公益社団法人 日本精神神経学会

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見解・提言/声明/資料|Advocacy

再犯予測について(精神医療と法に関する委員会報告)Ⅱ.再犯予測論の文献的検討

更新日時:2015年2月24日

平成14年9月20日
社団法人 日本精神神経学会
精神医療と法に関する委員会
委員長:富田 三樹生
執筆委員:吉岡 隆一(Ⅰ・Ⅱ)、大下 顕(Ⅲ)

Ⅱ.再犯予測論の文献的検討

 本法案において、「精神障害者であるか否か及び継続的な医療を行わなければ心身喪失または心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれの有無」の判断が、鑑定に当たる医師、裁判所(合議体)、指定入院医療機関の管理者、保護観察所の長、指定通院医療機関の管理者に対して、鑑定、入院の継続または退院の許可、処遇の延長または通院期間の延長、再入院、に際して求められる。法のいう判断は、再犯予測に属する。こうして再犯予測は本法案で死活的な重要性を持つ。
すでに再犯予測が不可能ないし困難であること、その問題点については学会理事会と法委員会が繰り返し述べてきたところである。
このたび、次期国会の継続審議に資するため、第154国会での審議を踏まえ、再犯予測に関する問題点と現在までの精神医学界での研究の現状の一端を報告する。

精神障害と暴力・違法行為に関する客観的データ

Walsh(1)はMedlineなどのデータベースから、violence,assault,schizophrenia,severe mental illness,major mental disorder,psychosisを検索してレビューを行った。
精神障害と暴力の関連に関する諸研究の3つのアプローチ、すなわち①精神障害者における暴力的行動、②暴力的行動を行ったものにおける精神障害罹患者、③コミュニティベースにおける疫学研究、そのそれぞれを区別して系統的に考察を行っている。
レビューの結果、一般人口と比べて統計的に統合失調症罹患者は暴力的行動の危険がある程度高いことが諸研究で示されている。薬物関連障害の合併する場合で暴力行動が増加することも多くの研究が確かめている。反面、多くの研究は一般人口を含めた社会での暴力総体のうちで統合失調症患者に帰せられる割合(population attributable risk per cent=PAR%)に言及していないこと、またPAR%そのものは暴力と統合失調症の因果関連(causality)を示しているのではないことを指摘した。その上で、スティグマを貼り付ける事を防ぐためには、研究者がバランスの取れた記述を行うことがdutyであると注意している。
Walschはまた研究における方法的制約として、暴露要因(ここでは精神障害)の定義・測定のあいまいさや、outcome(ここでは暴力)の定義・測定のあいまいさ、さまざまなバイアスの入りやすさ(例えば、本来研究に入るべきケースの拒否、研究した患者の募集の場所)、交絡因子などの影響が絡み合うことを指摘しているが、これらは予測法でも同じく問題になることに注意すべきであろう。
Mullen(2)は、コミュニティケアと統合失調症における違法行為の関連を研究し、コミュニティケアの開始前1975年と開始後1985年の患者をそれぞれ10年間の追跡期間でコントロールと対照して違法行為の発生を比較した。20年かけて万対20のベッドは万対4未満まで低下した。この間薬物関連の治療を受けた入院した統合失調症患者は3.6%から10.8%まで増大した。1975年入院者は続く10年間中200日/年、1985年入院者は同じく274日/年を地域で過ごした。どちらの入院患者群でも、違法行為の多くは治療前に記録されていたというパターンが共通していた。1985年の患者は1975年の患者より違法行為が増大していたが、一般人口での犯罪率の増大を考慮すると有意とはいえなかった。これらから、コミュニティケアが違法行為の増大に寄与したとは言えないと述べた。 この論文へのレター(Torry:Lancet2000,1827-8)では、アメリカではコミュニティケアが不十分で服薬順守の低下から違法行為が増加しうると述べられているが、Mullenは、それに答えて、脱施設化の罪ではなく、違法行為は服薬順守が決定的なのではないとした。 Gunn は1957年から1995年までのイギリスにおける精神障害者による殺人件数を調査し、むしろ減少傾向にあることを見出したが、これもまたコミュニティケアによる犯罪の増加という主張に反する事実である。(50)

精神障害者による暴力予測研究の類型について

研究が扱っている対象集団、研究の問題としている予想(追跡)期間、暴力のおきる場所で研究が区分される。対象集団には、司法患者、強制入院者、緊急強制入院者、一般の入院者などがサンプルとして選ばれており、性別や疾患構成などのばらつきが相当に大きいことに注意を払わなければならない。予想(追跡)期間には数日から数週、数ヶ月、数年(short term,immediate term,long term)と大きなばらつきがある。暴力の起きる場所では施設内(inpatient violence)か地域内(community violence)が区分される。暴力の定義は、言語的脅迫を含むもの、実際の身体的接触にいたる暴力、再犯一般、暴力的再犯など様々な違いが見られる。
対象集団、追跡期間、暴力の起きる場所、暴力の定義などの違いはある期間内の暴力の発生率(ベースレート)の違いとして現象する。一定の十分なベースレートがなければ予測は不可能である。
ある予測法の実際的適用のためには、妥当性一般化(validity generalization)が可能でなければならず(15)、予測法の出自を知っておくことが欠かせない。予測法として臨床的方法と保険数理統計的方法(ないしその混合)が用いられるが、両者の優劣がこの10年間以上論議されてきた。

