公益社団法人 日本精神神経学会

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学会活動|Activities

Volume 18, Number 1, February 2019

更新日時:2019年6月14日

Editorials

Saving the UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities – from itself
国連障害者権利条約を、それ自体から守る

<要旨>
障害者権利条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities:CRPD)は国際的な問題となっている。障害者に希望をもたらす一方、障害者の利益と権利を守るために政府が介入できるという第12条の制限を推し進めることは障害者にとって不利益ともなりうる。本稿ではこの問題に対し、CRPDを無視する、再解釈する、修正するという3つの観点から論じている。

〔翻訳:入來 晃久〕

Special Articles

Innovations and changes in the ICD‐11 classification of mental, behavioural and neurodevelopmental disorders
ICD-11での精神・行動・神経発達障害の分類における革新と変更

<抄録>
2019年5月のWorld Health Assembly(世界保健総会)でICD-11が承認されれば、WHO加盟国はICD-10からICD-11への移行を開始し、2022年1月から新システムに基づいた健康統計報告が始まるだろう。ICD-11の承認後、WHOのメンタルヘルスと物質乱用を管轄する部署では、ICD-11における精神・行動・神経発達障害に関するCDDG(Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines:臨床記述と診断ガイドライン)を発行する予定である。10年以上にわたるICD-11 CDDG の開発過程では、臨床における有用性とグローバルな適用可能性の原則に基づき、これまでに施行された精神疾患分類の中でも最も国際的、多言語的、多職種的かつ参加型のプロセスで改訂が行われてきた。ICD-11における革新は、それぞれの疾患に対する一貫性と系統性のある情報、年齢層を通したアプローチ、文化的背景に沿ったガイダンスなどである。現在のエビデンスに則した、よりリカバリーを重視したアプローチに準拠し、人為的な併存疾患を排除し、時代の変化をより効果的に捉えるための多元的なアプローチが、特にパーソナリティ障害や初期の精神病性障害の分類において取り入れられている。本稿では、ICD-10と比べ大きく変化したICD-11の精神疾患分類の構造と、メンタルヘルス領域に関連したICD-11の2つの新しい章の開発について述べる。また、ICD-11に加えられた一連の新たなカテゴリーを示し、それらの内容に関する理論的な解釈を示す。最後に、ICD-11のそれぞれの疾患グループにおける重要な変更について述べる。本稿の情報は、臨床家と研究者の双方にICD-11に関するオリエンテーションを提供し、それぞれの専門領域でICD-11が有益に活用されることを目的としている。

<要旨>
2019年5月のWorld Health Assembly(世界保健総会)でICD-11が承認された後、WHO加盟国は2022年1月からICD-11による統計報告を開始するため、ICD-10からICD-11への移行を始める予定である。
本稿では移行に関する主な変更点の優位性について解説している。また、結論部として、ICD-11が真価を発揮するためには様々な国々、多様な職種との連携が不可欠である強調している。
 

〔翻訳:今川 弘〕

Internet‐delivered psychological treatments: from innovation to implementation
インターネットによる心理療法:革新から施行へ

<抄録>
インターネットによる介入、特にインターネットによる認知行動療法(Internet‐delivered cognitive behaviour therapy :ICBT)が登場して20年間以上が経過した。
我々はICBTを革新の媒体とみなし、治療アプローチと土台となるエビデンスをレビューする。
ICBTはいくつかの精神的および身体的状態について開発および試行がなされており、直接比較研究では不安障害やうつ病においてセラピストによるICBTが治療待機患者群よりも効果的であり、対面でのCBTと同等に効果的な傾向にあることが示唆されている。
ICBTで起こりうる有害事象に関する研究のレビューによれば、ごく少数の人々が有害事象を経験しているが、悪化する割合は対面での治療で報告されているものと同等であり、コントロール群よりも低い。
我々はさらに変化のメカニズムについての研究もレビューした。結論とし、変化を起こす、一貫したモデレーターやメディエーターは確認されていない。
知識の習得にフォーカスした最近の傾向を考慮し、ICBTを実行することの可能性と障壁について議論されている。
後者には、対面治療の補助(すなわち混合治療)として現代の情報テクノロジーを使用するときほど、ICBTに対する態度が前向きではないかもしれないことを示唆する知見が含まれている。
最後に、テクノロジーと機械学習、混合治療、マイノリティや非西欧諸国への治療の適応、(インターネットによる力動的精神療法とアクセプタンス&コミットメント・セラピーのような対人関係療法を含む)ICBT以外の治療的アプローチ、新たな規制、および失敗例を報告することの重要性など、今後の方向性について考察する。

