公益社団法人 日本精神神経学会

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性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン 過去 ガイドライン第3版(2011年5月改訂)

更新日時:2015年2月26日

性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第3版)の実地診療の手引き

日本精神神経学会
性同一性障害に関する委員会

目次

Ⅰ. はじめに
Ⅱ.我が国における性同一性障害の医療の歴史
  -特に「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」との関連を中心に-
  1. 「ブルーボーイ事件」と「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」
  2. 治療開始例と「性同一性障害の診断と治療のガイドライン(第2 版)」
  3. 性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律(以下、特例法)とその意義
Ⅲ.性同一性障害の医療の現状とその問題点
  -性同一性障害者の多様性について-
Ⅳ.ガイドライン再改訂の理念とその要点
  1. 倫理委員会の個別承認の撤廃
  2. ジェンダークリニック委員会の改組
   -判定の効率化と妥当性の確保-
  3. 治療選択に関する自己決定と自己責任
  -インフォームド・コンセントからインフォームド・デシジョンへ-
Ⅴ. 診断と治療のガイドライン 10
  1. ガイドラインの位置づけ
  2. 医療チーム
  3. 診断のガイドライン
    (1) ジェンダー・アイデンティティの判定
    (2) 身体的性別の判定
    (3) 除外診断
    (4) 診断の確定
  4. 治療のガイドライン
    (1) 精神科領域の治療
      1)精神科領域の治療に携わる者
      2)精神科領域の治療の内容と手順
      3)精神科領域の治療の評価と身体的治療への移行
      4)身体的治療への意見書作成に携わる者
      5)身体的治療に移行するための条件
    (2) 身体的治療
      1)ホルモン療法
      (ⅰ)ホルモン療法に携わる者
      (ⅱ)ホルモン療法を施行するための条件
      (ⅲ)ホルモン療法について
      2)FTM に対する乳房切除術
      (ⅰ)乳房切除術に携わる者
      (ⅱ)乳房切除術を施行するための条件
      3)性別適合手術
      (ⅰ)性別適合手術を行う者
      (ⅱ)性別適合手術を施行するための条件
      4)身体的治療と精神科領域の治療の連携
Ⅵ.すでに治療を開始している症例への対応
Ⅶ.移行措置
Ⅷ.おわりに

平成18年月21日

性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第3版)

委員長 中島 豊爾

日本精神神経学会・性同一性障害に関する委員会は、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が成立・施行されたことに鑑みて、これまで通算8 回にわたり、性同一性障害に関する診断と治療のガイドラインの再改訂作業を行ってきました。 その結果がまとまりましたので、ここに「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第3 版)(以下、改訂第3 版ガイドライン)」を報告します。

Ⅰ.はじめに

わが国における性同一性障害に関する医療は諸外国に比較すると特有の歴史を辿ってきた。
しかしながら、平成10年10月16日、埼玉医科大学において、わが国で初めて公に性同一性障害の治療として性別適合手術が施行されて以降、 次第に臨床活動が普及するようになった。
それとともに性同一性障害は社会的に認知され、その治療法としての性別適合手術も肯定的に受け入れられてきた。 そして平成15 年7月に、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(特例法)7)が成立し平成16年7月から施行された。 この法律によって、性同一性障害者は一定の条件のもとで戸籍の性別変更ができるようになった。
このような経緯を考慮して日本精神神経学会・性同一性障害に関する委員会は、わが国における性同一性障害の医療の歴史を概観して 「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」(ガイドライン)の果たした役割について再度検証を加え、 性同一性障害の医療の現状を総括し特例法を含めて現状に対応できる改訂第3 版ガイドラインを作成した。

Ⅱ.わが国における性同一性障害の医療の歴史
-特に「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」との関連を中心に-

1.「ブルーボーイ事件」と「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」(以下、初版ガイドライン)
いわゆるブルーボーイ事件〔東京地方昭和40年(わ)第307号・第339号・同年(特わ)
第927 号事件2〕〕とは、3名の男性性転向症者(性転換症者、あるいは中核的性同一性障害者を指すと考えられる、委員会註) である男娼(ブルーボーイ)の求めに応じて、法定の除外事由がないのに、故なく生殖を不能にする事を目的として睾丸摘出、 陰茎切除、造腟など一連の性転換手術を行ったとして、手術を行った産婦人科医は優生保護法違反の責任が問われて 昭和44年2月15日東京地裁刑事12 部において有罪とされた事件のことである。
判決を不服とした被告人は東京高等裁判所に控訴したが、優生保護法28 条、「何人も、この法律の規定による場合の外、故なく、 生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行ってはならない」という規定に違反したとして、 第ニ審の東京高等裁判所は昭和45年11月11日に第一審と同様に有罪の判決を申し渡した。
さらに判決には「性転換手術に関する考え方」が次のように示されている。 「現在日本においては、性転換手術に関する医学研究も十分ではなく、 医学的な前提条件ないしは適用基準は勿論法的な基準や措置も明確でないが、少なくとも次のような条件が必要であると考える。
(イ)手術前には精神医学ないし心理学的な検査と一定期間にわたる観察を行うべきである。
(ロ) 当該患者の家族関係、生活史や将来の生活環境に関する調査が行われるべきである。
(ハ)手術の適応は、精神科医を混えた専門を異にする複数の医師により検討されたうえで決定され、能力のある医師により実施されるべきである。
(ニ) 診療録はもちろん調査、検査等の資料が作成され、保存されるべきである。
(ホ) 性転換手術の限界と危険性を十分理解しうる能力のある患者に対してのみ手術を行うべきであり、その際手術に関して本人の同意は勿論、 配偶者のある場合は配偶者の、未成年者については一定の保護者の同意を得るべきである。」
と性同一性障害の診断と治療に関する正当な医療とするための基準が示されており、さらに判決では「本件手術に対する評価」として次の様に記述されている。 「本件被手術者はいずれも性転向症者であると推認することができる。 そこで性転換手術が正当な医療行為として許容されるための前記の条件に照らしてみるに、・・・中略・・ 従って被告人が本件手術に際し、より慎重に医学の他の分野からの検討をも受けるなどして厳格な手続きを進めていたとすれば、 これを正当な医療行為と見うる余地があったかもしれないが、格別差し迫った緊急の必要もないのに右の如く自己の判断のみに基づいて、 依頼されるや十分な検査、調査もしないで手術を行ったことはなんとしても軽率の謗りを免れないのであって、 現在の医学常識から見てこれを正当な医療行為として容認できないものというべきである」と述べられている。
以上が「ブルーボーイ事件」の概要である。治療の対象とされたのは性転向者(性転換者、委員会註) と考えられ、結果的には性同一性障害者に対して性別適合手術を行ったと考えられるが、判決では、十分な診察、検査、検討を行わずに、 また同意なども得られていないなど手続きが不完全であることから正当な医療行為として容認できないとしている。 この判決の妥当性は十分に論議されることはなく、巷では「性転換手術は優生保護法違反である」 との結論の一部だけが一人歩きすることになった。「この呪縛」に支配されて、その後長い「暗黒の時代」を迎えることになった。
この「暗黒の時代」の闇を打ち破るために、日本精神神経学会・性同一性障害に関する特別委員会は、平成9年5月28日付「性同一性障害に関する答申と提言」 のなかで「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」(以下、初版ガイドライン)4)を公表した。 このガイドラインにおいては、性同一性障害は医療の対象とされ性別適合手術 (sex reassignment surgery, 略す場合はSRS)は性同一性障害の治療として正当な医療行為であると位置づけられた。 実際にこの初版ガイドラインを手続き的にも遵守して、平成10 年10 月16 日、埼玉医科大学において、 わが国で初めて公に性同一性障害の治療として性別適合手術が施行された。
初版ガイドラインに従って性別適合手術を行った医師は、当然、刑事責任を問われてはいない。 なぜなら、性同一性障害に対する性別適合手術は、母体保護法28条「生殖を不能にすることを目的」にしているのではなく、 あくまで性同一性障害に対する治療を目的としており、代替えの方法が現在のところ存在しないことから、 母体保護法に違反しないとの考えが法曹界でも趨勢を占めていると思われる6)。
また、刑法上の傷害罪(刑法204 条)については、違法性阻却事由に該当する(刑法35 条)3
つの要件を満たしていると考えられる。
① 性別適合手術について、患者の同意・承諾がある。
② 性別適合手術は、性同一性障害者に対する治療を目的にしている。
③ 性別適合手術は、医学的に承認された手段・方法に依拠している。
従って、日本精神神経学会のガイドラインに沿った性別適合手術は、「正当な業務による行為」、すなわち、「正当な医療行為」と云うことができるようになった。 事実、現在に至るまで多くの性同一性障害に対する性別適合手術に刑事責任が問われることはなく、社会的にも次第に認知され容認を受けて、 「正当な医療行為」としての地歩を確固たるものとした。 このような性同一性障害の医療の確立に対して日本精神神経学会の初版ガイドラインの果たした役割は大きくその意義は大きかったと云える。

