公益社団法人 日本精神神経学会

English

学会活動|Activities

Volume 18, Number 3, October 2019

更新日時:2020年2月28日

Editorials

What is “evidence” in psychotherapies?
精神療法におけるエビデンスとは何か?

<要旨>
1990年代半ばにアメリカ心理学会が提唱したEmpirically supported treatments (ESTs: 経験的に支持された治療)が精神療法の分野におけるエビデンスの始まりとされるが、より厳しい科学的基準を達成するために4つの提案が論じられている。それは、再現性と方法論の厳格さを評価する基準の設定、症状の軽減だけでなく日常生活機能に関する主観的・客観的指標の取り入れ、潜在的な有害事象の説明責任、治療機序等、治療に関連する全ての科学的エビデンスの考慮である。

〔翻訳:高松 直岐〕

Special Articles

Migration, ethnicity and psychoses: evidence, models and future directions
移民、民族性と精神病:エビデンス、モデルと今後の方向性

<抄録>
ヨーロッパ北部をはじめとして、多くの移民やマイノリティの民族集団において、精神病の割合が高いことが数多くの研究で報告されている。世界の様々な場所で起きている移民の増加とそれに伴う文化的多様化の流れを考える時、これらの知見には、社会的にそして公衆衛生上、大いに注目すべきものがある。この論文では、精神病の割合のヴァリエーションに関するエビデンスと、それを説明しうる適切な理論やモデルを含んだ仮説に関するエビデンスをレビューすることで、最新の話題を取り上げる。特に、a) 報告されている民族集団ごとの精神病性障害の幅広いヴァリエーション、b)このヴァリエーションを説明しうる、生態学的および個人的レベルで関係する社会的リスクのエビデンス、について論じる。一部の移民およびマイノリティの民族集団において精神病が高率で出現することを説明するために、社会-発達モデルを提案する。このモデルでは、生活の中で、恐怖や敵意、暴力といった系統的な社会的リスクに強くさらされた人ほど精神病を発症しやすい、と考える。こういった分析に基づいて、社会的政策、コミュニティのイニシアチブ、精神保健サービスの改革など、様々なレベルからこの社会的・公衆衛生上の問題に挑戦しなければならない。

<要旨>
移民やマイノリティ集団において精神病の割合が高いことは、移民が増加している現在において注目に値する。社会的リスクの下にある集団は精神病を発症しやすいと仮定する社会-発達モデルに基づいて、我々はこの社会的・公衆衛生上の問題に挑戦しなければならない。

〔翻訳:増田 将人〕

 

Post‐traumatic stress disorder: a state‐of‐the‐art review of evidence and challenges
心的外傷後ストレス障害:最新のエビデンスと研究へのレビュー

<抄録>
心的外傷後ストレス障害(PTSD)はトラウマ的イベントにさらされた後に起こるおそらくもっともありふれた精神症状である。1980年のDSM-IIIに公式に導入された後、PTSDの原因、維持メカニスム、治療法に関する知識は顕著に発展してきている。しかし、この発展にも関わらず、PTSDの実際の定義はいまだに議論の余地がある。PTSDについて、心的外傷後に起こる様々な心理的現象を列挙するか、トラウマ記憶によって引き起こされる特異的な現象に集中するかで、PTSDの定義が、DSM-5とICD-11の間で異なっている。PTSDの表現型を明示する上でのこの食い違いは、バイオマーカーやトラウマストレスに対する特定のメカニズムの把握を妨げている。このレビューは最近のPTSDの定義 、有病率とリスクファクター、疾患を説明する主要なモデル、そしてエビデンスに基づく治療法の最新のアウトラインを示す。主な結論は、トラウマ・フォーカスト認知行動療法はPTSDに対する最も検証された治療法であるが、何十年にもわたって停滞しており、3分の2のPTSD患者しか適切にこの介入に反応を示さない。また、ほとんどのPTSD患者は根拠に基づく治療にたどり着かず、そしてこの状況は低~中所得の国々で悪化する一方である。PTSD患者をよりよく治療するために必要な、これらの主要な障壁を打ち破る過程を明らかにすることが、これからの課題である。

<要旨>
PTSDは1980年にDSM-IIIにおいて認定されて以降、知識が発展しているが、その定義 に関しては議論の余地がある。このレビューは最近のPTSDの定義 、有病率とリスクファクター、疾患を説明する主要なモデル、そしてエビデンスに基づく治療法の最新のアウトラインを示している。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Perspectives

