公益社団法人 日本精神神経学会

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学会案内|About Japanese Society of Psychiatry

理事長からの年頭の御挨拶

更新日時:2025年1月8日New

2025年の年頭にあたって

 会員の皆さま、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。昨年は元旦の夕刻に能登半島地震が生じ、多難な一年の幕開けとなりました。年末の報道でも、能登地域の復旧にはまだまだ時間を要するようです。ロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス戦争も和平の見通しがたっていません。昨年秋にはノーベル平和賞が日本原水爆被害者団体協議会に授与されるといった素晴らしいニュースもありましたが、2025年が日本にとって、世界にとって、平和で穏やかな一年となることを心から願っています。

 年末には2024年に亡くなった方々を追悼する記事が多く報じられました。その中には10月17日に92歳で亡くなった美術評論家の高階秀爾さんもおられます。高階さんには2013年に研究会で特別講演をしていただいた個人的なご縁がありました。心よりご冥福をお祈りいたします。私は高階さんの名著「名画を見る眼」1)の中で、サンドロ・ボッティチェリの《春(プリマヴェーラ)》について、絵の右側に登場する風神ゼピュロスに誘惑されるニンフの「クロリス」と、その隣の春の女神である「フローラ」とが同一人物であると書いてあるのを読んで衝撃を受けたことをよく覚えています。この2人はほとんど対極のように見えるからです。クロリスが後にフローラに変容することは、罪深い誘惑から新たな生命や再生が生まれることを象徴していると解釈されます。ボッティチェリの絵画では、他にも善と悪、純粋さと誘惑といった二面性や多義性が込められていて、双方の境界はあいまいである場合が象徴的に描かれています。このような両価的な視点は、精神医学の諸問題を考えるうえでもきわめて重要だと思っています。

 高階さんは倉敷の大原美術館の館長を務めておられたこともありました。大原美術館に所蔵されている私のとても好きなジャン・フォートリエの絵画をめぐって、最近アール・ブリュットに関する総説を書く機会がありました2)。アール・ブリュットの作品が学会の機関誌であるPsychiatry and Clinical Neurosciences (PCN)およびPCN Reportsの毎号の表紙を飾っていることは皆さんよくご存じと思います。これにはAssociate Editorの平野羊嗣先生と、滋賀県立美術館ディレクターでアール・ブリュット研究の第一人者である保坂健二朗氏の大変なご尽力をいただいています。アール・ブリュット(生の芸術)について考えたとき、おそらくもっとも重要なメッセージの一つは、それが障害者によるアートとは同義ではないということです。アール・ブリュットは一般には、正規の美術教育を受けていないアーティストによる作品、既成の枠組みにとらわれない作品、知的障害や精神障害をもつ人々の作品とされていますが、もともとはこの用語を提唱したジャン・デュビュッフェの心に響いた作品群を指していました。その意味ではフォートリエも間違いなくその一人になりますが(精神障害の有無は別として)、いずれにしても大切なことは、たまたま精神障害を持つ人の絵画がデュビュッフェの心を打ち、そのコレクションに入ることが多かったのだと思います。アール・ブリュットの作品、あるいは精神障害自体はそれぞれの人の人となりのごく一部に過ぎません。そのことは最近読んだ「天才の光と影」という本からも痛感しました3)。ノーベル賞を受賞した天才科学者でも、栄光とは裏腹に、激しい嫉妬や怒り、あるいは病的側面を持つこともあり、これらを包含して全人的に理解していくことが求められます。

 昨年2月1日に私は本学会の法委員会の数年にわたる調査にもとづき、優生保護法に関する声明を出し、この問題に関する学会の果たした役割について正式に謝罪しました。この声明は「本学会の使命として、現在もなお存在する精神障害や知的障害への差別、制度上の不合理を改革するため、力を尽くすことを誓います」と結んでいます。こうした点は優生保護法や性別不合を含め、精神医学が関わるすべての問題に共通していると思います。精神疾患を持つ人を含め、あらゆる人にはそれぞれの多様な生活、考え方、希望や問題があります。私は理事長を拝命してから今年で2年になりますが、就任時に精神神経学雑誌の巻頭言で述べたDEI (Diversity, Equity & Inclusion)(多様性、公平性、包摂性)の達成のために力を尽くすという考えは変わっていません4)。私自身の時間は限られていますが、任期中に取り組むべき問題に全力で立ち向かい、次世代に継承していきたいと願っています。

 会員の皆さまには本年も学会活動への引き続きのお力添えとご参加をお願い申し上げます。

1)高階秀爾: 名画を見る眼. 岩波新書, 1969.
2)三村 將: アール・ブリュットと精神の変調. BRAIN and NERVE, 76(12): 1319-1327, 2024.
3)高橋昌一郎: 天才の光と影 ノーベル賞受賞者23人の狂気. PHP出版, 2024.
4)三村 將: 巻頭言 学会の20年の礎を築くために. 精神神経学雑誌, 125(9): 743, 2023.

公益社団法人日本精神神経学会
理事長 三村 將

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