職場のメンタルヘルスチェックを職場健診と別枠でおこなう労働安全衛生法の変更について、当学会理事中村純産業医科大学教授が厚生労働省・第75回労働政策審議会安全衛生分科会(平成25年9月25日)におけるヒアリングで、拙速な法改正、施行に対し慎重意見を述べました。
以下の審議会での発表要旨および、平成24年9月当学会見解をご参照ください。
(現行)
第六十六条:事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行なわなければならない。
→(今回の改正案)
医師による健康診断(精神的健康の状況に係るものを除く。)を行わなければならない。
厚労省の定義: メンタルヘルスの不調:F コードに分類される精神障害だけでなくストレスや強い悩み、不安など労働者の心身の健康、社会生活及び生活の質に影響を与える可能性のある精神的及び行動上の問題を幅広く含む。 |
例えば、不眠、頭痛、全身倦怠感、痛み、意欲低下、食欲低下をはじめとする精神症状の多くは、身体症状が前景にでている(仮面うつ病など)。 多くの疾患で精神症状を示す。 うつ病をはじめ多くの精神疾患では身体症状が本人の主な自覚症状であることが多い。 さらに、甲状腺機能異常をはじめ多くの疾患で精神症状を示し、初期兆候である場合も多い。
精神症状が除かれた情報しか把握できなくなる危険性がある。
事業者の安全配慮義務を追及した裁判では、産業医は 事業者側として取り扱われる。
産業医がストレスチェックを行ってよいのであれば、そこで産業医が知り得た情報は、事業者が取得した情報として取り扱われる。 労働安全衛生法の枠組みで行うのであれば、産業医が知り得た情報に基づいて、きちんと就業上の措置を行うことが前提になる。
産業医が労働者に適切な措置を行うように指導した場合に、労働者への不利益が発生しない制度設計、運用方法がないままで実施することは危険である。
当初の案では産業医のいない事業所において、地域産保や医療機関が事業主に配慮を求める場合の制度設計が不十分である。 適切な措置を講じる必要になった場合に、労働者の不利益を補う実効的な制度設計、運用が現状ではない。
特定健診 | 定期健診 | 面接指導 | |
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正式名称 | 特定健康診査 | 定期健康診断 | 面接指導 |
根拠法 | 高齢者医療確保法 | 労働安全衛生法 | 労働安全衛生法 |
導入年 | 平成20(2008)年 | 昭和22(1947)年 | 平成18(2006)年 |
実施主体 | 医療保険者(健保) | 事業者(企業) | 事業者(企業) |
導入年 | 平成20(2008)年 | 昭和22(1947)年 | 平成18(2006)年 |
実施義務 | あり | あり (刑事罰付き) |
あり |
実施者 | 健診機関 | 健診機関・産業医 | 健診機関・産業医 |
対象者 | 被保険者・被扶養者 | 労働者 | 長時間労働者 |
受診義務 | なし | あり | あり(希望者のみ) |
結果保存等 | 医療保険者(健保) | 事業者(企業) | 事業者(企業) |
結果利用 | 被保険者・被扶養者 | 労働者 | 長時間労働者 |
実施率 | 45.0%(平23年) | 86.2%*(平19年) | 51.3%**(平22年) |
* 労働者健康状況調査
** 労働安全衛生基本調査における結果から次の式で求めた数値
100×面接指導を実施した事業場
÷{面接指導を実施した事業場+対象者がいるが実施しなかった事業場}
=100×7.4%÷(7.4%+7.01%)
労使関係が存在する職場において、強制的にアンケート調査を実施すれば、労働者の雇用や労働条件の確保に不利になる問題は、隠そうとすることは容易に想像できる。
医療機関ではなく職場において、強制的にストレスを調査して、労働者にとって有益な結果が得られるという研究成果は何ら存在しないのではないか。
労働者に受診義務を課す方式の労働安全衛生法で、前回提案された9項目のストレスチェックなど科学的根拠のない調査手法を強制すべきではない。
一般の企業は、労働安全衛生法ですらよく理解していない。まして、その政令、省令、通達等を読み込んでいるのは大企業の一部にとどまる。
法律で「事業者」が「労働者」の「精神的健康度の調査」を「行わなければならない」と規定すれば、その一般的な日本語感に基づいて解釈されると推察される。
一方で、「精神的健康度の調査」が何を指すのかについて、通達まで読まなければわからないというのであれば、政策を現場に周知することだけでも混乱するのではないか。
以上
平成25年10月1日
【本件に関するお問い合わせ先】
公益社団法人日本精神神経学会事務局
E-mail:info@jspn.or.jp