Fidelity vs. flexibility in the implementation of psychotherapies: time to move on
心理療法を実施する際の忠実性と柔軟性:前進が求められる時

<要旨>
心理療法の忠実度は、「アドヒアランス(手法の遵守)やコンピテンス(遂行する技術)を含む治療が意図とした通りにおこなわれる程度」と定義づけられる。著者らは、一般的に治療の忠実度と転帰には正の相関があるとされるが、心理療法においてはその限りでなく、治療者はアドヒアランスに柔軟性を持たせながら個々の患者の特徴に合わせた治療を行うべきである、と主張している。

〔翻訳:下島 里音〕

The Five Factor Model of personality structure: an update
性格特性の5因子モデル:その最新情報

<要旨>
神経症傾向、外向性、開放性、同調性、誠実性からなる性格特性の5因子モデルが、一般的な性格構造を考える際の主要モデルであることが再認識されている。各因子が均一かつ独立な構成をなしており、病因・病理・治療により明確に結びつくモデルである。その実証的検証と臨床的有用性より、パーソナリティ障害の分類と診断はDSMやICDシステムから当モデルに切り替わりつつある。

〔翻訳:高松 直岐〕

The network approach to psychopathology: promise versus reality
精神病理学へのネットワークアプローチ:有望性と現実

<要旨>
精神疾患の動的因果関係を解明することが臨床での予防と介入方策の改善につながると考えられており、近年、臨床データを通じて諸精神症状の因果関係と相互作用の理解を目指すネットワーク研究が増えている。筆者は多数の報告があるPTSDに対するネットワーク研究を例として挙げ、既存のネットワークに関する文献からは、発症や維持、治療について未だ精神病理学的に結論づけられていないと述べている。

〔翻訳:下島 里音〕

Cognitive remediation for severe mental illness: state of the field and future directions
重度の精神疾患に対する認知機能改善療法:現状と将来の方向性

<要旨>
Cognitive Remediation Experts Working Group によれば、認知機能改善療法は「機能的成果の改善を最終目標とした、認知過程(注意,記憶,遂行機能,社会的認知,メタ認知)の改善を目的とする介入にもとづいた行動的トレーニング」と定義され、昨今の革新により、統合失調症以外の精神疾患の治療や日常機能の改善に応用されつつある。認知機能改善療法を行う上で、治療者の育成や治療行為そのものに時間がかかるものの、患者のQOLや費用効果分析の観点からは良い結果がもたらされている、と筆者は論じている。

〔翻訳:下島 里音〕

Forum – Targets and Outcomes of Psychotherapies for Mental Disorders

Targets and outcomes of psychotherapies for mental disorders: an overview
精神疾患に対する精神療法の治療目標とアウトカム

<抄録>
精神疾患とは何か、精神疾患に至る発症機序は何かについては未だ明白でないことが、精神療法の治療目標とアウトカムをどう設定するべきかという決定を困難にする。本稿では精神療法における主な治療目標とアウトカムについて説明し、それぞれに関する研究の主要な結果の概要を紹介する。これらには、症状の軽減、患者の視点からの個人的な治療目標とアウトカム、QOLの改善、治療者の理論的枠組みに応じた中間アウトカム、回避すべき負のアウトカム、および経済的アウトカムが含まれる。診断のためのDSMおよびICDシステムの普及に沿って、多くの研究は症状の軽減に焦点を当ててきた。数百ものランダム化試験を含むこの膨大な研究で、ほとんどの精神疾患に対して有効的な精神療法が存在することが示されている。更に、ほとんどの精神疾患において精神療法はQOLの改善をもたらすことができる結果を示す研究がある。他方で、患者報告アウトカム、中間アウトカム、回避すべき負のアウトカムと、経済的アウトカムに関した研究は比較的わずかしかない。患者、親族、治療者、雇用主、医療従事者および社会全体のそれぞれが、精神療法の治療目標とアウトカムについて独自の視点を持っている。研究において患者の視点は、より優先されるべきであり、複数の試験にわたるアウトカム指標の標準化の必要性は非常に高い。

<要旨>
精神療法における6種の治療目標とアウトカムについて紹介されている:症状の軽減、患者の視点からの個人的な治療目標とアウトカム、QOLの改善、治療者の理論的枠組みに応じた中間アウトカム、回避すべき負のアウトカム、経済的アウトカム。これまでは症状の軽減に研究の焦点が当てられてきたが、今後は患者の視点がより優先されるべきだと論じている。