予測の実際とその評価について

ある予測法とその実際の成績を考察するのには、結局のところ2×2表(ないしその変形)に立ち戻る必要がある。以下の叙述では以下の用語・略語を用いる。

  実際に暴力的 実際に非暴力的
予測上暴力的 True positive(TP) False positive(FP)
予測上非暴力的 False negative(FN) True negative(TN)

sensitivity(感受性=sens.)=TP/(TP+FN):実際に暴力を犯すもののうち暴力的と予測が捉えるものの比率
specificity(特異性=speci.)=TN/(FP+TN):実際に暴力を犯さないもののうち暴力的でないと予測が捉えるものの比率
base rate(ベースレート=BR)=(TP+FN)/(TP+FN+FP+TN):対象者のうちにある期間内で実際に生起する暴力の比率
positive predictive value(PPV陽性的中度)=TP/(TP+FP):暴力的であろうと予測されたもののうち実際に暴力的であるものの比率
Negative predictive value(NPV陰性的中度)=TN/(FN+TN):暴力的でないだろうと予測されたもののうち実際に非暴力的なものの比率

sens.とSpeci.とBRから表の分布を知ることができる。 N=TP+FP+FN+TN
TP=N×BR×sens
FP=N×(1-BR)×(1-speci)
FN=N×BR×(1-sens)
TN=N×speci×(1-BR)
PPV=BR×sens/{BR×sens+(1-BR)×(1-speci)}
NPV=speci×(1-BR)/{BR×(1-sens)+speci×(1-BR)}

第一世代研究と第二世代研究:Baxstorm患者研究とマッカーサー研究の出発危険性概念からリスク概念へ

1966年高裁判決により危険性の予測のもとニューヨーク州立精神病院に収容されていた967名の犯罪性精神障害者(criminal insane)が一般病院に 移された。移送後1年内にわずか26名2.7%が州立精神病院に戻ったのみで、移送後には予測された程の施設内暴力が見られなかった。 (3)4年半後のフォローアップ研究では追跡された標本の246名のうち半数程度が退院して地域で生活していたがわずか9名による16件の有罪だけが見出された。(4)
画期となったこれらの研究をMonahanは第一世代研究として名づけている。これらの研究から精神科医の危険性予測の能力には大きな疑問が投げかけられた。
Monahanは1981年これらの研究を含めて検討し「最も恵まれた環境にあってさえ・・いくつかの場面ですでにその暴力的な傾向を明らかにした個人についての長期で学際的な評価がおこなわれても・・ 精神科医と心理学者は暴力を予言するときに正しいよりは2倍間違うように見える」と述べた。1984年には「長期にわたって施設収容されていた精神の障害ある違法行為者(mentally disordered offender)が再度違法行為を犯すかどうかについて精神科医と心理学者はかなり不正確な臨床的予測者であることを結論するこれ以上の研究は不要である。」と結論し、第2世代として取るべき研究の方向として、短期予測、保険数理統計的予測手法、多数のリスクファクター調査を調べることを打ち出した(5)。
これらがMacArther Violence Risk Assessment Studyマッカーサー研究として発展しその結果が発表されてきている。同研究は米国の3施設の急性期病棟に入院した約1000名の、18歳から40歳までのcivil patients(司法患者ではなく)を対象とし、彼らの退院後の地域での暴力を、セルフレポート、並存情報源、公式記録を使って、10週ごと約1年追跡し、リスクファクターとの関連を研究し、保険数理統計的予測法を生み出した。
従来用いられてきた「精神障害者の危険性」概念は、リスク概念に置き換えられた。なぜなら、Baxstorm研究は精神障害者に内属すると考えられていた危険性が疑わしいことを示していたし、暴力・犯罪がそもそも複合的事象であるからである(31)。

Inpatient violenceの研究

暴力予測研究にはその暴力の起こる場所によって施設内暴力(inpatient violence)研究と社会内暴力(community violence)研究に分けられる。
前者の例としてよく引用されているものにMacNiel、Binderらのグループによるものがある。 かれらの研究は、他害のおそれに基づく民事(強制)収容が正当化されるために入院後の危険な行為の出現とその予測可能性が法廷から求められることがあることを意識している。
よってかれらの研究の対象は急性期閉鎖病棟に入院した緊急民事入院者ないし民事入院者であり、入院の法的要件を予測として前者では入院後3日間、 後者では入院後7日間という短期での施設内での暴力が追跡される方法が取られた。 緊急民事収容の場合、他害のおそれ要件の入院者とそれ以外の入院者では72時間以内の暴力的な行為の比率は前者が2倍であった。 そして72時間後の時点では入院要件の違いと暴力的行動の関連に差が見出されなかった。擬陽性者の割合が緊急民事収容の場合、その他の環境でよりも低いことが示唆された(7)。 民事収容の研究では、医師と看護師それぞれが低リスク、中間リスク、高リスクに分類した上で各群の実際の暴力との相関が検討され、 リスクをあげる順に暴力が多く見られる知見が得られた。医師よりも看護師の方が正確な予測を行っている部分があった(8)。
1995年の施設内暴力の研究では、急性期閉鎖病棟の226名の民事収容者をサンプルにして入院後1週間の肉体的暴力と臨床的予測の的中を検討すると主に予測に関係する因子を調査している。ベースレートは16%で、感受性は67%特異性は69%であった。(緊急民事収容よりも落ちる比率である。)PPV29%NPV92%である(9)。
Hoptmanははじめて施設内暴力の研究を最重度保安病院入院中の司法患者に対して行い、臨床的予測と3ヶ月の予想(追跡)期間の調査を行った。標本は57.4%をアフリカ系アメリカ人が占め、法的地位からはunfit to stand trialが85.7%、心神喪失が8.7%、一般病院で管理困難で移送されたもの6.6%であり、診断的に見れば反社会性人格障害が20/183を占め、58%が統合失調症に罹患しており57%が薬物関係の診断をえており統合失調症と薬物関連の重複診断者が31%であった。ベースレートは33%、PPV54%NPV79%であった。暴力の高い予測に関連しているのは人種(アフリカ系>白人)、若年、低学歴、BPRSでのhostility-suspiciousness下位尺度であった。実際の暴力には人種は関連なく、心神喪失は少なく、若年と低学歴で高い傾向があったが、病棟内での規則遵守に関係がなく、診断名は関係がなく、暴力・非暴力犯罪での逮捕歴とは施設内暴力を振るうかどうかには関連はなく、施設内暴力の数と弱い関連があった(10)。
Nijmanは閉鎖精神病棟入院者(入院期間中央値28.5日)を対象として、臨床予測に基づく追跡を行い、言語的暴力を含む暴力のベースレート35%という集団での、sens55%speci81%の値を得た(45)。
Steinertは施設内暴力の研究をレビューした。暴力の定義の多様さ、医療的介入の修飾などの問題と並んで(これは地域内暴力でも共通する問題である)、施設での環境因子の役割(例えば患者の集中や病棟の混雑による暴力発生)を指摘した。施設内暴力でも以前の暴力歴が最良の予測因子になるが、地域内暴力より人口学的因子薬物使用の影響は少なく精神病理的特徴(精神病症状や敵意)が影響する(11)。
これらの施設内暴力の研究は、民事収容での入院時点での臨床家判断は、短期予測で正確であるが予測期間が長くなれば不正確になること、施設内暴力の臨床的予測にはバイアスがかかること、施設内暴力の予測は地域内暴力の予測に敷衍できるとはいえないこと、などを示している。