<要旨>
本稿ではインターネットによる心理療法、特にインターネットによる認知行動療法(Internet‐delivered cognitive behaviour therapy :ICBT)を媒体として、有効性、有害事象、変化をもたらすメカニズムをレビューし、インターネットによる心理療法の今後の方向性について論じている。

〔翻訳:入來 晃久〕

Perspectives

Personal growth in psychosis
精神病を通した個人の成長

<要旨>
精神病における心的外傷後成長(post-traumatic growth)とは、痛みを伴う闘争から個人が意味を見出し、自分の経験と照らし合わせ、アイデンティティや人生における目的の再調整を通して、回復を助けるプロセスを言う。筆者はこのプロセスの有用性を強調し、臨床評価における活用や臨床場面でのプロセスへのサポートが重要であると訴えている。また、プロセスの促進には従来の洞察・解釈ベースの臨床モデルとは異なる、the International Hearing Voices Movement (HVM)のようなピア・サポート・ネットワークの活用が必要となる可能性を指摘している。

〔翻訳:今川 弘〕

Assessment and determinants of patient satisfaction with mental health care
メンタルヘルスケアに対する患者満足度の評価と決定要因

<要旨>
患者満足度はメンタルヘルスケアにおける重要な指標である。患者満足度を評価する定量的尺度にどのようなものがあるか、そして、その結果を評価する際には年齢や病状等どのような潜在的な交絡因子を考慮すべきか、について述べられている。目的に応じた評価を行う必要性も論じられており、定量的尺度に比したオープンクエスチョンの優位性や、直接的かつオープンなコミュニケーションが最も重要であることが最後に述べられている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Community alternatives to inpatient admissions in psychiatry
地域における精神科入院の代替手段

<要旨>
精神科入院を回避するための地域における危機介入は入院と比較すると安価で、脱施設化を維持する役割も果たす等、有望な点が多い。一方でその在り方について一致した見解は得られておらず、急性期医療システムに地域における危機介入が完全に取り入れられている国も限られている。本稿では入院の代替手段としての地域における危機介入の4つの課題が紹介されている。

〔翻訳:高松 直岐〕

Drop‐outs in psychotherapy: a change of perspective
精神療法における治療中断:異なる視点からの再考

<要旨>
精神療法の種別に関係なく2割程度が途中で治療を中断することが示されていて、この問題に取り組むための治療戦略がいくつか紹介されている。治療中断は否定的な側面がある一方で、治療の有効性や限界について見直す機会でもある。従って、治療中断例を貴重な情報源として捉える視点の変化が主張されている。

〔翻訳:高松 直岐〕

Forum – Quantitative Classification of Mental Disorder: Progress and Challenges

“Capacity”, “best interests”, “will and preferences” and the UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities
「能力」、「最善の利益」、「意思と選好」と、国連障害者権利条約委員会

