力がしだいに回復し、自我の再統合がみられる。生活機能レベル(表2)が重度から軽度へと改善するが、その過程が安定化の時期である。この時期の治療目標は、主に陽性症状の増悪を防いで陰性症状を改善し、薬物による副作用(とくに遅発性の錐体外路性副作用)を予防または軽減することにある。  陽性症状の増悪防止には、従来型か新世代型かを問わず、急性期に有効であった抗精神病薬を継続し、安定期になってから減量するのが基本である。抗精神病薬の継続期間は患者によって異なり、家族の患者に対する感情表出などの心理社会的な因子も考慮に入れる必要がある。

1) 陰性症状とみかけ上の陰性症状
陰性症状には統合失調症の症状としてのものと、従来型の抗精神病薬によるみかけ上のものがあり、後者には従来型の抗精神病薬による欠陥症状(neuroleptic-induced deficitsyndrome, NIDS)が含まれる。その場合には、次の選択肢が考えられる。
(1)従来型から新世代型に抗精神病薬を変更する。 従来型の抗精神病薬で治療して回復期を迎えた患者で、陰性症状またはNIDSがその患者の社会生活能力を損なっていると考えられる時は、次の理由で新世代型の抗精神病薬に変更する。
a) 陰性症状またはNIDSのいずれを改善するのかは不明であるが、従来型がNIDSを起こす可能性があるのに対して、新世代型の抗精神病薬にはその可能性が少ない。
c) 新世代型の抗精神病薬には、抑うつ症状の改善を期待できる。
(2) 新世代型の抗精神病薬から他の新世代型に処方を変更する。
(3) パーキンソニスムへの対応
2) 従来型の抗精神病薬で治療中の患者にパーキンソニスムが現れた時には、次の理由で新世代型に変更する。
(1) オランザピンとクエチアピンは錐体外路性副作用が少ない。
(2) リスペリドンの低用量(2~4mg/日)は錐体外路性副作用が少ない。
3) 遅発性ジスキネジアを生じた場合にも、新世代型の抗精神病薬への変更を考える。
4) 不安・抑うつ状態にある時
抗うつ薬(SSRI)を併用するか、新世代型の抗精神病薬に変更する。

(5)心理社会的介入
急性期には、家族と患者の関係を適切なものにするため心理教育を行う。疾病や治療についての教育とともに、家族の患者に対する感情的な態度や患者に対する支援がこの病気の長期転帰に大きく影響することを説明する。  安定期には、社会生活技能訓練や家族教室を行う。地域社会の生活支援システムを活用した精神科リハビリテーションはノーマライゼーションの促進に役立つ。

以上に述べたように、「統合失調症」への呼称の変更は、単にその用語の持つ人格否定的な響きに対応するためだけのものではない。最新の疾病概念を普及させることで一般市民だけでなく医療従事者の間でさえみられる誤解や古い疾患概念を払拭し、病名告知で始まる新しい包括医療を展開しなくてはならない。今回の呼称変更によって、現在治療中の67万人の患者や約20万人の入院患者が適切な治療を受け、処遇がさらに改善されることを念願してやまない。

【 文献 】
日本精神神経学会(監訳):米国精神医学会治療ガイドライン―精神分裂病(責任訳者 佐藤光源), 医学書院, 東京, 1999

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