〔翻訳:高松 直岐〕

Commentaries

Reimagining outcomes requires reimagining mental health conditions
治療のアウトカムを再考するには、精神的健康を再考する必要がある

<要旨>
本稿は同号掲載のCuijperによる精神療法の標的とアウトカムについての論文を受け、疾患分類を現在の二進法的なものから多次元的な基準へと変化させることの益を説いている。現在開発されている多次元的分類によれば、将来我々は精神的健康を脳のネットワーク、回路に落とし込んだ次元に分けて分類するようになるかもしれない。これによって、精神的健康における正常と異常の連続体と、社会機能との関連を詳らかにする、あるいは適切な精神療法を選べる可能性を示唆している。また精神療法のアウトカムの再定義も必要であり、各次元における自記式評価尺度や、新規の評価基準が現れる可能性も示唆されている。

〔翻訳:安藝 森央〕

Therapeutic change processes link and clarify targets and outcomes
精神療法の治療目標と結果をつなぎ、明確化するのは、治療による変化のプロセスである

<要旨>
筆者らは、精神療法の治療目標や結果を決める際には患者に最も重きが置かれるべきであるというCuijpersの主張に同意している。さらに、治療介入の範囲が広がることで、治療に伴う変化のプロセスが複雑化することを理解し、効果的な治療介入に結びつける必要があると主張している。

〔翻訳:澤頭 亮〕

Moderation, mediation, and moderated mediation
調整変数、媒介変数、調整された媒介変数の重要性

<要旨>
本稿では、調整変数、媒介変数、調整された媒介変数という用語を用いて、これまでの精神療法研究に不足しているものに関して、Cuijpersの論文を参照しながら述べている。調整された媒介変数を考慮した洗練された研究アプローチこそが、治療とその効果のプロセスを真に明らかにするために役立つと、うつ病における認知行動療法や抗うつ薬での治療を例にとりながら主張している。

〔翻訳:澤頭 亮〕

Building resilience through psychotherapy
精神療法を通じてレジリエンスを構築する

<要旨>
レジリエンスとは、適応し、逆境にあっても成長し、人生の困難から回復する能力のことである。精神療法の研究においてレジリエンスの構築に注目することは科学的に重要で、臨床的にも有用である。患者にレジリエンスを構築するよう支持する精神療法的介入、例えば問題解決型の精神療法や認知行動療法、対人関係療法は、うつ病等の予防や治療に効果的であることが分かっている。今後は精神療法の目標や結果を知るためにも、リスクやレジリエンスの生物学的な指標の研究が必要である。

〔翻訳:増田 将人〕

Toward a personalized approach to psychotherapy outcome and the study of therapeutic change
精神療法のアウトカムと治療的変化の研究に対する個別的なアプローチに向けて

<要旨>
本稿では、症状軽減にとどまらず治療効果の範囲を研究することの重要性、および治療に対するノンレスポンダーの割合が高いことに対する課題を論じている。筆者は今後の研究において、厳格な方法論と精神療法に対する個別化されたアプローチが組み合わされるべきであり、また、早期にノンレスポンダーを特定し、試験終了前にノンレスポンダーおよび悪化のリスクに対処するプロトコルを作成する必要があると述べている。

〔翻訳:北岡 淳子〕

Putting the psychotherapy spotlight back on the self‐reflecting actors who make it work
精神療法という舞台で自己省察する演じ手たちに再びスポットライトを当てる

<要旨>
精神療法においては治療目標や結果が重視される。しかし精神療法の実践は非常に動的なもので、患者の視点や希望は治療の過程でダイナミックに変化するのに、現代の「エビデンスに基づいた」精神療法のアプローチではこの点を強調できていない。患者にとっての最適な治療目標と結果を知るには、患者と治療者が協働して自己省察を行う関係、すなわち治療同盟が重要であり、主役である両者にスポットライトを当てる必要がある。

〔翻訳:増田 将人〕

Outcomes help map out evidence in an uncertain terrain, but they are relative
アウトカムは不確実な領域において明確なエビデンスを打ち立てる手助けとなるが、それはあくまでも相対的なものである

<要旨>
多くの精神療法の研究では、症状の改善がアウトカムとして用いられているが、それは患者本人の「体験」をもとに医療者側が評価したものであり、解釈次第では信頼性の低い結論に繋がってしまう危険性がある。しかし、様々な関係者の視点を考慮したアウトカムを用いることにより、我々医療者は治療やサポート体制に関して有効な戦略を立てられることができるため、必要不可欠な概念である。