2. 治療開始例と「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第2版)」(以下、改訂第2版ガイドライン)5)
しかしながらその後、わが国において性同一性障害の臨床経験を積むなかでガイドラインの見直しが求められた。 最大の理由は初版ガイドラインに沿わないケースが少なからず経験されるようになったことである。 概括的な分析を通して、初版ガイドラインに一致しない治療を既に受けているケースが治療を求めてきた場合に、 治療を再構築するための具体的なガイドラインを策定した。
以上の経緯を経て平成14 年7 月、日本精神神経学会・性同一性障害に関する第2 次特別委員会によって「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第2 版)」(以下、改訂第2 版ガイドライン)5)が提示された。改訂第2 版ガイドラインによって、 初版ガイドラインに沿わない治療を開始しているケースへの対応が具体的に提示され、これによって治療の再構築ができるようになった。 また、治療は原則的に第1 段階(精神的サポート)、第2 段階(ホルモン療法と乳房切除術)、第3 段階(性器に関する手術)という手順を踏んで進められるが、 しかし治療は画一的にこの順序通りに受けなければならないというものではないと明言された。さらに第2 段階の治療対象を18 歳へと引き下げ、 乳房切除術は生殖機能に影響を与えないことから性別適合手術から分離され、第2 段階の治療に位置づけられた。 このことにより、適応範囲を飛躍的に拡げることになり、治療効率が格段に上がったといえる。
しかしながら初版ガイドラインと同様に改訂第2 版ガイドラインでも、性別適合手術の適応判定に対し、 ケースごとに倫理にかなっていることを担保するために倫理委員会の承認が必要とされたままであった。

3. 性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律(以下、特例法)7)とその意義
前述の通り、このような臨床活動が普及するとともに「性同一性障害者に対する医療」は、社会に肯定的に受け入れられてきた。 そうしたなか平成15 年7 月特例法が成立し、平成16年7月には施行された。この法律の成立は画期的な出来事であり、 性同一性障害の臨床にとっても極めて重要な意義があるだけでなく、 性同一性障害の診断と治療に関するガイドラインがこの法律と整合性を保つために再改訂は緊急の課題と認識されるに至った。
特例法を概観すると、少なくとも、2 つの大きな意義があることが確認される。
(1) 戸籍の変更ができるようになったこと
この法律によって、これまで性同一性障害の当事者にとって重要な課題であった戸籍の性別変更に道が開かれた。 しかし法律の名称が示す通り、対象はあくまで性同一性障害者に限られている。
(2) 性同一性障害に対する医療が是認されていること
その法文や政省令や診断書の記載要件に、改訂第2 版ガイドラインの内容が大幅に取り入れられている。 このことは、ガイドラインに沿った治療に対する社会的信頼を示すものであり、診断ならびにホルモン療法、 手術療法について個別的にケース一例ずつ丁寧に医療チームで適応判定を行ってきた成果であるともいうことができる。 その意味で、これまでの適応判定の慎重さと透明性は確保されるべきであると考えられる。
一方、特例法の第3 条には次のような要件を示す条項がある。
第 3 条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
1 二十歳以上であること。
2 現に婚姻をしていないこと。
3 現に未成年の子がいないこと。(平成20年の法改正で「現に子がいないこと」から変更)
4 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
5 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
現在のところ、この4 ならびに5 の規定を満たすには、唯一性別適合手術を受ける以外に他の治療法だけでこの規定を満たすことは不可能である。 このことから現段階では、特例法は戸籍上の性別変更の条件として、性別適合手術を前提としていることになる。
換言すれば、特例法の上記の条項によって、性同一性障害の治療の一つとして、性別適合手術は法的にも正当なものと認められたと理解することができる。 したがって、性同一性障害者に対して、これまで確立された性別適合手術を施行する限り、 倫理委員会の個別承認を得なくとも、性別適合手術の適応判定をガイドラインに沿って的確に行えば、母体保護法第28 条の規定や刑法上の傷害罪 (刑法204 条)については、違法性阻却事由に該当する(刑法35 条)3 つの要件を満たしていると考えられる。
そのため、従来の倫理委員会による性別適合手術の個別承認を撤廃し、判定の妥当性ならびに透明性を確保する別途の方策を講じるべきであると考えられる。