<抄録>
国連障害者権利条約は障害を持つ人々の権利を考慮した最新の国際的な法的手段である。重症な精神疾患を持つ人々も対象とされている。重要な条項(第十二条 法律の前にひとしく認められる権利)の国連障害者権利条約委員会による権威的な解釈によると、精神疾患を持つ人々に対する強制収容や治療は条約の下で禁止される。従来の精神保健法と「能力に基づいた」法律は条約を侵すと見なされる。しかしながら、いくつかの国連機関(例えば、国連人権委員会や、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰の防止に関する小委員会)は、この見解に全面的には合意しておらず、人権委員会なども明白な絶対的立場を取っていない。さらには、障害者権利条約委員会の立脚点に対して多くの学術機関からの強い批判が高まっている。これらの批判は、いかなる状況でも、個人の決断能力の役割が無視されうるかどうかが中心となっている。上記の議論の多くは「法的能力」の概念と、障害者の「意思と選好」をいつも尊重しなければならないという繰り返し言われている勧告に帰着する。しかしながら、「意思と選好」は定義されていないままである。この論文では、国連条約の条件下で受容されるかどうか分からないながらも、筆者自身の解釈を提示し、「意思と選好」についての分析を行なっている。

<要旨>
国連障害者権利条約(CRPD)は障害を持つ人々の権利を考慮した最新の国際的な法的文書である。これは重症な精神疾患を持つ人々も対象としている。CRPD委員会による重要な条項(第十二条 法律の前にひとしく認められる権利)の権威的な解釈においては、精神疾患を持つ人々に対する強制収容や治療は条約の下では禁止されている。従来の精神保健法と「能力に基づいた」法律は条約を違反すると見なされている。しかし、この解釈に対する不同意、批判という動きも見られている。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Commentaries

Mental health and human rights in the 21st century
21世紀のメンタルヘルスと人権

<要旨>
メンタルヘルスにおける「強制的な精神科治療介入は人権侵害に当たるか」という命題に関して世界中で議論が行われている。筆者は個人の尊厳や自主性を尊重した代替的な方法を用いることで、従来の強制的治療介入の減少につながり、より人権に配慮したメンタルヘルスシステムを構築できるのではないかと主張している。その目的のためには、現在、生物医学研究に用いられている資金を、社会的かつ臨床的かつ地域的な研究にシフトさせ、精神医学と公衆衛生や社会科学との連携を強化することが必要であると述べている。

〔翻訳:今川 弘〕

Practical strategies to end coercive practices in mental health services
精神科医療における強制医療の廃止に向けての実用的な戦略

<要旨>
強制医療を判断する上で自己判断能力の有無が決定的要因であると主張するG.Szmuklerに対して著者らは反対意見を述べている。強制入院や身体拘束・隔離の例外的使用を規定する法律はその厳格な基準や制限にも関わらず機能していないことを指摘し、障害者権利条約(CRPD)の立場を基に強制医療に終止符を打つべきであると主張している。

〔翻訳:高松 直岐〕

The UN Committee's interpretation of “will and preferences” can violate human rights
国連委員会の意思と選好の解釈は人権を侵害し得る

<要旨>
国際連合(UN)の障害者の権利に関する条約(CRPD)実行委員会の議論において、意思は深い信念を反映するものである一方、 選好は表層的で変わりやすいものとされ、事前に示された意思は、後に表明された選好よりも優先されると解釈される。著者は法と臨床は相容れないとし、この解釈に異を唱え、議論を展開している。具体的には、臨床例において委員会の解釈により患者が死ぬ可能性を示し、健康である権利や生きる権利が侵害されるとし、また、ドイツ憲法裁判所では意思に反するとしても国に保護の義務があると決定したこと等を紹介している。

〔翻訳:中神 由香子〕

The CRPD Article 12, the limits of reductionist approaches to complex issues and the necessary search for compromise
障害者権利条約第12条、複雑な問題に対する還元主義的アプローチの限界と妥協のために探求すべきこと

<要旨>
国連の障害者権利条約は、コミュニティベースの人権志向型精神保健法の策定を促すかのように思えたが、締結国の多くが、条約の内容には概ね賛成したものの、代理意思決定に関しては、反対意見を示した。というのも、国連側は、障害者権利条約第12条(第4項)のはらむ曖昧さに対していかなる形の代理意思決定も、条約の法的能力の保証に違反するという急進的で還元主義的な立場をとったからである。筆者らは、こうした背景を踏まえた上で、各国でより良い精神保健法を策定するために必要な事項を列挙し、論じている。