〔翻訳:今川 弘〕

Targets and outcomes of psychological interventions: implications for guidelines and policy
精神科的介入のターゲットとアウトカムについて:ガイドラインとポリシーの密接な関係

<要旨>
Cuijperのレビューでは、精神科介入の研究において症状以外のデータが非常に少ないことが指摘され、患者が定義するアウトカム、機能に関するアウトカムについてのエビデンスが必要であると書かれている。しかし、WHOはデータの収集において、患者が定義するアウトカムをリスト化していない。患者が定義するアウトカムの効果を示すことは、外部からの観察や分析を主眼とする方法に疑いを持つ人たちに対しても、説得力をもつだろう。

〔翻訳:福島 弘之〕

The all‐encompassing perspective of the mental health care patient
メンタルヘルスケア患者の包括的な視点

<要旨>
本稿では、筆者自らが重いうつ病に苦しんだ患者の立場から、治療目標を一緒に設定し、結果を定義し、それらを定期的に評価することが、精神療法の中核であると述べている。患者としては、まず第一に症状の軽減に関心があるとしながら、最終的にQOLの向上につながるような包括的治療アプローチも望んでいると述べている。

〔翻訳:澤頭 亮〕

Research Reports

The effect of minority status and social context on the development of depression and anxiety: a longitudinal study of Puerto Rican descent youth
少数派の地位と社会背景の抑うつ・不安への影響:プエルトリコ家系の若年者を対象とした縦断研究

<抄録>
恵まれない地域における少数派の地位が精神疾患発症リスクとなり得るかどうか、そのようなリスクはどのようなメカニズムにより生じるのかについて、これまで縦断研究において触れられることはほとんどなかった。筆者らは民族的に均質な若年プエルトリコ人のサンプルを用いて、どのように少数派の地位が4種の精神的不調を引き起こすかについて調査した。
一方がプエルトリコの島で多数派として、もう一方がニューヨークのサウス・ブロンクスで少数派の一部として若年時(5~13歳)から成人早期(15~29歳)まで生育してきたプエルトリコ人のモデルを用いて、大うつ病性障害(MDD)、全般性不安障害(GAD)、抑うつ不安症状(DAS)、精神的苦痛のリスクを分析した。
ベースラインとして、2か所の地域における2491人の若年プエルトリコ人サンプルを用いた。基準評価(Wave 1)後、それぞれの若年参加者と1人の保護者は2年間の間、合計3回に分けて評価された(Wave 1~3)。2013年4月~2017年8月の期間、参加者はWave 4インタビューを受け、15~29歳の計2004人の若者が評価された(適格性を補正された回答率=82.8%)。
準実験的研究デザインを用いて、筆者らは少数派の地位のMDD、GAD、DAS、精神的苦痛への影響度を評価した。観察された関係性については、媒介分析を通して潜在的なメカニズムを調査した。(Wave 1~3の間でMDDやGADを罹患したものを除外した)1863人の若年プエルトリコ人のデータから、少数派の地位がWave 4における生涯、及び過去1年間のGADやDASの発症、過去30日間の精神的苦痛、また、調整後においてもMDD発症のリスクと関連していることを示した。幼少期の社会的支援や仲間との関係性は、異文化間紛争や地域差別、早期成人期における差別的扱いと同様に転帰の違いを示した。少数派として育った経験は、社会関係における違いや2つの社会関係の仲介役となることによる増幅されたストレスにより精神医学的リスクを高めていると考えられる。筆者らの発見は個人レベルでの介入よりも地域全体への介入が、少数派若年層における気分障害発症リスク予防に有用である可能性を示した。

<要旨>
社会における少数派の地位というものは、差別や迫害を受けやすくなり、様々な健康状態悪化のリスク要因となり得る。本稿では民族的な少数派と多数派の児童思春期世代の、抑うつ不安症状や環境要因を追跡した縦断研究により、少数派若年層のメンタルヘルス予防にどのような支援体制が有用であるかということを考察している。

〔翻訳:今川 弘〕

The efficacy and safety of nutrient supplements in the treatment of mental disorders: a meta‐review of meta‐analyses of randomized controlled trials
精神疾患の治療における栄養補助食品の有効性と安全性:ランダム化比較試験のメタ解析のメタレビュー