Ⅲ 性同一性障害の医療の現状とその問題点-性同一性障害者の多様性について-

前章において性同一性障害の歴史を検証するなかで、いくつかの問題点が明らかになっている。加えてここでは、以下に重要な課題について記述する。
第2版ガイドライン策定の検討に際して、性同一性障害者の示す症状は多様であり症例による差異が大きいことが記述されている。 この多様性については既に諸家によって確認されている。 この多様性は、「生をどのように生きるのか」、そして「性をどのように生きるのか」 という価値観ないし人生観の違いに由来する部分が大きいことが明らかになった。 これは侵すことのできない基本的人権に属するものであって、可能な限り厳に尊重されるべきであると認識される。
言うまでもなく医療においては、患者側に医療選択の自由がある。従って治療法ならびに医療機関は、基本的に患者が自由に選択できることは自明である。 現在、性同一性障害の治療として行われている治療法としては、精神科領域の治療(精神科的サポート)、 外科的治療法(乳房切除術)、ホルモン療法、性別適合手術などが挙げられる。 一方で、各種の治療方法に関する知識が普及するにつれ、 当事者は自らのライフスタイルないし価値観に合う最適な治療法を選択したいと希望するようになった。 例えば、ホルモン療法については、副作用を回避するために性別適合手術後に最小のホルモン量でホルモン療法を開始することを希望する当事者も現われている。
このような状況を勘案すると、当事者にとって最適な治療を構築するためには、治療法などについて十分に説明して理解を得たうえで、 自己決定と自己責任の理念のもとに治療法は選択されるべきであるとの結論に至った。 およそ公共の福祉に反しない限り、身体的治療として、ホルモン療法、乳房切除術(FTM) および性別適合手術、性器の形成術のいずれの治療法をどのような順序でも選択できるようにすべきであると考えられる。
注:ここでは、慣例に従って身体的性別を基準とし、身体的性別が男性である場合をMTF(Male to Female:男性から女性へ)、 身体的性別が女性である場合をFTM(Female to Male:女性から男性へ)と表記する。

Ⅳ.ガイドライン再改訂の理念とその要点

既に記載した通り、改訂第3 版ガイドラインでは倫理委員会の個別承認を撤廃し、それに対応すべき医療チームの改組が必要であるとした。 また原則的に自己決定と自己責任の理念のもとに性同一性障害の治療を選択できるように変更された。

1.倫理委員会の個別承認の撤廃
前述の通り、初版ガイドラインおよび改訂第2 版ガイドラインにおいて性別適合手術の適応判定に際して、倫理委員会の承認を必要要件としていた。 しかし特例法の成立によって、性別適合手術は性同一性障害の包括的治療の一つとして、 法的にも正当なものであると認められたと理解することができる。 したがって従来の倫理委員会による性別適合手術の個別承認を撤廃するべきである。 しかしながら、判定の妥当性ならびに透明性を確保するために医療チームの組織を改組すべきであると考えられる。

2. 医療チームの改組 -判定の効率化と妥当性の確保-
国内の医療チームで行われた性別適合手術数は、平成10年に開始されて以来未だに100例に満たない。 わが国にいる性同一性障害者の総数を考慮すると判定の効率化(スピードアップ)は臨床的に最優先課題であるといえる。 この度、特例法の成立によって性別適合手術が法的にも正当な治療であると位置づけられたことから、 倫理委員会の個別承認を撤廃することが妥当である。このことによって、性別適合手術への移行は円滑かつ迅速になることが期待される。
ただし、特例法は適応判定を慎重に行ってきたというこれまでの実績を前提にして成立しており、適応判定の妥当性・透明性を確保することは、 治療の正当性を担保するうえで不可欠である。性別適合手術の適応判定の医療チームには、 法曹関係者や学識経験者などの参加を求めることとした(ここでは、仮に性別適合手術適応判定会議とする。或いはSRS 適応判定会議と称することもある)。
また、第2 版ガイドラインにおいて複数の医療機関で医療チームを構成することもできるとしているが、 実際には倫理委員会の設置ならびに倫理委員会による個別承認等は困難であった。倫理委員会の個別承認を撤廃することで、 医療チームの結成は可能でありその活動を促したい。

3.治療選択に関する自己決定と自己責任
‐インフォームド・コンセントからインフォームド・デシジョンへ-

性同一性障害の臨床像には多様性が認められることは改訂第2版ガイドラインに記述した通りである。 このことは治療的にも個別例に沿った多様な治療法の選択が要請されることを意味している。 当事者にとって最適な治療を構築するためには、治療法などについて十分に説明を行い理解を得たうえで、 自己責任のもとに自己決定によって自らに最も適した治療を選択すべきである。 およそ公共の福祉に反しない限り、身体的治療として、ホルモン療法、乳房切除術(FTM) および性別適合手術のいずれの治療法をどのような順序でも選択できるようにすべきである。
したがって医療現場においては個々の症例に応じたきめ細かい現実的で柔軟な判断が、これまでに増して求められよう。 一方、当事者においても、自分がどのように生きることを希望するのかを明確にして、 自己責任のもとに治療の選択を自己決定することを充分に理解すべきである。 このことは、インフォームド・コンセントから一歩踏み込んでインフォームド・デシジョンに依拠することである。 この様に治療選択の幅が拡がったことは、同時に当事者の責任が拡大したことを意味している。
また、一つの医療チームでの適応判定の結果は、どこでも通用することが望ましい。 しかし、現在のところ医療機関の間で経験の差は大きく、質的にも不均一で適応判定結果が共通に通用する状況には至っていない。 現段階では原則として、それぞれの医療チームの判断を尊重することは当然としても、 性別適合手術に関しては医療チームが依頼した場合に限り、他の医療機関でも行うことができることとした。

これらのことを踏まえて、ガイドラインを再改訂し第3 版とするにあたって、改訂第2版ガイドライン同様、 HBIGDA(The Harry Benjamin International Gender Dysphoria Association)のStandards of Care 第6 版3)も参考とした。

Ⅴ.診断と治療のガイドライン

1.ガイドラインの位置づけ
改訂第2 版ガイドラインでも記述した通り、ガイドラインはあくまで医療者に対する治療指針であり、治療を受ける者に厳格に強いるべき規則ではない。 また、当事者がガイドラインを遵守しなければその後の治療を受けられないといった懲罰的な対応を強制するための規則でもない。 柔軟性のない厳格な規則として受け止められて教条的に運用すれば、このガイドラインの目的とは逆に、医療の質の低下につながり、 ひいては当事者に対する不利益を助長しかねない。 このような事態が引き続き起きないように改めて「ガイドラインはあくまで医療者に対する治療指針であり、 治療を受ける者に厳格に強いるべき規則ではない」ことを再度確認しておきたい。
今回の再改訂では、治療法の選択の自由は大幅に拡大して、自己決定と自己責任において、個別例の希望する多様な治療法の選択が可能となった。 医療現場では、個々のケースに応じたよりきめ細かい判断がこれまで以上に求められよう。