マッカーサー研究の成果-急性期病棟退院者の地域内暴力

マッカーサー研究の方向性は(6)に示されている。多分野(布置的、歴史的、状況的、臨床的)から選ばれた詳細なリスクファクターが検討された。パイロットスタディでB.Rが研究するに値することが高いことを確認した上で、研究は発展させられた。同研究は米国の3施設の急性期病棟に入院した約1000名の、18歳から40歳までのcivil patients(司法患者ではなく)を対象とし、彼らの退院後の地域内暴力(commnity violence)を、自己申告、並存情報源、公式記録を使って、10週ごと約1年追跡し、暴力の発生、リスクファクターとの関連を研究し、保険数理統計的予測法を生み出した。
対象集団は23.7%うつ病37.2%躁うつ病20.4%統合失調症56.4%薬物依存乱用37.0%人格障害を含み彼らの入院期間中央値は9日である。1年間のB.Rは27.5%(並存情報源を考慮した場合)で公式記録(逮捕や再入院)では4.5%である。 マッカーサー研究では、薬物に関連しない退院者は薬物に関連しない非患者と比べて暴力の発生率に差がなかった。薬物乱用を伴う大精神病(うつ病、躁うつ病、統合失調症)以外の精神障害>薬物乱用を伴う大精神病>薬物依存を伴わない精神病の順にB.Rは高かった。非患者と患者の比較で暴力の標的や起こる場所に差がなかった(12)。
暴力と妄想の関連の研究では、妄想の有無は暴力の発生率に関係せず、妄想の内容分類でも暴力の発生率に差がなく、従来関連が疑われていたTCO(被迫害被影響的体験)、命令幻聴と暴力の発生率との関連を否定した。同研究中、注意深く、妄想自体が残存していても退院不可能とされるべきでないと述べられている(13)。
暴力の発生は退院後20週の時期までに集中し以後発生の様相は平坦となる(p32(15))ため、その時点までの暴力とリスクファクターとの関連が調べられた。Odds比は精神病質チェックリスト(スクリーニング版)得点、成人逮捕歴、薬物関連などで高い(p163-168(15))。これらから、リスクアセスメントのツールとして、反復分類ツリー法(ICT法)が考案された(14)。

ICT法の実際:

反復分類ツリー法は、従来の保険数理統計的方法があまりに煩雑すぎ、臨床実地で利用可能といいがたいため考案された方法である。臨床家はある質問に対して正否を答え、それに従ってまた次の質問に従うといった道筋を繰り返して、最終的にある患者の属するリスクグループを決定する。質問項目は、重大犯罪の逮捕、衝動性、父親の薬物使用、物質乱用を伴わない大精神障害、統合失調症、怒りの反応、雇用、非自発的入院、最近の暴力的ファンタジー、最近の暴力、意識消失の既往、両親の喧嘩である。このうち物質乱用を伴わない大精神障害、統合失調症の質問は低リスクへの分類に働く。ICT法のROC(この意味は後述する)は0.8に達する。
終局的にはサンプルは11のグループに分けられた。サンプル全体のB.Rを2倍上回るものを高リスクとし、サンプル全体のBRの半分以下のものを低リスク、その中間のものをリスク決定不能として、各患者の予測と実際の暴力を比較する。成績は、高リスクとされたものの55%が実は暴力的でない一方で、低リスクとされたものの4.6%が実は暴力的だった。調べた総数のうち約4分の1が高いとも低いともいえないリスクであった。このリスクの閾値の設定は、Monahanたちによって本来政策的性格のものであることが述べられている(14)。

カナダ オンタリオグループの研究:

Harris、Rice、Quinseyらはマッカーサー研究とは独立に暴力再犯と精神障害の関係を研究し予測法としてViolence Risk Appraisal Guide(VRAG)を作成した。
VRAG(1993)が導き出されたサンプル(16)は、カナダの重保安病院に1965年から1980年までに治療のために収容された371名男性の精神障害犯罪者と裁判前の簡易評価のために入所した324名男性犯罪者である。両者は犯罪、犯歴、年齢などをマッチさせてある。これらから再犯の機会(釈放や開放施設への移行)を持った618名が平均81.5ヶ月追跡され、暴力再犯のBRは31.8%であった。サンプルの法的地位は55%がInsane(心神喪失)ではなく、心神喪失の58%は精神病ではなくて反社会的人格障害ゆえにそうされたものである。サンプルの疾患構成では30%が精神病である。オンタリオグループの重保安病院の概要(18)でも知られるとおり、責任能力判断は日本のものとはかなり違っていて1990年の心神喪失退院者のうち26%が人格障害者である。
VRAGは、12の純粋にstatic dataのみを用いた予測法である。リスク因子は精神病質チェックリスト(改訂版)高得点、16歳未満での両親からの分離、未婚、初等教育での不適応、以前の仮釈放での失敗、財産犯歴、当該犯罪での若年、アルコール乱用歴、DSMⅢ人格障害の診断(以上が正相関)、当該犯罪での犠牲者の傷害、当該犯罪における女性の被害者、統合失調症の診断、当該犯罪時年齢、(以上が負相関)である。相関が最も強いのは精神病質チェックリスト高得点であった。カットオフスコアをサンプルのベースレートで決定した場合のSensは0.60、Speciは0.78となった(16)。
1997年の総説(17)では最低のリスクの者には監督や拘留、治療が暴力を増加させる、心理学的因子はpoor predictor である、治療、自己評価を上げることは暴力リスクを強める、再犯を減らす治療はデータがない、精神病質は根本的に異なったグループであって治療に反応しない等の指摘を行っている。
2002年発表の研究(19)ではサンプルとして75%の心神喪失者やunfit to stand trialなどを含む再犯の機会ある407名に追試を行った。VRAGを産み出すデータ、臨床家の判断する患者の臨床的必要に関するデータ、臨床家の判断する監督の必要に関するデータを変数として暴力再犯との関連を考察している。VRAGスコアは暴力再犯にいたった女性群と至らなかった女性群でことならなかった。男性では暴力再犯に至った群とそうでない群には違いが見られた。予想(追跡)期間の明らかな男性サンプルでは6ヶ月という比較的短期のケースでも臨床的判断よりも正確であったと主張している。オンタリオグループは、VRAGの適用について、臨床家が知っている情報は混乱を招くとし、VRAGでの予測結果を臨床的に変更することを強く否定している。ただしこの研究は、以前の報告と一部サンプルが共通していて、予想(追跡)期間が不明のサンプルが多い。

その他の再犯予測法研究

WebsterらはHCR-20というチェックリストを1995年に公表し1997年改定しているが、研究ツールとして位置づけ、臨床場面でのリスク決定尺度としての使用には慎重な姿勢を取っている。HCR-20は、Historical、Clinical、Management、という3分野の因子による20項目からなり、そのうち10項目を占めるHistoricalの内に精神病質チェックリスト(PCL-R)が含まれる。

精神病質チェックリスト(PCL)と再犯予測法

すでに見てきたようにリスク・再犯予測法の中心に精神病質チェックリスト(PCL)が置かれている(36)。クラックレーの描き出した精神病質概念に合致するものとHareが主張する精神病質チェックリスト(PCL)は1985年に発表され、改訂版であるPCL-Rの発表は1991年であり、マッカーサー研究の過程で1994年スクリーニング版PCL-SVが作られた。
受刑者や精神障害者のある部分でのPCL(-R)得点と暴力(施設内、地域内)、一般再犯、暴力再犯が相関する所見は主として北米諸国ついで西欧諸国を中心に集積されてきている((21)、(22)、(23))。しかし反面PCL-Rによる精神病質のカットオフ値が地域によって異なること(北米で30点、西欧諸国で26点など)やPCL-Rの標準誤差の大きさが指摘されている((21)(32))。また特に女性や青年では研究が乏しい(23)。
Tengstorm(24)は2000年に違法行為を犯した統合失調症患者における釈放後の暴力再犯を51ヶ月追跡調査した。PCL-R自体を再犯予測法に用いた場合ベースレートは21%で、PCL-R得点26点をカットオフとしてPPVは0.48でNPVは0.86であった。