<抄録>
メンタルヘルスにおける栄養の役割は、徐々に認められている。
食事での摂取と併せて、栄養は多価不飽和脂肪酸(PUFAs)、ビタミン、ミネラル、抗酸化物質、アミノ酸、プロバイオティクス食品などのような「栄養補助食品」として摂取することができる。
近年において、精神疾患の治療における栄養補助食品について、多くのメタ解析が報告されている。
一流のエビデンスのあるメタレビューを作成するために、一般的で重症な精神疾患における栄養補助食品の有効性と安全性についてのランダム化比較研究の全てのメタ解析を同定し、結果を合成し評価した。
我々の系統的調査により採択された、プラセボを比較対象としたランダム化比較試験の33のメタ解析は一次解析で10,951人分のデータに相当した。
PUFAで、特にエイコサペンタエン酸について、うつ病の補助的治療として最も強いエビデンスが発見された。
PUFAはまた、統合失調症にはエビデンスが無いが、注意欠如多動性障害に対して有効かもしれないという新しいエビデンスが示唆された。
葉酸を元にした栄養補助食品は、うつ病、統合失調症への補助的治療として幅広く調査され、大うつ病性障害においては高用量のメチル葉酸のランダム化比較試験から有益な効果が得られた。
気分障害と統合失調症に有用な補助的治療としてN-アセチルシステインの新しいエビデンスが出された。
全ての栄養補助食品は良好な安全性プロフィールを有し、重篤な副作用や向精神薬との併用禁忌のエビデンスは示されなかった。
結論として、うつ病に対するエイコサペンタエン酸のように、特定の病態に対して有効性が確立されている栄養補助食品についてだけでなく、既存のエビデンスに支持されていないその他の栄養補助食品についても臨床医は把握しておくべきである。
今後の研究は、作用機序をより明らかにし、エビデンスに基づいた栄養補助食品からどういう対象が有効性を得られるかの決定を目ざすべきだ。

<要旨>
精神疾患の補助療法として栄養補助食品の有効性を調査したメタ解析のメタレビューである。うつ病に対するエイコサペンタエン酸の有効性が示された一方で、それ以外においては、エビデンスが不足していて、機序の解明のためにはさらなる調査が必要である。どの対象で有効性がみられたかを調査することで、バイオマーカーに基づいた治療に結びつくと筆者らは考えている。

〔翻訳:森本 佳奈〕

The efficacy of app‐supported smartphone interventions for mental health problems: a meta‐analysis of randomized controlled trials
スマートフォンアプリによる、メンタルヘルスの問題への介入の効果について:メタアナリシスとRCT

<抄録>
経験的に支持された精神療法の発展に向けて印象的な進歩が起こっているにもかかわらず、精神疾患を抱えたかなりの割合の人々はこれらの治療を受けられていないという現実がある。この治療ギャップを減少させる方法の発見は極めて重要である。 スマートフォンアプリによる介入は可能性のある解決方法だと考えられており、エビデンスに基づく、臨床的有用性を加味した、最新のガイダンスへのアクセスが必要である。スマートフォンアプリによるメンタルヘルスの問題への介入を行った66のRCTに対するメタアナリシスを行った。
スマートフォンアプリでの介入はコントロールと比較して、うつ症状(g=0.28, n=54)、全般性不安症状(g=0.30, n=39)、ストレスのレベル(g=0.35, n=27)、クオリティーオブライフ(g=0.35, n=43)、全体的な精神的な苦悩(g=0.40, n=12)、社交不安の症状(g=0.58, n=6)、またポジティブな情動(g=0.44, n=6)についていずれも改善し、対照群と有意差を認めた。多くの効果は、様々なありうるバイアス(対象条件のタイプ、バイアスのリスクの評価)を修正しても、安定していた。一方で、パニック症状(g=–0.05, n=3)、心的外傷後ストレス症状(g=0.18, n=4)、およびネガティブな情動(g=–0.08, n=5)については、対照群と比較して有意な利益はなかった。
CBTに基づくアプリを提供したり、専門的なガイダンスやリマインダーを提供する研究においては、様々なアウトカムにおいて、大きな効果が生み出されている。スマートフォンによる介入は、研究の数は少ないものの(n≦13)、積極的な介入(対面やコンピューターでの治療)と著明な違いはなかった。スマートフォンアプリによる一般的なメンタルヘルスの問題への介入の効果は立証されている。スマートフォンのメンタルヘルスのアプリは、専門的な治療サービスにとって代わる意図はないものの、費用対効果にすぐれ、アクセスが容易であり、強度の弱い介入であるという点で、標準的な精神科的治療を受けられない人々に、大きな可能性がある。