2.医療チーム
性同一性障害者に対する診断と治療に関する種々の検討は、領域を異にする専門職(メンバー)が医療チームを作って行う。
(1)医療チームの構成については、性同一性障害の診断と治療に理解と関心があり、十分な知識と経験をもった精神科医、形成外科医、 泌尿器科医、産婦人科医などによって構成される。必要に応じて内分泌専門医、小児科医などが加わることが望ましい。
(2)性同一性障害は、社会生活のあらゆる側面に深く関わる問題であることから、医療チームには、上記診療科医師の他に、心理関係の専門家、 ソーシャルワーカーなどの参加が望ましい。
(3)医療チームのメンバーは個々のケースにつき、医学的判断とともに当事者が抱える問題を把握し、きめ細かに援助し、対応することが求められる。
(4)医療チームは、個々のケースについて、本人が希望する身体的治療に対する適応の判定を行う。 性別適合手術に対する適応判定に際しては、上記医療チームのメンバーの他、法曹関係者や学識経験者などのメンバーを加え (性別適合手術適応判定会議)、判定の法的ないし倫理的妥当性が確保されていることを確認する。
医療チームは、原則としてファーストオピニオンの意見書作成者から、ケースについてのプレゼンテーションを受け質疑応答をするが、 ファーストオピニオン担当者が出席できないときは、セカンドオピニオン担当者が替わることもできる。 2 人の意見書作成者が出席できないときは、電話や書面において質疑応答をすることもできるが、 必要に応じて医療チームの精神科医の診察を求めるなど、十分な情報を確保できるようにする。
(5)医療チームは複数の医療機関で構成することもできる(例えば開業医が医療チームを結成することもできる)。 ただし、性同一性障害の診断と治療に理解と関心があり、十分な知識と経験をもった医師を中心としたメンバーで構成される必要がある。 この観点から医療チームを結成するには、少なくとも中心メンバーは、日本精神神経学会の主催する(あるいは委託する) 専門家研修会での研鑚を積んでいることが求められる。

3.診断のガイドライン
診断の手順については、以下に示すとおり改訂第2版ガイドラインと基本的には同様である。 次に示す手順に従って、性同一性障害についての診断を決定する。性同一性障害に十分な理解と経験をもつ精神科医が診断にあたることが望ましい。 2人の精神科医が一致して性同一性障害と診断することで診断は確定する。 2人の精神科医の意見が一致しない 場合は、さらに経験豊富な精神科医の診察を受けその結果を改めて検討する。
(1)ジェンダー・アイデンティティの判定
1)詳細な養育歴・生活史・性行動歴について聴取する。
日常生活の状況、たとえば、服装、人間関係、職業歴などを詳細に聴取し、現在のジェンダー・アイデンティティのあり方、 性役割の状況などを明らかにする。また必要に応じて、当事者の同意を得た範囲内で、家族あるいは当事者と親しい関係にある人たちから症状の経過、 生活態度、人格に関わる情報、家族関係ならびにその環境などに関する情報を聴取する。 そのうえで、ジェンダー・アイデンティティについて総合的多面的に検討を加える。 ただし、これらの人たちから情報を得るに当たって、当事者との関係に重大な支障を及ぼさないよう、細心の注意が必要である。
2)性別違和の実態を明らかにする。
DSM-Ⅳ-TR1)やICD-108)を参考にしながら、以下のことを中心に検討する。
①自らの性別に対する不快感・嫌悪感
自分の第一次ならびに第二次性徴から解放されたいと考える。自分が間違った性別に生まれたと確信している。 乳房やペニス・精巣などを傷つけたりする。FTM では声をつぶそうと声帯を傷つけたりする。
②反対の性別に対する強く持続的な同一感
反対の性別になりたいと強く望み,反対の性別として通用する服装や言動をする。 ホルモン療法や手術療法によって、でき得る限り反対の性別の身体的特徴を得たいとの願望をもっている。
③反対の性役割を求める
日常生活のなかでも反対の性別として行動する、あるいは行動しようとする。しぐさや身のこなし・言葉づかいなどにも反対の性役割を望み、反映させる。
3)診察の期間については特に定めないが、診断に必要な詳細な情報が得られるまで行う。
(2)身体的性別の判定
①身体的性別の判定は原則として、MTF は泌尿器科医、FTM は婦人科医により実施される。 染色体検査、ホルモン検査、内性器ならびに外性器の診察ならびに検査、その他担当する医師が必要と認める検査を行い、 その結果を診断を担当する精神科医が確認する(原則として文書で入手する)。
②上記診察と検査結果に基づき、 性分化疾患( 性染色体異常など)、身体的性別に関連する異常の有無を確認する。
注:上記については身体的性別に関する異常の有無が総合的にみて判定できれば良い。上記に挙げた検査等の結果が全てそろわなければならないというものではない。
(3)除外診断
①統合失調症などの精神障害によって、本来のジェンダー・アイデンティティを否認したり、性別適合手術を求めたりするものではないこと。
注:統合失調症等他の精神疾患に罹患していることをもって、画一的に治療から排除するものではない。
症例ごとに病識を含めた症状の安定度と現実検討力など適応能力を含めて、慎重に検討すべきである。
②反対の性別を求める主たる理由が、文化的社会的理由による性役割の忌避やもっぱら職業的利得を得るためではないこと。
(4)診断の確定
①以上の点を総合して、身体的性別とジェンダー・アイデンティティが一致しないことが明らかであれば、これを性同一性障害と診断する。
② 性分化疾患( 性染色体異常など)が認められるケースであっても、身体的性別とジェンダー・アイデンティティが一致していない場合、 これらを広く性同一性障害の一部として認める。
注:性同一性障害の診断に関する国際的診断基準、たとえば DSM-Ⅳ-TR では、性分化疾患で性別に関する不快感を伴っているものを特定不能の性同一性障害に分類している。 本人が性同一性障害に準じた治療を希望する場合には、治療から排除する理由はない。
③性同一性障害の診断・治療に十分な理解と経験をもつ精神科医が診断にあたることが望ましい。 2 人の精神科医が一致して性同一性障害と診断することで診断は確定する。 2 人の精神科医の意見が一致しない場合は、さらに経験豊富な精神科医の診察を受け、その結果を改めて検討する。
注:なお、2 人の精神科医の診断の一致を求めているのは、性同一性障害の治療に関して、 ホルモン療法や手術療法など不可逆的治療を前提としているため、診断が確実であることを要求されるからである。 身体的治療を前提としない通常の診断書の場合など、必ずしも2 人の精神科医の一致した診断が必要とされるわけではない。 この点については個々のケースに応じて柔軟に判断すべきである。

