3年を経過した新型コロナウイルス(covid-19)感染拡大は、いまだに終息する気配が見られず、連日多くの方が亡くなり、医療機関や施設におけるクラスターや医療逼迫が頻繁に繰り返されて、会員の皆様も大変なご苦労をされていることと推察いたします。このコロナ禍に加えて、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー不足や物価高騰が世界を直撃し、精神障害を抱える方々の生活状況はますます厳しいものとなっています。長らく減少傾向を維持していたわが国の自殺者数が再び増加に転じていることは、私たちの果たす役割がますます重要になっていることを意味していると思われます。
このような厳しい状況下で、昨年はわが国でメンタルヘルスに関連する2つの大きな出来事がありました。一つは国連による障害者権利条約に関する対日調査報告(以下、国連対日調査報告)であり、今一つは精神保健福祉法の改正です。前者については、あらかじめ予想されていた通り、多くの懸念と勧告が指摘されましたが、後者に関しては、国会に提出された改正案の中身は小規模な改正内容にとどまっていました。これらに先立って行われた厚労省による「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」では多岐にわたる内容が活発に議論されておりましたので、国連対日調査報告も踏まえた上で、わが国における精神医療・保健・福祉のさらなる充実に向けた一層の努力が求められるところです。
当学会の最近の動向に目を向けますと、第118回学術総会が昨年6月に福岡にてハイブリッド形式で開催され、8395名の参加登録が得られ、盛況のうちに無事終了しました。Covid-19感染が一段落した時期とも重なり、会場にも多くの参加者が訪れ、周到に準備されたプログラムの下、久々に活気あふれる雰囲気で行われたことが印象的でした。適切な感染対策を取りながら、運用が煩雑なハイブリッド開催にて準備いただいた川嵜弘詔会長をはじめ、関係者の皆様には、この場を借りて御礼を申し上げます。
今期の理事会活動の最近の状況を少し報告させていただきます。精神科専門医制度部門に新設された「精神科専門医テキスト作成委員会」では、専攻医教育や生涯教育のさらなる充実に向けて、専門医試験の出題元となりうる専攻医向けの精神科テキストを編纂中です。専門医試験委員会とも連動しながら、精神科専門研修中に習得すべき知識・技能・態度のミニマムエッセンスに加えて、専門医取得後の生涯教育やサブスペシャリティ選択にも対応できるように、現時点での標準的な精神医学・精神医療・精神保健の最新情報もできるだけ盛り込む予定です。現在、原稿がほぼ出揃って、全体的な調整や校正を進めている最中であり、できるだけ早い時期の発刊を目指しています。精神保健・医療・福祉部門では、わが国の精神科医療の質を向上させる取り組みを前進させる課題の解決に向けて、従来から広範な領域をカバーし、精力的に活動してきた「精神医療・保健福祉システム委員会」を、「急性期医療」、「慢性療養者の医療・支援」、「地域ケアにおける自立支援」に関する3つの委員会に再編しております。各委員会の目的を明確化して、それぞれのあり方をより具体的に検討し、国連対日調査報告も勘案しながら、わが国の精神医療・保健・福祉のあるべき姿に関する中間報告を今年中に発信していきたいと考えております。
本学会の機関誌も引き続き、さらなる発展を続けています。英文誌Psychiatry and Clinical Neurosciences (PCN)は、2022年発表の最新Impact Factorがついに12.145(精神医学領域157誌中14位)となり、世界の一流誌の仲間入りを果たしました。これは、PCN編集委員会やPCNを育てるPIワーキンググループによる中長期的な戦略や献身的な貢献、そして会員の皆様による質の高いreviewによるところが大きいと考えています。このレベルを維持するには大変な困難が予想されますが、関係する皆様のさらなるご協力をよろしくお願いいたします。また、PCNのcompanion journalとして、昨年春にPCN Reportsを創刊しました。昨今の英文誌に多いopen access journalであり、著者は論文掲載料が必要となりますが、創刊後2年間は会員の論文掲載料を学会が負担することになっています。会員の皆様にとってより投稿しやすい英文誌を目指していますので、たくさんの投稿をお待ちしております。2021年発刊の第123巻第1号から装丁をリニューアルした精神神経学雑誌も、PubMed再掲載を目指して様々な取り組みを進めております。その一つとして英文翻訳のホームページ掲載を始めました。本学会の基本理念である「会員相互の研鑽・点検の機能を果たすこと」に資するように、これら3機関誌がますます充実していくように努力していく所存です。
併せて学会ホームページでは、一般の方に向けた「こころの病気コンテンツ」、医学生・初期研修医に向けた「精神科医のキャリアパス」、「研修医に向けたEラーニング」のコーナーを設け、コンテンツの種類や内容をますます充実させていますので、是非とも周りの方にご紹介ください。また、医学部生や初期研修医に精神科の素晴らしさを知ってもらい、多くの優秀な若人を精神科にリクルートするために、毎年、精神科サマースクールを実施しています。最近はコロナ禍のため、オンライン開催を余儀なくされていますが、以前のような熱気あふれる現地開催を早く取り戻したいと考えております。
長らく本郷の地で親しまれてきました学会事務局は、昨年12月に御茶ノ水駅近くに移転しました。セキュリティ対策の整った新事務所において、事務局機能の電子化・効率化をさらに進め、事務局体制の充実も図っていきたいと考えております。最後になりますが、本学会のさらなる発展のために、引き続き、会員各位のご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。
公益社団法人日本精神神経学会
理事長 久住 一郎