リスク(危険性)評価・再犯予測法のaccuracyの比較方法、リスク評価での精神保健専門家の専門性、保険数理統計的方法の優越

各種リスク(危険性)評価・再犯予測法の性能の優劣の比較のために、比較の尺度が必要になる。その尺度を用いて、各種危険性評価・再犯予測法の類型別の優劣、特に、予測者間の優劣と臨床的方法と保険数理統計的方法の優劣が議論される。
1994年のMossmanの論文(25)以降、最近の文献には、ある予測法のROC-AUCを報告しているものが多い。ROC-AUCの値は、「ランダムに選択された実際に暴力的な人を、ランダムに選択された実際に非暴力的な人よりも、より暴力的であると評価者が評価する尤度」を示す。AUCは0.5-1.0の値をとり、0.5の予測は無意味である。これによって評価法・予測法間の正確さの評価を行うことができる。ただし、想定する母集団を異にする評価法・予測法同士の比較は無意味であること、評価法の実際の適用での成績は、結局ベースレートとカットオフ値の設定に左右されることを銘記しておかなくてはならない。先述したICT法のROC-AUC値は0.8(14)で、VRAG法でのそれは0.74-0.75(26)であった。
Mossmanは諸研究のROC-AUCの概算から「精神保健専門家は長期的予測であれ短期的な予測であれ、普通、暴力的な人を非暴力的な人から偶然よりましに判別していると主張することができる」と述べるとともに「精神保健専門家は暴力を予測するのに特別の専門性があるとは主張できない」「(対象者の)過去の行動の知識を与えられた非臨床家は、臨床的面接にのみ依拠する精神保健専門家に(予測に関して)優越するかもしれないことが示唆される」と結論した(25)。Riceらは「心理、医師その他が暴力の判断に特別の専門性を持たないというのがコンセンサスである」としている(26)。すなわち精神保健専門家のリスク評価での専門性は疑問を投げかけられたままである。保険数理統計的方法は元来、あいまいになりがちな臨床家の直観的(intuitive)評価の是正と判断基準の透明性(tranparency)確保を目指してきていたので、いよいよ精神保健専門家の役割が減少するという原理的関係にある。
一方、保険数理統計的方法の臨床的方法に対する優越は、多くの指摘があり、Monahanは保険数理統計的方法と臨床的方法の優劣の問題はdead horseとなった(15)と結論した。Harrisらは臨床家の経験は混乱を招き予測に有害と主張する(19)。

暴力再犯の諸因子:Bontaらの研究

本法案が直接に対象にしているのは(心神喪失ないし心神耗弱の法的地位にある)精神障害者による重大再犯である。(冒頭に上げた精神障害と暴力ないし犯罪行為との関連一般ではなく)再犯をoutcomeとした詳細な研究の重要性は明らかである。
Bontaら(27)は精神障害のある違法行為者の一般再犯と暴力再犯のメタアナリシスを行った。(Bontaはカナダの法務次官SolicitorGeneralである。)人口学的諸因子、犯罪歴諸因子、逸脱した生活スタイル諸因子、臨床的諸因子(前2者はstatic factor後2者がdynamic factorであり、後2者は変化し治療の目標となりうる。)をpredictorとして挙げ、一般再犯、暴力再犯それぞれとの関係を、既発表の独立した諸サンプル(総数64)に対して効果量を算出することにより、計量的に評価した。
暴力再犯では、犯罪歴諸因子が最大の効果量を持ち、逸脱した生活スタイル諸因子や臨床的諸因子より統計的に有意に大きかった。人口学的諸因子のうちでは、若年、単身は一般再犯と同じくよい予測因子である。犯罪歴諸因子では、暴力歴が暴力的指標犯罪よりもよい予測因子であった。逸脱した生活スタイル諸因子では職業不適応が最強の予測因子であった。学業上の達成はHarrisの研究(サンプル規模が大きい)を含めた場合にのみ関連した。臨床諸因子では、一般再犯と同じ傾向が示された反社会性人格障害(DSM診断基準、PCLなどのさまざまな評価法を含む)がその他の因子より最大の効果量を示した。気分障害は無関連で精神病は負の関連にあった。精神障害の違法行為者は健常な犯罪者と比べると暴力的に再犯しない。客観的リスク評価は臨床的リスク評価よりよい予測因子であった。
心神喪失と一般再犯の関連、心神喪失と暴力再犯の効果量は共に負の関連で、前者に関しては統計的に有意である。
暴力再犯と治療との関連はわずかに1報告があるのみであり、それはオンタリオグループの手になるものであった。
以上の知見に基づいて、Bontaらは精神障害ある違法行為者の再犯について、精神障害ある違法行為者については健常犯罪者と同じ知見が妥当するところが多く、長期にわたる再犯の予測評価には臨床因子はほとんど関係がないことが示されたと述べ、研究の方向として、精神医学的アプローチよりも社会心理学的、あるいは社会学的アプローチの優越を示唆した。

精神病質概念と精神病質の治療可能性

精神病質はわが国のみならず諸外国でも、その医学上の位置づけ、その測定法をめぐって議論を招き続けてきた。Gunn(28)は精神病質としてシュナーダーの記載した各類型の重なりや輪郭の不透明さを指摘している。比較的最近にも独立したtaxonなのか(Harris(29) dimensionなのか(Salekin、 Rogers(21))について意見が分かれる。精神病質の今日的呼称とも言える人格障害が精神疾患(mental illness)と位置づけられるかに関してKendellはなお結論を見ないとしている(47)。
Wong(30)は精神病質者の治療を志向している立場から、精神病質の治療法をレビューした。その結果、以下の知見が得られた。
治療報告中ゆるい基準で見てレビューした74研究のうち4つだけが検討に値する。これらの研究は治療がどうした方向で行われてはならないかを示している結果である。精神病質者は治療プログラムから脱落しやすく、動機付けが低い。
Wongは、性格を変えることに定位する治療は意味がない、犯罪者に対する効果的治療(その目標/outcomeは犯罪の防止)の文献に立ち返って新たなデザインを考える必要があるとしたが、治療の内容は明示されず、大枠の方向付けとして、ほとんど学習理論ないし認知行動療法的枠組みが必要だと述べるにとどまっている。治療困難性はHareもまた認めている(28)。
根本的には、こうした「治療」はたとえそれがいつか可能になったとしても、もはや医学というよりは矯正の領分に属するというべきである。なぜなら、本人の動機付けを欠いたところで、もっぱら社会の利益のために行動の修正を行うべくデザインされたものだからである。