4.治療のガイドライン
治療は、精神科領域の治療(精神的サポート)と身体的治療(ホルモン療法とFTM における乳房切除術、性別適合手術)で構成される。 治療は画一的にこの治療の全てを受けなければならないというものではない。 身体的治療については、治療に関する十分な理解を前提としたうえで、自己の責任において、 どのような治療をどのような順番で受けるかを自己決定することができる。ただし、診断の手続きと精神科領域の治療を省略することはできない。
(1) 精神科領域の治療
精神的サポートと実生活経験 real life experience:略す場合はRLE
1)精神科領域の治療に携わる者
この治療に携わる者は、性同一性障害の診断・治療に十分な理解と関心を有する精神科医、心理関係の専門家が中心となる。 精神科領域の治療は身体的治療の後も継続される。
注;ここでいう心理関係の専門家は、大学または大学院において心理関連領域を専攻した者、 あるいは医療チームにおいて性同一性障害の治療に関して同等以上の経験と力量を持つと認められた者とする。
2)精神科領域の治療の内容と手順
精神科医による性同一性障害の診断が確定しているか、確定する前であってもジェンダー・アイデンティティに関連する問題があると考えられ、 本人自らが治療を希望する場合には、以下の治療を開始することができる。
①精神的サポート(現病歴の聴取と共感および支持):
これまでの生活史のなかで、性同一性障害のために受けてきた精神的、社会的、身体的苦痛について、治療者は十分な時間をかけて注意を傾けて聴き、 受容的・支持的、かつ共感的に理解しようと努める。
②カムアウトの検討:
家族や職場にカムアウトを行った場合、どのような状況が生じるかを具体的にシミュレーションさせる。 現在の状況でカムアウトを行った方がよいかどうかをはじめ、カムアウトの範囲や方法、タイミング等について検討を加える。 必要に応じて、家族面接で理解と協力を求めたり、職場や産業医等との連携をとるなどの方法も検討すべきであろう。 また学生等の場合は、学校関係者との連携をとる方がよいかどうかも含め、本人とともに検討する。
③実生活経験(RLE):
いずれの性別でどのような生活を送るのが自分にとってふさわしいのかを検討させる。
また既にどれだけ実現できているか、現状でさらに実現できることがあるかなどを詳細に検討させ、実現に向けての準備や環境作りを行わせる。 その間、必要に応じて面接を行い、希望する生活を揺るぎなく継続できるか、生活場面でどのような困難があるかを明らかにする。
身体的治療を希望する当事者に対しては、その身体的治療を行った際に起こりうる種々の変化を予測し、 どのように対応するかを検討させる。また、その生活を現実にできる範囲で実際に行わせてみる。 このような生活は必ずしも生活の全般に渡って行う必要はなく、周囲との関係に悪影響を及ぼさない範囲 (たとえば、自宅内からはじめ、学校や職場以外、休日の外出時など)でもよいであろう。 本人の適応能力や周囲の許容範囲を超えないように細心の注意を払う必要がある。
④精神的安定の確認:
種々の状況に対して精神的に安定して対処できることを確認する。うつ病などの精神科的合併症がある場合には、その合併症の治療を優先し、 適応力を生活上支障のないレベルに回復させる。すなわち、性同一性障害に対する治療に耐えられるレベルに到達するまで、 性同一性障害の治療を一時留保することも検討すべきである。
⑤治療は、上記①~④の条件を満たすことを確認できるまでの期間行う。
3)精神科領域の治療の評価と身体的治療への移行
精神科領域の治療の効果判定は、治療の中心となった精神科医もしくは心理関係の専門家が担当する。
治療期間中に当事者との面接によって明らかになった前述の〔4-(1)-2)〕にある①~⑤の条件がどの程度達成されたかによって評価する。
上記の精神科領域の治療を継続した後、本人が身体的治療への移行を希望する場合は、次の手続に従って、 身体的治療に移行するための条件が満たされるかどうかを医療チームにおいて判断する。性別適合手術については性別適合手術適応判定会議において判断する。
①身体的性別の診断(前述)
身体的治療への移行に関する検討が行われるまでに、身体的性別に関する診察や諸検査を実施し、その結果を書面(コピーでも可)で医療チームに提出する。
②性同一性障害の診断
2 名の精神科医は、性同一性障害の診断に関する意見書(診断書)を作成して、医療チームに送付する。 セカンドオピニオンがファーストオピニオンの内容について異存がない場合は、その旨を示す書面あるいは連名としてもよい。
注;ここでいうファーストオピニオンとは、診断書・意見書作成に関する順番であって、 必ずしも診療に関する順番との一致を求めるものではない。診断に関する詳細な診断書・意見書をファーストオピニオンとする。
③2 通の意見書
精神科領域の治療を担当した治療者を含む2 名の意見書作成者は、以下に示す身体的治療へ移行するための条件を検討して、 その条件を満たしていると判断した場合は、意見書を医療チームに提出する。 この際、セカンドオピニオンがファーストオピニオンの内容について異存がない場合には、その旨を示す意見書でよい。あるいは連名としてもよい。
2 人の意見書作成者の意見が一致しないときは、より経験豊富な3人目の精神科医の意見を求める。医療チームは、これらの意見書をもとに総合的な検討を行い、 身体的治療への移行について最終的に判断する。なお、診断と精神科領域の治療を同時に行った場合、診断と治療に関する意見書を1 通にまとめることも可能である。
4)身体的治療への意見書作成に携わる者
精神科領域の治療に携わる者として規定した治療者〔上記4-(1)-1)の精神科医あるいは心理関係の専門家〕が意見書を作成する。 そのうち少なくとも1 名は精神科医(原則として診断に関わった精神科医)でなければならない。1 名は心理関係の専門家が代行することもできる。
また、2 人の意見書作成者のうち1 人は医療チームに属していることが望ましい。2 人の意見書作成者のいずれも医療チームに属していない場合は、 医療チームに属する精神科医が2 通の意見書の内容を検討し、必要な場合には改めて診察を行い、 診断ならびに身体的治療への移行に関する意見書の内容を確認し、医療チームにおける検討に供する。
5)身体的治療に移行するための条件
次の条件を満たすとき、身体的治療へと移行することができる。
①性別違和の持続:
精神科領域の治療を経た後においても、身体的性別とジェンダー・アイデンティティとの間に不一致が持続し、そのために強い苦悩が続いていること
②実生活経験(RLE):