<要旨>
スマートフォンアプリでの介入はいくつかの一般的なメンタルヘルスの問題の解決に対して有効である。たとえば、抑うつ症状・不安症状・ストレスレベル・一般的な精神的なストレスなどに対してである。
アプリによって、費用対効果に優れた、アクセスしやすい、低強度の、第一段階としての介入が、標準的な心理学的な治療が受けられない世界中の何百万人の人々に提供できるかもしれない。

〔翻訳:福島 弘之〕

Clinical Update

The assessment and management of insomnia: an update
不眠の評価と管理:アップデート

<抄録>
不眠症は公衆衛生における大きな課題である。不眠症は、機能および生活の質の著しい障害、精神的および身体的な病的状態、および事故に関連する疾患である。そのため、臨床診療で効果的な治療が提供されることが重要である。この論文では、不眠症を評価する重要な側面と利用可能な治療の選択肢を検討する。これらの選択肢には、非薬物療法と(特に不眠症に対する認知行動療法)、様々な薬物療法(例えばベンゾジアゼピン、「Zドラッグ」、メラトニン受容体アゴニスト、選択的ヒスタミンH1アンタゴニスト、オレキシンアンタゴニスト、抗うつ薬、抗精神病薬、抗けいれん薬および非選択的抗ヒスタミン薬など)の両方が含まれる。研究のレビューによれば、最も一般的に行われている不眠症治療のいくつかにおいて、厳密な二重盲検試験、無作為化試験や比較対照試験が不足していることが示唆されている。しかしながら、上記の特徴を備えた試験で不眠症の治療効果があることが実証されており、リスク/ベネフィットのデータが十分に評価されている多数の介入試験が存在する。これらの介入試験は、臨床診療における体系的なエビデンスに基づいた不眠症治療の基礎となる。多くの不眠症患者の臨床管理を改善するための資料を提供するために、エビデンスの基礎をレビューし、さらに多くの研究が必要な分野に焦点をあてる。

<要旨>
本稿では、不眠症の評価と治療選択に関して検討がなされている。治療に関しては、非薬物療法と薬物療法の両者に対して、臨床試験の結果を用いながら臨床での活用法について論じている。また、これまでの研究において不十分である点を挙げ、今後必要とされる研究課題を列挙している。

〔翻訳:北岡 淳子〕

Insights

The crossroads of psychiatric epigenomics
精神遺伝学の岐路

<要旨>
エピジェネティクスは精神医学研究において最も注目されている分野の一つとなっている。本稿ではエピジェネティクス研究の現状や今後の課題、展望に関して説明している。

〔翻訳:今川 弘〕

What is treatment resistance in psychiatry? A “difficult to treat” concept
精神医学における治療抵抗性とは何か?「治療するのが難しい」という概念

<要旨>
「治療抵抗性」の定義は、非常に限定的で、対象とする精神疾患によって基準が異なる。何より「治療抵抗性」という言葉は患者への共感を欠き、寛解や治癒を前提としているが、そもそも全ての患者が治癒するとは限らない。その意味で「治療するのが難しい」という表現の方が、再発や慢性的な経過をたどる精神疾患をよりよく表現するし、個人の意味ある人生を確立するリカバリーの概念とも合うので望ましい。

〔翻訳:増田 将人〕

Factors facilitating or preventing compulsory admission in psychiatry
精神医学における強制入院を促進または防止する要因

<要旨>
大多数の精神保健の専門家は、法律で規定された条件が存在する場合、精神障害を持つ人々の強制入院に対して肯定的な態度をとるが、世界的に強制入院の発生状況が大きく異なっていることはほとんど認識されていない。
この論文では、強制入院の閾値に影響を与える要因を、マクロレベル、メソレベル・ミクロレベルの3つのレベルに分類し、論じているが、これらの要因に関する文献は、経験的な知見に基づくというよりも推論的なものであり、解釈が難しく、さらに、様々な要因を明らかにするのに大変有効であるが、異文化間研究はほとんどなされていない。そのため、この分野でのさらなる研究が必要とされることは明白である。

〔翻訳:北岡 淳子〕

Systematic inclusion of culture‐related information in ICD‐11
ICD-11における文化関連情報の系統的包含