〔翻訳:澤頭 亮〕

The UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities: great opportunities and dangerous interpretations
国連の障害者の権利に関する条約: 大いなる機会と危険な解釈

<要旨>
国連の障害者の権利に関する条約(The UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities)は解釈によっては、精神障害者の法的能力・意思・選好の点において、重大な不利益を及ぼしうる問題点をSzmuklerが指摘している。筆者はSzmuklerの論文内容を紹介し、最後に①意思決定能力の有無は診断のみで為されるべきでない、②事前指示の手順は、適切な検証の後に確定し、精神保健法に含めるべきである、③患者の意思決定のプロセスにおいて、治療同盟を築き患者をサポートしようとする試みは、詳細に患者の臨床記録に記載されるべきである、と結論づけている。

〔翻訳:今川 弘〕

Will and preferences in the overall CRPD project
障害者権利条約(CRPD)プロジェクト全体における意思及び選好について

<要旨>
本稿では、障害者権利条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities :CRPD)全体とその目的をふまえ、Szmuklerの論文・分析の3つの意義を挙げている。1つ目は支援か最善の利益の意思決定かという行為能力に関する議論が問題の全体的な把握と別個に行われていること、2つ目には困難事例は別として、Szmuklerの立場とCRPD委員会の立場に類似性があること、3つ目は障害者の意思と選好を誰がサポートすべきかについてである。

〔翻訳:入來 晃久〕

The rejection of capacity assessments in favor of respect for will and preferences: the radical promise of the UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities
意思及び選好の尊重と能力評価に対する拒絶:障害者の権利に関する国連条約の過激な展望

<要旨>
著者であるEilionóir Flynnは、「障害者の精神的能力の機能的評価は意思決定能力の決定を可能にし、意志や選好の不協和の解消に用いられるべきである」というSzmuklerの主張 (Szmukler G. World Psychiatry 2019;18;34-41) に異を唱えている。
本論文は国連の障害者権利条約を踏まえつつ、①精神的な能力を機能的に評価することの間接的差別性、②事前決定におけるジレンマ、③個人の選好が意思と対立するように思われる状況下での人権に準拠した対応の必要性、の3つをSzmuklerの主張の核心的問題点として挙げ、「精神的な能力の機能的評価を用いることで、個人が表明する意思や選好と個人の意志や選好に関する第三者による解釈のどちらが優先されるべきかを判断することはできない」と結論している。

〔翻訳:下島 里音〕

The UN Convention: a service user perspective
国連条約:サービス利用者の視点

<要旨>
国際連合(UN)の障害者の権利に関する条約(CRPD)における、第十二条(法律の前にひとしく認められる権利)と第十四条(身体の自由及び安全)、そして、それらと強制入院・強制治療の関係、に対して議論が白熱している。本著では、強制入院の経験者や筆者の体験が紹介され、利用者の尊厳が損なわれ、また、利用者の声が無視されている現状と、現状を環境から改善する必要性が述べられている。加えて、後半では、精神障害の有無に関わらず、意思決定能力に応じて、人権や罪状が決められるべきだという議論が展開されている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Research Reports

The impact of pharmacological and non‐pharmacological interventions to improve physical health outcomes in people with schizophrenia: a meta‐review of meta‐analyses of randomized controlled trials
統合失調症患者における身体的健康上のアウトカムを向上させる薬理学的および非薬理学的介入の影響:ランダム化比較試験のメタアナリシスのメタレビュー