本人の望む新しい生活についての必要充分な検討ができていること。すなわち、身体的性別とジェンダー・アイデンティティとの間に不一致が存在しながらも、 可能な範囲で今後の新しい生活を試みており、それについて適合感があり持続して安定していること
注:たとえば、本人の望む生活を試みるなかで、周囲の好奇の目に曝されることへの耐性も必要である。
さらに職業に関しては、現在の仕事が継続できる条件を整えているか、一旦職を辞して新しい職に就く場合には、 具体的な見通しがついていること。学生の場合には学校側と授業や実習に関しての調整がなされているか、 特に調整を要さない科目のみの履修で済むように科目選択が可能であるかなども考慮すべき点である。
③身体的変化に伴う状況的対処:
身体的変化にともなう心理的、家庭的、社会的困難に対応できるだけの準備が整っていること
注:たとえば必要な範囲でカムアウトしサポートシステムを獲得していることが望ましい。 またカムアウトしないで適応をはかろうとする場合、自らを支え、種々の不安や苦痛に耐えて対処するだけの能力を持っていることが必要となる。
④予測不能な事態に対する対処能力:
予期しない事態に対しても現実的に対処できるだけの現実検討力を持ち合わせているか、 精神科医や心理関係の専門家等に相談して解決を見出すなどの治療関係が得られていること
注:種々の葛藤や不安に対する耐性が獲得されていて、行動化(衝動的な身体的治療への移行、自傷行為、 薬物依存、自殺企図など)や操作(「死ぬ」などの脅しによって周囲を思い通りに動かそうとするなど)をしないことも必要である。
⑤インフォームド・デシジョン:
身体的治療による身体的変化や副作用について、少なくとも重要なことに関する説明を受け、十分に理解して同意していること。
⑥身体的治療を施行するための条件:
希望する各身体的治療を施行するための条件を満たしていること。
(2)身体的治療(ホルモン療法、乳房切除、性別適合手術)
身体的治療は、MTF の場合はホルモン療法と性別適合手術のいずれかあるいはそのすべて、 FTM の場合はホルモン療法と乳房切除術および性別適合手術のいずれかあるいはそのすべてを選択できる。 どの治療をどのような順番で行うかを検討する。但し、身体的治療の後も精神科領域の治療は継続される。
1) ホルモン療法
(ⅰ)ホルモン療法に携わる者
ホルモン療法は、医療チームの一員であるか医療チームから依頼を受けた医師であり、 かつ内分泌学、泌尿器科学、産婦人科学を専門とする医師によって行われるべきである。 ただし、地域性などの条件を考慮して、近医や非専門医がホルモン投与をする場合、専門医の診察を定期的に受けるようにするべきである。
(ⅱ)ホルモン療法を施行するための条件
ホルモン療法を始めるにあたって、次の条件を満たしていることが必要である。
①身体的治療に移行するための条件〔上記4-(1)-5)〕を満たしていること
②身体的条件:十分な問診、身体的診察と必要な検査を行い、ホルモン療法を行うこと
で健康に重篤な悪影響を及ぼす疾患などが否定されていること
注:例えば血栓症や重症肝機能障害が否定されていること。
③インフォームド・デシジョン:ホルモン療法の方法、効果と限界、起こり得る副作用について改めて十分な説明を行い、 理解していることを確認したうえで、文書で同意を得ること。
④家族・パートナーへの説明:家族、パートナーにも必要に応じて、ホルモン療法の効果と限界、起こりうる副作用について十分な説明を行うこと。
⑤年齢:年齢は18 歳以上であること。ただし18 歳以上であっても未成年者については親権者など法定代理人の同意を得ること (親権者が2 名の場合は2 名の同意を要する)。
⑥既に、2 通の意見書をもとに医療チームの検討を経て乳房切除術を行った者がホルモン療法を希望する場合には、 改めてホルモン療法に関する意見書を少なくとも1 名(1名だけの場合には精神科医)の意見書作成者〔上記4-(1)-4)〕から得て、医療チームにおいて検討し、 ホルモン療法の適応であることを確認していること。
(ⅲ)ホルモン療法について
①MTF の場合、エストロゲン製剤やゲスタゲン製剤の投与を行う。FTM では、アンドロゲン製剤の投与をおこなう。 投与量は血中ホルモンの測定などにより、その効果を評価しながら適量を決定する。
注:過量投与は、投与量に比例した効果が上がらないばかりか、副作用の危険を増大させるだけである。
②ホルモン療法により期待される効果は、性ホルモンとしての直接的な効果と視床下部
下垂体系抑制による性腺刺激ホルモン分泌の低下を介した効果がある。全身的な効果は以下の通りである。 MTF に対するエストロゲン投与では、乳腺組織の増大、脂肪の沈着、体毛の変化、不可逆的な精巣の萎縮と造精機能喪失などが起こりうる。 一方、 FTM に対するアンドロゲン投与では、月経の停止、体重増加、脂肪の減少、にきび、声の変化、クリトリスの肥大、 体毛の増加と禿頭などが起こり得る。この中には精巣萎縮や造精機能喪失に代表されるような不可逆的な変化もあり得る。
③ホルモン療法に伴って、血栓症など致死的な副作用が発生する可能性がある。また、狭心症など心血管イベント、肝機能障害、胆石、 肝腫瘍、下垂体腫瘍などの可能性がある。したがってホルモン療法の際には常に副作用に注意し、開始前のみでなく、 開始後も定期的な検査をおこなう。特にエストロゲン製剤の投与に際しては、肝機能などの一般臨床検査に加えて、血液凝固能の亢進、 血中プロラクチンの上昇などに注意する必要がある。
④ホルモン療法は、原則的には他の内科疾患や心血管系合併症などを伴わない場合に行うべきである。 特に糖尿病、高血圧、血液凝固異常、内分泌疾患、悪性腫瘍などはホルモン療法の副作用のリスクを増大する可能性がある。 また、肥満、喫煙も同様である。しかし、ホルモン療法にともなう利点も多々あることから、その可否については、個々の例において、 利益と不利益を熟慮したうえで総合的な評価をおこない、最終的に判断するべきである。
⑤ホルモン療法に用いる薬剤の投与量は、精巣摘出術または卵巣摘出術の後は減量が可能である。 しかし、骨粗鬆症などの可能性を考慮し、生涯にわたって継続するべきである。
2)FTM に対する乳房切除術
FTM の場合、身体的治療のひとつとして乳房切除術を選択することができる。ホルモン療法と同時にあるいは時期を違えて行うこともできる。 あるいはホルモン療法を行わず、乳房切除術のみを行うこともできる。両者を同時にあるいは時を違えて行うこともできる。 乳房切除術を性別適合手術と同時に行うことも可能であるが、身体的侵襲の程度などを考慮して、個々に判断すべきである。
(ⅰ)乳房切除術に携わる者