現在のリスク再犯予測法全般への批判

Rogers(32)は現在のリスク再犯予測法の問題点をまとめた。現在の予測法は公平であるべき司法の場所においてリスク評価としてもっぱら危険因子のみが強調されておりprotective factor を無視している。(彼はそこで宗教的信条や良好な同胞関係などを挙げている。)リスク因子として言及されることが多い虐待歴と暴力の世代間連鎖についても、実際に暴力的に振舞う傾向は年少時の虐待歴に最近の被害者体験が重なって始めて生まれてくるのに、そうしたことが考慮されない。再犯予測を可能にするためにベースレートを人工的にアップして(長期フォローアップ、outcomeの拡大など)予測法が開発されている、ある高リスクグループに個々人が該当したとしても、個人には当てはめられない等の指摘を行っている。

現実場面での再犯予測法の問題

全ての評価法・予測法は、それが導き出されたサンプル、予測因子と結果のベースレート、予想(追跡)期間、から、適用を想定された母集団とそこで生起する事象の一定期間での出現率を予測する枠組みを持つ。これらを欠いてはリスク評価・予測法は意味を成さない。危険性概念からリスク概念への転轍はこれらの枠組みのもとでのみ意味を成す。(それに対して危険性概念は精神障害者に内属する不変の傾向を意味していた(31)。)
天気予報は地形と緯度の異なる沖縄と北海道では違った因子に基づいてなされ、明日の天気予報は一年後には意味がなく、明日ないしあさっての降水確率は%で示され、結果は気象台からしかるべき受け取り手(例えば漁船、農業者、消防)に伝達されねばならない。Monahanはリスク評価を天気予報にアナロジーしている。
特にベースレートと予想(追跡)期間を明示しなければ、予測は恐るべき不正確さを産み出す。ベースレートの高低は、偽陽性者の問題に直結しており(これは特にbase rate propblemベースレート問題と呼称されてきた予測上の難問である(46))、全ての予測法はその問題を解決するために一定以上のベースレートがあることを研究の前提におき注意を払っている。
この節では、現在考案されているリスク・再犯予測法が現実の場面で適用される際に生まれる問題を明らかにする。

予測法の現実の適用には次の問題が含まれる。
1 ある予測法の想定する対象集団と現実場面の対象の合致
2 ある予測法の実際の成績
3 ある予測結果とそのもたらす処遇
4 ある予測結果の関係者間での伝達と共有(リスクコミュニケーション)

1 予測法の想定する対象集団と現実の対象集団の合致
ICT法は、急性期病棟退院者の地域内暴力を測定する。アメリカ急性期病棟退院者の特徴は疾病構成における薬物関連者の大きさと人格障害者の大きさ、入院期間の短さである。予想(追跡)期間は20週、暴力行為のベースレートは約20%である。
VRAG法は、主として退所司法患者の地域内暴力を測定する。カナダの退所司法患者の特徴は心神喪失判断の特殊性、疾病構成の特殊性である。予想(追跡)期間は6.5年、再犯再入所のベースレートは31.8%である。
PCLは、一般受刑者、司法患者などの地域内、施設内暴力を測定する。先に触れたTengstorm(24)の研究では、対象集団は統合失調症の司法患者に限られ、予想(追跡)期間は51ヶ月暴力再犯のベースレートは21%である。
わが国における本法案の対象集団は心神喪失心神耗弱と検察官が決定した重大犯罪者である。予想を求められているoutcomeは重大犯罪の再犯である。予測期間は不明である。(長期短期といった問題ではないとは政府側の珍答弁である。そこでは実際には危険性概念からリスク概念への転轍の意味を理解されていない。)ベースレートは政府からは示されていない。国会審議中であげられた数字では約7%である。
結論的には、諸外国で発達した再犯予測法を本法案の求める再犯予測に適用することは妥当と言えない。

2 予測法の実際の成績
すでに述べたようにROC‐AUCは実際の適用における成績を示すのではない。実際の成績は、2×2表ないしその変形として示される。保険数理的予測法は、リスクの閾値(カットオフ値)決定を要するがこれは政策的判断であって、精神科医の仕事ではない。
ICT法は約20%のベースレートでリスクが高いとされたもののうちでPPV約45%リスクが低いとされたもののうちでNPV約95%、VRAG法は約30%のベースレートでPPV約56%NPV81%であり、ともに高リスクと判断されたうちの約半数が偽陽性者であり、低リスクと判断されたものの約5%約20%が偽陰性者である。
わが国の場合ベースレートを仮に7%という値を援用した場合、VRAG法並みの感受性と特異性の精度を持つ予測法を利用すればPPVは17%でNPVは96%となるから(前述の計算式を参照)、偽陽性者は高リスクと判断されたものの実に8割超であり、低リスクとされたものの4%は偽陰性者になる。
法委員会が再々指摘したように、偽陽性者の問題は今日の精度の上がった保険数理統計的方法でも同じく存在する。日本ではその可能性がより高くなる、なぜならもともとベースレートが一貫して低いからである。(100%の再犯予測はできないと自明の事柄をあたかも相当の予測が今日では可能になったといわんばかりで述べる論者がある。言葉は正確に使われねばならない。今日の予測法は、ベースレートの高い外国でも、リスクが高いと精神科医が診断しても実は半数が暴力的ではない程度である、ましてや日本で同じ精度の予測法を使っても、暴力的だろうと予測されたものの8割は暴力的でない、と言わねばならない。)
Szmukler((37)(38)(41))は、Kennedyの殺人はまれだが暴力一般ならベースレートは高い等の主張(39)に反論しつつ、さまざまなベースレートに対しても高い感受性、特異性を持つ予測法を適用しても、無視できないfalse positiveの問題が生じることを指摘している。