<要旨>
精神疾患は文化、社会的環境、家族的側面によって影響を受けるが、ICD-10では文化によって異なる背景を考慮した工夫が系統的に組み込まれていなかった。ICD-11はglobal applicabilityを重要視し、実用的かつ実施可能な指針を目指すと共にその利用に際して臨床判断におけるバイアスの軽減に注力した。作成において中低所得国から委員を相当に含めたことや、ICD-11の臨床記述と診断ガイドライン(CDDG)のデザインそのものの柔軟性も、より文化的背景を考慮した臨床判断の余地を与えることを可能とした。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Letters to the Editor

Transdiagnostic psychiatry: premature closure on a crucial pathway to clinical utility for psychiatric diagnosis
診断横断的精神医学:精神医学的診断への臨床的有用性の重要な経路が時期尚早にも閉ざされた

<要旨>
McGorry、Nelsonらは精神医学的診断が危機に瀕していて、臨床的有用性を伴った新しい方法を模索する必要性を訴えている 一方で、昨今の診断横断的精神医学の研究の困難さを紹介している。診断横断的精神医学は様々なタイプが示されることで、病気の発症とその経過の過程がもっと単純に、診断しやすく、分かりやすくなるような挑戦への熱意がそがれる危険性もあると警鐘している。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Transdiagnostic psychiatry goes above and beyond classification
診断横断的精神医学は分類を超越した

<要旨>
昨今の分類法への批判は、次元法といった、新しい分類法への置換が主な目的であったが、診断横断的精神医学のアプローチは他と異なっており、普遍的な精神病理学の法則の特定、利用、分析 を目的としている。診断横断的精神医学はとてもよく考えられている一方で、その変革の可能性を理解するに は適切な科学的手法を適応することが求められる。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

TRANSD recommendations: improving transdiagnostic research in psychiatry
TRANSDの薦め:精神科における診断横断的研究の向上を目指して

<要旨>
筆者は精神科の診断横断的研究のシステマティックレビューを行い、その必要性は認めるものの、臨床に与える影響はいささかわかりづらいものになっていると述べている。いくつかの研究を例示する一方で、TRNSDの頭文字からなる6つの推奨事項を示し、次世代の診断横断的研究の向上に役立ててほしい と述べている。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Mental illness among relatives of successful academics: implications for psychopathology‐creativity research
成功した研究者の親戚内における精神疾患:精神病理と創造性の研究に対する影響

<要旨>
創造性と精神病理の関係は以前から研究のテーマになっていたが、本研究ではデンマークの3つの大学の科学者と、同国の一般市民を比較した。科学者と市民で当人同士を比較すると、研究者本人が精神疾患になるリスクは対照群と比較していかなる精神疾患でも低かったが、親戚を比較すると、統合失調症や双極性障害のリスクは、研究者の親戚の一部で著明に高かった。これは、創造力のある研究者がもつ、表に現れない脆弱性が影響したものと推測される。

〔翻訳:福島 弘之〕

Embodiment and the Other's look in feeding and eating disorders
食行動障害または摂食障害における身体性と他者の視点

<要旨>
食行動障害または摂食障害(FEDs)は、主に行動異常に基づいて定義されているが、外見や体重に関する異常な不安などによるもっと根本的な精神病理学的な中核による二次的な現象であると一般的に捉えられている。筆者は他者の視点が自己意識とアイデンティティに対する脅威となり、自分自身の外見に還元されると述べている。通常下では、自分の体に対する全般的な認識と他者の視点との間での弁証法の結論として、自身の身体を捉えているが、FEDsを持つ人では、その均衡が崩れ、自分の体を主に他者が見ている物体として経験し、不連続で切り離されたものに感じられている。

〔翻訳:北岡 淳子〕

iSupport: a WHO global online intervention for informal caregivers of people with dementia
iSupport:WHOの行う、認知症を持った人々に対して無報酬で介護を行う介護者(informal caregiver)に対しての、グローバルなオンラインでの介入 

<要旨>
世界には4700万人の認知症患者が存在し、2050年には1億3200万人に増加すると予測されているが、その60%近くは低・中所得国に居住している。対面による介護スキルのトレーニングプログラムは認知症患者の介護者にとって有意義だが、低・中所得国ではその継続的な提供は困難である。iSupportは認知行動療法などに基づいたプログラムで構成されており、ストレスや心配があったり、軽度から中等度の精神的な問題を有したりしている介護者のために作られたもので、日本を含むいくつかの国ではすでに採用されている。