①乳房切除術に携わる者は、医療チームの一員であるか、医療チームから依頼された形成外科医あるいは美容外科医であることが原則である。 ただし、乳房切除術を受ける本人の責任において他の医療機関を選択することもできる。 その場合、手術に際して麻酔科医が麻酔を担当するなど、一定の水準を達成している医療機関を推奨する。
②性同一性障害および乳房切除術に関して、十分な知識・理解と技術を持っていること。
(ⅱ)乳房切除術を施行するための条件
乳房切除術を施行するにあたって、次の条件を満たしていることが必要である。
①身体的治療に移行するための条件〔上記4-(1)-5)〕を満たしていること。
②身体的条件:十分な問診、身体的診察と必要な検査を行い、乳房切除術を行うことによって健康に重篤な明らかな悪影響を及ぼすような疾患が否定されていること。
注:例えば麻酔薬に対するアレルギーや重度の肝障害等。
③インフォームド・デシジョン:乳房切除術の方法、効果と限界、起こり得る副作用について改めて十分な説明を行い、 理解していることを確認したうえで、文書で同意を得ること。
④家族・パートナーへの説明:家族、パートナーにも必要に応じ、乳房切除術の具体的術式、予想される結果、手術上のリスクについて十分な説明を行うこと。
⑤年齢:年齢は18 歳以上であること。18 歳以上の未成年については親権者など法定代理人の同意を得ること(親権者が2 名の場合は2 名の同意)。
⑥既に、2 通の意見書をもとに医療チームの検討を経てホルモン療法に移行している者が乳房切除術を希望する場合には、 改めて乳房切除術に関する意見書を少なくとも1 名(1 名だけの場合には精神科医)の意見書作成者〔上記4-(1)-4)〕から得て、 医療チームにおいて検討し、手術適応であることを確認していること。
3)性別適合手術(sex reassignment surgery;SRS)
性別適合手術に関しては、2 通の意見書をもとに性別適合手術適応判定会議において、その適応を判断する。
ここで規定する性別適合手術の範囲は、基本的には内外性器の手術に関わるものであり、
MTF の場合:精巣摘出術、陰茎切除術と造腟術および外陰部形成術
FTM の場合:第1 段階の手術―卵巣摘出術、子宮摘出術、尿道延長術、腟閉鎖術
                  :第 2 段階の手術―陰茎形成術
などが考えられる。ただし、どのような範囲の手術をどのように行うかの選択は、それぞれがもたらし得る結果と限界やリスクについて十分な情報を提供する中で、 本人の意思を尊重しながら決定されるべきである。
(ⅰ)性別適合手術を行う者
① 性別適合手術は、医療チームに属する形成外科医・泌尿器科医・産婦人科医などが協力して行うことが原則である。 ただし、医療チームが別の医療機関に性別適合手術を依頼することもできる。
②性別適合手術に関して十分な技量を有する者であることはもちろんであるが、同時に性同一性障害についての知識、 特にその心性に対する十分な理解と経験を持ち合わせていることが望まれる。
(ⅱ)性別適合手術を施行するための条件
性別適合手術を施行するにあたり次の条件を満たしていることが必要である。
①身体的治療に移行するための条件〔上記4-(1)-5)〕を満たしていること。
②身体的条件:十分な問診、身体的診察と必要な検査を行い、性別適合手術を行うことによって健康に重篤な明らかな悪影響を及ぼすような疾患が否定されていること。
注:例えば麻酔薬に対するアレルギーや重度の肝障害等
③実生活経験:
プライベートな場所では、希望する性別での生活を当事者が望むスタイルでほぼ完全に送られており、 この状態が後戻りしないで少なくとも1 年以上続いていること(観察期間をすべて1 年以上とする必要はないが、 この条件を満たしていることを意見書作成者が十分確信できる内容が提示されていること。 ただし、他の身体的治療を受けていない場合、あるいはホルモン療法など他の身体的治療を希望しない場合には、より長期の観察期間を設けることが望ましい)。
④手術に伴う休暇等の確保:
手術に必要な期間、仕事や学校を休むことができるか、退職を考える場合には、次の職に関して具体的な見通しが立っていること。 手術後も当面生活に必要な経済的安定が確保される見通しが立っていること。
⑤サポートシステムの確保:
家族やパートナー等のサポートシステムが安定的に得られていること。それが得られない場合、あるいはカムアウトしていない場合には、 精神的にも経済的にも安定的に自立できていること。
⑥インフォームド・デシジョン:手術の範囲、方法、予想される効果、起こりうる合併症・随伴症状などについて十分な説明を行い、 理解したうえで手術法が決定されたことを文書に明記して保存すること。
⑦家族・パートナーへの説明:家族、パートナーにも必要に応じ、具体的術式や予想される結果、手術上のリスクについて十分なる説明を行っていること。
⑧年齢は20 歳以上であること。
手術内容の確認と検討:
本人の希望する手術が具体的に明らかにされ、医療チームの詳細な検討によって、それが本人に対する治療として適切であると判断される必要がある。
注:たとえば、MTF が精巣切除を行い、しばらく経過を見て、ある時点で更なる手術を求めることもあり得る。
注:MTF に対する豊胸術や甲状軟骨の形成術に関しては、性同一性障害の治療の一環として行われてはいるが、 身体的条件やボディイメージなどには個人差も大きく、その選択は自己決定に委ねられる。 他の美容外科的手術ないし処置(例えば脱毛など)に関しても本人の自己決定に任せられるが、各方面の専門家による助言を求めるなど、慎重であるべきことは同様である。
4)身体的治療と精神科領域の治療の連携(新しい生活におけるQOL の向上)
精神科領域の治療に携わる者〔上記4-(1)-1)〕として定められた精神科医あるいは心理関係の専門家は、 ホルモン療法や乳房切除術、性別適合手術など身体的治療の施行後においても継続的に面接を行い、 精神的サポートと新しい生活におけるQOL の向上に向けて援助する。
①身体的治療施行前において不十分であった点をさらに検討し、各身体的治療の結果、希望する新しい生活のどのような点が達成され、 どのような問題が残されているかを明らかにする。身体的治療を行わない者についても同様の検討を加える。
②新しい生活におけるQOL を向上させる上で残されている問題について、どのような解決方法があるかを詳細に検討し、よりよい適応の仕方を探る。 身体的治療に移行するための条件として定めた事項〔上記4-(1)-5)〕が揺らぎなく継続し、より安定したものとなっていることを確かめる。
③身体的治療に移行するにあたって、職を辞したり休学あるいは退学した場合には、新たな状況のもとで社会適応できるように援助する (種々の助言・診断書・意見書作成等により状況改善を図るなど)。