3 予測結果と治療、処遇
予測の結果で何らかの治療が異なるとした場合、つまり高リスク群に特別な治療法がありえるとして、予測法の成績は何を意味するかがまず大きな問題である。
Mossman(33)は、ROC-AUCが0.83である正確な長期予測法のモデルを使って25%のベースレートをもつ320名の集団に適用した場合のその成績からその実際的意味を検討した。高リスク(50%の暴力の確率)と低リスク(10%の暴力の確率)へのグループわけを行うと、高リスク群120名中60名が、低リスク群200名中20名が暴力的となる。実際の臨床場面では臨床家は低リスクとされた者の管理は高リスクのものと比べて注意深くなくても良いと言い難い。リスク分類を高リスク(75%が暴力的となる)、低リスク(4%が暴力的となる)その中間とすると、全患者の59%188名は中間リスクであるがそのうちの49名が実際は暴力的となる。高リスク群に期待される異なった治療法や注意は中間リスク群に向けられなくて良いのか、という疑問が生ずる。
現にICT法は患者を暴力の確率が58.5%から0%までのサブグループに分類できたが、そのうちには31.4%という確率を示したグループが生まれ(15)、これはMonahanらの定義での高リスク(36%超)にはならないが、実際に治療を分ける意味はないとの指摘がなされた(34)。
次に高リスクとされたものに低リスクとされたものと異なる治療法があるのかが問題である(Mossman(33))。特にこの問題は精神病質あるいは精神病質を合併する精神障害で鋭く現れる。精神病質チェックリスト自体の問題、精神病質そのものの位置づけや性格の問題をかりに棚上げにしてもこの問題は残る。154国会審議に入るに際して厚生労働省が全国精神病院労働組合協議会との折衝で示した文献(35)もまたHCR-20のうちのHistorical 因子(PCL-Rを含む)とVRAGを検討しているのだから、政府はPCL-Rを再犯予測の参照枠にしていたことと推測される。(この文献はLong-term predictive validity of historical factors in two risk assessment instruments in a group of violent offenders with schizophrenia:と題されており、予測が長期や短期といった問題でないという政府の国会答弁を思い起こすと、非常に興味深い。) 予測法の中心に精神病質チェックリストが存在することは明らかである。暴力再犯との関連が大きいことも既述したとおりである。しかしながらその精神病質に治療法がないことも前節で紹介したとおりである。
第三にリスク評価法で強力な予測因子として挙げられた因子は、直接治療の対象とできない人口学的因子や犯罪歴、過去の暴力歴などの因子が多い(49)。特にVRAGのように純粋の静的データに依拠すると、予測法から治療や退所の手がかりをうることは原理的にできなくなることもすでに指摘がある(34)。重保安病棟からの退院判断が何によるかの研究は乏しいとの指摘があり(40)、また最近の保険数理統計的予測法と退院判断との関連は不明確であり(51)、Harrrisらが臨床家の得た情報、例えば治療への反応などを再犯予測に用いることに強力に反対していることは先述したとおりである。

4 リスクコミュニケーション
リスクに関する情報の関係者間での伝達や共有(例えば保険数理統計的方法で中間リスクとなった場合その結果が意思決定者にどう伝えられどう受け取られるか)がこの問題で、1、2の問題のいわば系として現在諸外国では議論が進展中であるが、わが国ではこれは議論の前提がない。なぜなら、本法案の再犯予測について、政府が予測(追跡)期間、ベースレートさえ示さず「長期や短期という問題ではない」とのべる現状では、リスク概念が理解されていると考えがたいからである。

再犯予測と責任能力論

厳密に言えば、本法案は、当該重大犯罪を心神喪失心神耗弱の状態で起こした精神障害者を対象として、長期間の予想期間のうちで、予測すべきoutcomeとして心神喪失心神耗弱状態での重大再犯をあげているわけである。
この場合のoutcomeの性格は責任能力判断にかかわる事項を含んでいる。本法案はもし成立すれば、不幸なことにこの法案下でも再犯そのものは不可避であろうが、その再犯事件での責任能力判断をあいまいにしてゆくことだろう。なぜなら本法案での処遇を受けるものは心神喪失心神耗弱の状態で再犯を犯す可能性が高いことをあらかじめ想定されているからである。先に精神病質を含めなければある程度の精度を持った予測が不可能であることを指摘したが、精神病質に起因する再犯はこの道筋を通ってもますます責任能力判断上有責から外れていくことになるだろう。精神病質(或いは精神病質的傾向のある精神障害者)を精神医学の名の下に、矯正的に「治療」ないし予防拘禁することは不可避とされてゆくだろう。
これは、リスク評価に定位する精神医学からのある程度不可避的な帰結であろう。イギリスでは精神障害者の殺人事例に関して公的審査が義務付けられているが、Szumkler(41)は、審査が、事件の予測可能性に焦点を当てつつ精神障害者の自己決定や責任を過度に単純化しいわば自動人形として見ることになると警告している。
予測法の発達したカナダの責任能力判断が特に精神病質において日本と異なることも先述した。