<抄録>
我々は統合失調症スペクトラム障害の患者において身体的健康上のアウトカムを標的とする薬理学的および非薬理学的介入についてのメタアナリシスの比較や結果をまとめた。2018年6月1日までの日付で主要なデータベースが検索された。総ヒット件数3709件のうち、128個のメタ解析された試験と47231人の研究参加者が含まれる、計27個のメタアナリシスが選択された。メタアナリシスは概ね適切ないしは高い質が認められた一方で、メタ解析された研究はそれよりも劣っていた。減量に対する最も有効な介入は個々の生活習慣指導(標準化平均差、SMD=–0.98)並びに運動介入(SMD=–0.96)で、次いで心理教育(SMD=–0.77)、アリピプラゾール増強療法(SMD=–0.73)、トピラマート(SMD=–0.72)、d-フェンフルラミン(SMD=–0.54)およびメトホルミン((SMD=–0.53)であった。腹囲の減少に関してはアリピプラゾール増強療法(SMD=–1.10)およびトピラマート(SMD=–0.69)が最善のエビデンスを示し、次いで食事介入であった(SMD=–0.39)。有意に拡張期血圧を改善させたのは食事介入(SMD=–0.39)のみであった。血糖降下に対して最も有効性を示したのはオランザピンをクエチアピンないしはアリピプラゾールへの置換(SMD=–0.71)とメトホルミン(SMD=–0.65)であり、次いでグルカゴン様ペプチド-1受容体アゴニスト(SMD=–0.39)、食事介入(SMD=–0.37)およびアリピプラゾール増強療法(SMD=–0.34)であった。インスリン抵抗性の改善はメトホルミン(SMD=–0.75)およびロシグリタゾン(SMD=–0.44)で最もよく示された。トピラマートは中性脂肪(SMD=–0.68)および低比重リポタンパク質(LDL)コレステロール(SMD=–0.80)に最も有効性を示し、他方でメトホルミンは総コレステロール(SMD=–0.51)および高比重リポタンパク質(HDL)コレステロール(SMD=0.45)に対して最大の有効性を示した。生活習慣指導は中性脂肪、総コレステロール並びにLDLコレステロールに対してわずかな効果(SMD=–0.35から–0.37)が得られ、運動介入のみが運動耐容能を増加させた(SMD=1.81)。これらの身体的健康リスクの増加による頻繁な身体合併症および若年死亡率にもかかわらず、統合失調症患者においてこれらのリスクを予防並びに治療するための薬理学的および非薬理学的介入に関する既存のエビデンスは依然として限られており、より大規模な試験が急務である。

<要旨>
統合失調症患者において身体的健康上のアウトカムを標的とする薬理学的および非薬理学的介入についてのメタアナリシスの結果がまとめられている。身体的健康リスクの増加による身体合併症および若年死亡率にもかかわらず、統合失調症患者においてこれらのリスクを予防・治療するための介入のエビデンスは限られており、より大規模な試験が急務である。

〔翻訳:高松 直岐〕

Transdiagnostic dimensions of psychosis in the Bipolar‐Schizophrenia Network on Intermediate Phenotypes (B‐SNIP)
B-SNIPにおける精神病の診断横断的なディメンジョン

<抄録>
独立した存在としての非情動精神病と情動精神病という分類の妥当性はこれまでに議論されてきているが、精神病症候群を定義する代替の方法が必要であるが、精神病の診断横断的な表現型を特定するための実証研究はまだ不十分である。そこで、我々は、統合失調症、統合失調感情障害、精神病を伴うⅠ型双極性障害にまたがってみられる、一般的あるいは特異的な精神病の症状ディメンジョンの妥当性と有用性を調べることを目的とした。多施設統合失調症と双極性障害の中間表現型(Bipolar-Schizophrenia Network on Intermediate Phenotypes: B-SNIP)コンソーシアムで、陽性・陰性症状評価尺度、ヤング躁病評価尺度、モントゴメリー/ アスベルグうつ病評価尺度による症状評価に基づいた、多次元的な項目応答モデリングが施行された。コンソーシアムには、統合失調症(N=397)、統合失調感情障害(N=224)、精神病を伴うⅠ型双極性障害(N=312)の計933人の患者が含まれていた。その結果、一般的な症状ディメンジョン、非情動精神病あるいは情動精神病という2つの区別されるディメンジョン、陽性症状、陰性症状、解体症状、躁症状、鬱症状という特異的な5つの症状ディメンジョンから成る双因子モデルが、統計的に最もよく適合した。また、B-SNIPの精神病の遺伝子型をより正確に予測する上で、症状ディメンジョンの方が、カテゴリカルなDSM診断よりも、有用であるというさらなるエビデンスが得られた。
それによると、一般的な症状、陽性症状、陰性症状、解体症状のディメンジョンスコアは、白人の患者と比べてアフリカ系アメリカ人の患者の方が高かった。さらに症状ディメンジョンによって、患者はカテゴリカルなDSM診断に正確に分類されることがわかった。本研究は、精神病に対する診断横断的な症状ディメンションの妥当性と有用性に関するエビデンスを与えており、これは精神病がもつ従来の診断の境界を超えるものである。これらの知見は、ディメンジョナルな精神病理学的表現型と、精神病理学の基礎的な神経生物学的ディメンジョンの橋渡し研究に、さらなる有望な道を示している。