Ⅵ.すでに治療を開始している症例への対応

これまでのガイドラインに依らずに治療を受けてきたケース(初版ガイドライン策定以前の身体的治療も含める)、 何らかの理由により途中からガイドラインに沿わない治療を受けたケースが治療を求めてきた場合、次の手順に従って検討する。
①診断のガイドライン(Ⅴ-3)に示された手順に従って診断を確定する。
②これまでの治療の妥当性を考慮しながら、必要な場合には治療の改善ないしは中止を指導する
③本人の希望する治療について、治療のガイドライン(Ⅴ-4)に沿って検討する。

Ⅶ.移行措置

既に記述した通り、性別適合手術の適応判定には倫理委員会の個別承認の必要はなくなるが、 その代わりに医療チームに法曹関係者や学識経験者の参加を要請しなければならない。
実現するには時間がかかる可能性もあるため次のような移行措置を定めておく。
①すでに、医療チームにおいて性別適合手術を承認されているケースにおいては、改めて倫理委員会において個別承認を受ける必要はない。 医療チームの中に第3者的な法曹関係者や学識経験者がいればその委員が、いなければ倫理委員会のメンバーが、 医療チームに参加しての申請書類を点検する形で手続きを確認する。
②性別適合手術適応判定会議において、法曹関係者や学識経験者のメンバーが確保されるまでの間は、①と同様の措置をとることで、代えることができる。

Ⅷ.おわりに

第2版ガイドラインでも言及した通り、呉秀三は、「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」の中で 「我邦十何万ノ精神病者ハ実ニコノ病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ、此邦ニ生マレタルノ不幸ヲ重ヌルモノト云ウベシ。」 と悲憤を慷慨したが、それに続いて「精神病者ノ救済ト保護ハ実ニ人道問題ニシテ、我邦目下ノ急務ト云ハザルベカラズ」 という重要なメッセージが記述されている。 このような努力によって翌年には「精神病院法」が成立し精神病者の保護への道が開かれたことは周知の通りである。 勿論、性同一性障害は精神病者ではないが、悲劇的な状況は同じく人道問題であったが、 目下の急務であった性同一性障害者の救済と医療の提供(保護)は急速な展開を見せて大きく前進を遂げたといえる。
特例法の制定は、数多くの先達の不断の努力、行政の対応、立法府や国会議員の支援、法曹界の協力、 そしてなによりも当事者達の真摯で勇気に満ちた行動などの賜物であり、大きな成果であると云えよう。 関係各位に敬意を表しつつ当委員会としても同慶の意を表明したい。
しかしながら、性同一性障害者の治療の究極の目標は社会のなかで自らの希望する性別で生活していくことにある。 診断と治療に携わる医療体制もこれに見合ったものに進化させていく必要がある。 解決しなければならない課題は、未だに数多く残されている。 たとえば、治療者や拠点病院は不足したままでありガイドラインに沿った治療を国内で受けることが困難な状況が続いている。 このために海外での性別適合手術を求める傾向が助長されたきらいがある。 しかし、海外で性別適合手術を受けてきた当事者のなかには、基本的な知識を持ち合わせないケースも多々みられ、 術後の合併症に苦しむケースも少なからず経験される。この現状を打開するためには性同一性障害に関する医学的啓蒙活動をより意欲的に展開することが必要である。
また、ホルモン療法や手術療法は未だ保険適用がなされていない。身体的治療の保険適用を獲得することも急務であり積極的に働きかけていく必要があろう。
さらに、日本精神神経学会が研修会などの機会を積極的に提供し、専門的な治療に携わる医師や専門職の数を着実に増やしていく必要がある。 特に医療チームの中心的メンバーは、知識と経験を十分に持つことが要求され、研修会は必須のものである。 関連した学会や研究会に委託するなどの方法も含め、日本精神神経学会が研修の場を提供する体制を確立ていくことが要請される。
今回は、特例法の制定を機に改訂作業が進められたが、現在なお「道半ば」であることを銘記すべきである。 今後もガイドラインがより現実に即したものになるように改訂の努力を継続していく必要があることは当然のことである。

参考文献

1) American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental
Disorder,Fourth Edition,Text Revision,2000(高橋三郎,大野裕,染谷俊幸訳:
DSM‐Ⅳ‐TR 精神障害の診断・統計マニュアル.医学書院,2003)
2) 判例タイムズ233 号231 頁より(いわゆるブルーボーイ事件判決)
3) HBIGDA(The Harry Benjamin International Gender Dysphoria Association):The standards of
care for gender identity disorders;sixth edition(東優子,針間克己訳:性同一性障害の治療
とケアに関する基準(SOC),臨床精神医学30 巻第7 号887-902,2001
4) 日本精神神経学会・性同一性障害に関する特別委員会:性同一性障害に関する答申と提
言.精神神経学雑誌 99 巻第 7号, 533-540, 1997
5) 日本精神神経学会・性同一性障害に関する第二次特別委員会:性同一性障害に関する診
断と治療のガイドライン(第2 版),精神神経学雑誌104 巻第7号,618-632, 2002
6) 大島俊之:性同一性障害と法,日本評論社,2002
7) 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律:平成15 年7 月16 日官報
8) World Health Organization:The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural
Disorders;Clinical descriptions and diagnostic guideline,WHO,Geneva,1992
(融道男,中根允文,小宮山実監訳:ICD‐10,精神および行動の障害―臨床記述と
診断ガイドライン.医学書院,1993)

*****************************************
日本精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」委員
委員長 中島 豊爾
委 員 阿部 輝夫、池田 官司、牛島 定信、小栗 康平、小澤 寛樹、織田 裕行、黒柳 俊恭、
康 純、佐藤 俊樹、塚田 攻、西村 良二、針間 克己、深津 亮、山内 俊雄
*****************************************
委員会開催日
平成16年1月25日、3月20日、6月5日、9月26日、
平成17年2月6日、4月10日、6月19日、10月30日 計8回

■ 修正・削除について (H18.11.18)
● 目次
修正:
Ⅵ.ガイドラインの運用の奨励と対策 19

Ⅵ.すでに治療を開始している症例への対応 19
削除:
(ガイドラインに一致しない治療例への対応)
1. 性同一性障害の診断の検証と治療の評価
(1) 性同一性障害の診断の検証
(2) 治療についての評価
2. 治療の構築
(1) ホルモン療法継続の条件
(2) 新たな身体的治療開始の条件
修正:
Ⅷ.おわりに 21

Ⅷ.おわりに 20
● P.18(ⅱ)性別適合手術を施行するための条件
追加:
②身体的条件:十分な問診、身体的診察と必要な検査を行い、性別適合手術を行うことによって健康に重篤な明らかな悪影響を及ぼすような疾患が否定されていること。
注:例えば麻酔薬に対するアレルギーや重度の肝障害等。
以下、番号変更
③ 実生活経験:

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