リスク評価と事件の回避可能性・リスク評価に定位する医療の実際

イギリスの殺人事例審査記録(NHSが集めている)のうち40件(1988~1997)を調査したMunroの研究(42)は、リスク評価の事件発生における役割を調査した貴重な報告である。審査記録中、予測可能性と回避可能性が言及されるが、その関係の調査から得られた結果は次のようなものであった。
審査では全数のうち11例27.5%が事件は予測可能だったとされ、残りの72.5%は専門家に警告を送るのには不十分な証拠しかなかった。24例には暴力歴や暴力の高いリスク(長期的見通しにおける暴力のindicator)が存在したもののそのうちの8例だけが事件当時に高リスクと考えられる状態で、indicatorを持つものの残り16例は切迫した兆候を示していなかった。事件が予測可能だったとされた11例中3例は事件に先立つ数日前からリスクを指示する兆候をみせていたがそれまで彼らの歴には危険性に関する重大な憂慮を抱かせるものはなかった。13例には長期的indicatorや切迫したindicatorがなかった。
 事件の回避可能性について、26例(65%)は回避可能であったとされた。このうちに予測可能だったとされた11例中の2例を除く9例が含まれている。2例が除かれたのは一例が介入の法的根拠がなかったとされたからであり、一例は病院への移送のために派遣された警官の殺害だったからである。回避可能とされた事例のうち17例(26-9)はリスク評価によるのではなくして、一般的な精神医学的ケアの改善によって回避できたと審査は結論した。長期的indicatorを持つもののうちの16例(66%)、長期的indicatorを持たないものの9例(56%)が、事件は回避可能であったと結論された。
この結果から、Munroは、これまでの研究が予測能力の不十分さを示してきたとおり、リスク評価の能力を改善することは事件の回避に役立つところは少ないと述べて、false positiveの問題及び、ハイリスクとされたものへの資源の集中に警告を発している。Petch(43)はMunroに同意しつつ、リスクの有無にかかわらず精神医療サービスの提供を行うことが結果として犯罪防止に寄与するであろうと述べ、現在イギリス政府が導入しようとしている危険な重度人格障害者(Danger Severe Personality Disorder)への施策に反対している。
Stone(44)は、リスク評価に関するレビューで、「今日のインスツルメントは結果的に普通家族メンバーである一人ないし二人を傷害したり殺人したりする人の暴力傾向を検索することが困難」と指摘している。
リスクに主として定位する精神医療は、果たして妥当なものになりうるか。Rogersが引用したLinhorstの報告(48)によれば、ミズーリ州長期入院ベッドのうち心神喪失者が約50%を占めるに至り心神喪失者がそうでない精神障害者より高機能であり心神喪失者の26.1%は軽度から無症状であるという現状は、リスク評価と現実の文脈の関連に注意深さを要求するように思われる。
他国からはコミュニティケアの進展が精神障害者の犯罪増加に寄与したとは言えないとの報告がある一方で、わが国では諸外国と比べればコミュニティケアはまだ萌芽的というべきかも知れずまた20年以上の長期措置入院者が相当に存在する。こうした現実との関連を視野に入れなければ、リスクアセスメントの不当な導入は、それ自体の制限に加え、巨大な困難を生み出すことになるだろう。

ベースレートに関する補遺

国会審議では明確なベースレートが示されていない。(少なくともインターネット上の議事録からはうかがい知れなかった。)
VRAG法並みの精度を持つ予測法を日本に適用した場合の試算のベースレートは、池原参考人と中島参考人のあげた数字を参考にして仮に7%としたに過ぎない。国会審議の中では15%とした数字もあったが出典が示されていないので用いなかった(或いは委員会の席上配布の政府側レジュメに載っているのかもしれない。)
触法精神障害者946例の11年間追跡調査(第1報)-再犯事件487件の概要-山上晧小西聖子吉川和男ほか:犯罪学雑誌61:201-206.1995が精神科医の手になる報告としては参考になる労作である。
初犯時に心神喪失心神耗弱となった946例は、11年間で再犯を犯したもので、再び心神喪失耗弱とされたもの(法務省に報告される)102例、完全責任能力とされて受刑(法務省未報告)例を合算した場合207例となる。これらの初犯、再犯は重大犯罪、微罪全てをあわせている。殺人から傷害までの重大犯罪について初犯は568名である。
しかしながらベースレートは明確には示されていない。
初犯重大犯罪中の再心神喪失心神耗弱重大再犯(殺人、放火、強盗、強姦・強制わいせつ、粗暴犯までと初犯時より広く定義した場合)では件数ベースで45件。この場合ベースレートは多めに見積もっても約8%(45/568)である。(再犯時に複数の犯罪が行われているから。)
初犯重大犯罪中の重大再犯(殺人、放火、強盗、強姦・強制わいせつ、粗暴犯までと初犯時よりも広く定義)で全体(再心神喪失心神耗弱に有責の場合を合算)ならば101件。この場合ベースレートは多めに見積もっても最大18%となる。
山上らが自身で挙げている数字では、精神障害者の殺人の場合で6.8%放火の場合で9.4%とされている。この数字の再犯は全再犯かつ再心神喪失心神耗弱と完全有責の合算のデータである。
要するにこの文献から知られるデータはWalschが警告しMonahanの留意した点つまりoutcomeの定義においてこの法案の対象者のベースレートとして直ちに用いることはできない。
本法案が問題にしている予測のoutcomeは、重大再犯で心神喪失心神耗弱と判断されるものであると考えられるから、本稿の試算が7%というベースレートを使用していることに大きな問題はないであろう。
18%という数字を用いるべきであると考える人もいるかもしれない。しかしながら受刑によって責任をあがなうべき再犯の場合=犯罪が精神障害に起因しない場合をも予測(し「治療」すべき)という論理は医療の論理としても法解釈上も成り立たないと考える。
また11年という追跡期間は諸外国の研究と比べて非常に長いものであることも留意されるべきである。

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