<要旨>
本稿では、多施設B-SNIPコンソーシアムのデータを用いて、統合失調症、統合失調感情障害、精神病を伴うⅠ型双極性障害にまたがってみられる、情動精神病と非情動精神病の診断横断的なディメンジョンの有用性と妥当性を検証した。その結果、診断横断的なディメンジョンの妥当性と、B-SNIPの遺伝子型を予測する上での有用性などが明らかとなり、今後、精神病理学分野での精神病の表現型と遺伝子型の関係を明らかにできる有望な可能性が述べられている。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Estimating the risk of PTSD in recent trauma survivors: results of the International Consortium to Predict PTSD (ICPP)
最近心的外傷を経験した者についてのPTSDのリスクの評価:PTSDを予測する国際共同体(ICPP)の結果

<抄録>
時機に適った心的外傷後ストレス障害(PTSD)のリスクの決定は効果的なサービスの提供と予防に欠くことができない。我々は初期に得られる予測因子から個別のPTSDの可能性を計算することができるリスク計算ツールを開発した。PTSDを予測する国際共同体(ICPP: International Consortium to Predict PTSD)のメンバーは6ヶ国の早期ケアセンターで診察を受けた心的外傷を経験した市民についての10の縦断的研究から個別の参加者の項目ごとのデータを共有した。該当の参加者(N=2,473)はトラウマ被害から60日以内に初期臨床的評価を受け、少なくとも4-15ヶ月後に一度事後評価を受けた。DSM-Ⅳに基づくPTSD臨床診断面接尺度(CAPS)で各診察時にPTSDの症状の重症度と診断状況を評価した。参加者の教育、それより前のトラウマ被害の経験、婚姻の状況、社会的および経済的地位が評価され、統合された。この研究の主要なアウトカムは早期予測因子に基づく事後評価時のPTSDの可能性である。事後評価時のPTSDの有病率は11.8%(男性9.2%,女性16.4%)であった。予測因子から作成された(はじめのCAPS合計得点である)早期PTSD症状の重症度を用いたロジスティクモデルは事後評価時のPTSDを驚くほど正確に予測することができた。(予測された結果と、実際の発生率の適合度:r=0.976)。女性被害者、低学歴、以前の対人での心的外傷経験者の説明変数をこのモデルに加えるとPTSDの起こりやすさを、適合度が同等でありながら、より高く識別できた(予測された結果と、実際の発生率の適合度:r=0.941)。現在のモデルは他のトラウマ的な環境に適応させることができ、ICPPに確認されていないリスクファクター(例えば生物学的、社会的リスクファクター)を見積もることができるだろう。一般的な医療の臨床で用いられる際には、危険性を予測するモデルは精神科で臨床的選択を行う際に根拠になりうる。個別のPTSDリスクを定量することはPTSDの系統的予防への第一歩になると期待されている。

<要旨>
著者らは初期に得られる予測因子から個別のPTSDの可能性を計算することができるリスク計算ツールを開発した。個別のPTSDリスクを定量することはPTSDの系統的予防への第一歩になると期待されている。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Reappraisal

The evidence‐based group‐level symptom‐reduction model as the organizing principle for mental health care: time for change?
メンタルヘルスケアを体系化する指針としての、科学的根拠に基づく集団レベルの症状軽減モデル:変化の時?