〔翻訳:福島 弘之〕

Evocative gene‐environment correlation between genetic risk for schizophrenia and bullying victimization
統合失調症の遺伝学的リスクといじめ被害で生じる深刻な遺伝環境相互作用

<要旨>
いじめ被害は精神病性障害のリスク因子として以前より知られている。本稿では児童期のいじめ被害と統合失調症の遺伝的罹病性指標(ポリジェニックリスクスコア)との関連性と、いじめ被害の遺伝的リスク効果への影響に関して、コホート研究データを用いて分析した。その結果として、統合失調症の遺伝的罹病性は深刻ないじめ被害に遭うリスクを高め、また、いじめ被害が遺伝的リスク効果をより強めるという遺伝環境相互作用を持つことが示された。この結果を元に筆者らは、メンタルヘルスにおけるいじめ対策の重要性を訴えている。

〔翻訳:今川 弘〕

WPA News

Psychiatry, human rights and social development: progress on the WPA Action Plan 2017‐2020
精神医学と人権と社会的発展:2017年から2020年の世界精神医学会の行動計画の進展

<要旨>
2017年から2020年の世界精神医学会の行動計画の中で人権と社会的発展は中心にある。強制医療に対して最も脆弱である患者層および家族たちが恩恵を受けられるよう、肯定的な変化を引き起こすような働きかけを目標としている。そのためにリーダーシップをとり、医療者と患者のネットワークを構築し、人権とメンタルヘルスについて学習する教材を発展させる段階が必要であり、様々な国や市民社会の意見を取り入れる重要性が強調されている。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Evidence and perspectives in eating disorders: a paradigm for a multidisciplinary approach
摂食障害におけるエビデンスと展望:多職種連携による取り組みの規範

<要旨>
摂食障害は不安障害やうつ病をしばしば併発し、身体合併症も多く、とりわけ神経性食欲不振症は全精神疾患の中で死亡率が最も高い。治療的介入により半数以上は回復を図ることが期待され、早期介入がより良好な転帰につながるエビデンスがある中、現状は各種専門機関へのアクセスは至って不十分である。身体的・栄養学的・心理的・精神的介入が推奨される中で、精神科医が、総合・救急・精神医療および専門家の支援をつなぐ役割を果たすべきであることが強調されている。

〔翻訳:高松 直岐〕

The role of the evolutionary approach in psychiatry
精神医学における進化的アプローチの役割

<要旨>
2011年にWPAに設立された進化精神医学のセクションは、精神医学の理論と実践に対する進化生物学の重要性に対する認識を高め、進化の観点から見れば有意義に理解できる精神医学領域への研究を奨励することを目的としている。進化精神医学は、現在主流となっている精神医学的概念を置き換えるのではなく、補完し、増強することを目的として、進化的視点を精神医学的思考に統合することを目指すアプローチである。

〔翻訳:澤頭 亮〕

The ICD‐11 has been adopted by the World Health Assembly
WHO世界保健総会においてICD-11が採択された

<要旨>
国際疾病分類第11版(ICD-11)が2019年5月に第72回WHAで採択され、2022年1月に発効する。本稿では、「精神および行動の障害」の章とは別に「睡眠・覚醒障害」と「性保健健康関連の病態」の章が追加されること、世界精神医学会(WPA)や世界155か国15,000人の精神科医がICD-11の作成に貢献しておりインターネットベースの現地調査結果ではICD-10よりも精神疾患群における診断一致率や評価者間の信頼性の向上を認めたこと、について言及されている。

〔翻訳:下島 里音〕

翻訳協力者一覧

【監訳】
秋山 剛    NTT東日本関東病院

【翻訳】
認定NPO法人 日本若手精神科医の会(JYPO)会員 http://jypo.or.jp/
高松 直岐        多摩あおば病院
森本 佳奈        京都市児童福祉センター
河岸 嶺将        千葉県精神科医療センター
今川 弘         東邦大学医療センター大森病院 精神神経医学講座
安藝 森央      公立豊岡病院
増田 将人      福岡大学医学部精神医学教室
下島 里音      新潟大学医歯学総合病院 総合臨床研修センター
澤頭 亮       北海道大学医学部神経生理学教室
北岡 淳子      大阪精神医療センター
福島 弘之      醍醐病院

このページの先頭へ