<抄録>
メンタルヘルスケアの内容と構成は、次のような見解に強く影響を受けている。精神的困難は診断可能な疾患へと至り、それは集団レベルでの症状軽減の科学的根拠に基づく臨床ガイドライン (EBPガイドライン) を適用する専門開業医によって治療されうる、といった見解である。しかしながら、EBP症状軽減モデルは問題に迫られている。モデルは患者が必要とするものから乖離しており、精神的困難に症候群の枠を超えた特性があるという根拠を無視しており、ケアの関係性や儀式的な要素と比較して治療の技術的側面の貢献度を過大評価しており、そしてEBPの集団から個人への一般化可能性が欠如していることを過小評価している可能性がある。精神疾患は滅多に「治る」ものではなく、脆弱性と捉えることがより適切である、という認識が広がりつつある。社会的かつ実在する領域における回復を強化するために、時間をかけたプロセスを経て精神的脆弱性を抱えて生きる方法を学ぶ時、健康に関する重要な収穫を得ることができるはずである。本稿では、上記の要因を考慮した場合のメンタルヘルスサービスがどのようなものかについて考察する。21世紀のメンタルヘルスサービスは、限られた数の地域の施設によって補完された、精神的脆弱性を抱えて生きる方法を学ぶ中でつながりを強くしたり回復力を高めたりするための小規模のヒーリングコミュニティと想定される。リカバリーカレッジレベルで組織化されたピアサポートは、コミュニティの支柱を形成するかもしれない。治療は症候群の枠を超えた症状軽減を目的とすべきであり、また経験に基づく治療と社会参加の高次プロセスを提供するよう調整されるべきである。そして、協働し、個人個人の研究に取り組み、治療上の人間関係に基づいた効果や、儀式化されたケアでの交流による治療効果を最大化させるように訓練を受けた専門家によって運用されるべきである。最後に、様々な情報、ピアや市民によるサポート、また使用者が評価する自己管理ツールを提供するe-コミュニティからなる公的メンタルヘルスシステムとの統合を進めることが、精神障害の高い罹患率と、それに比して少ないメンタルヘルスサービス提供との間の溝を埋める助けになるのかもしれない。

<要旨>
本稿では、集団レベルでの症状軽減の科学的根拠に基づく臨床ガイドライン (EBPガイドライン)は、患者が必要とするものから乖離しており、精神的困難には症候群の枠を超えた特性があるという根拠を無視しており、ケアの関係的で儀式的な要素と比較して治療の技術的側面の貢献度を過小評価しており、そしてEBPの集団から個人への一般化可能性が欠如していることを過小評価している、といった問題を抱えている可能性があることが論じられている。
著者は、様々な情報、ピアや市民によるサポート、また使用者が評価する自己管理ツールを提供するe-コミュニティからなる公的メンタルヘルスシステムとの統合を進めることによって、精神障害の高い罹患率と、それに比して少ないメンタルヘルスサービス提供量との溝を埋める助けになるのかもしれないと結論づけている。

〔翻訳:下島 里音〕

Insights

Towards a consensus around standards for smartphone apps and digital mental health
スマートフォンアプリとデジタルメンタルヘルスの基準についての合意に向けて

<要旨>
1万ものメンタルヘルスアプリが商用化されているにも関わらず、エンドユーザー(患者、医療者、ヘルスケア機関)がその質や適切さを測る術はほとんどない。そのため著者らはメンタルヘルス研究、世界中の産業とヘルスケアシステムのリーダーを代表し、メンタルヘルスアプリの安全性や有効性、有用性、データの統合の評価を含め、質の測定基準や、指針の同意形成を促そうと努めている。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

AVATAR therapy: a promising new approach for persistent distressing voices
アバター療法:残存し苦痛をもたらす幻聴に対する新しい治療法への展望

<要旨>
アバターセラピーはJ.Leffらによって開発され、紹介された、セラピストと患者と患者の幻聴をデジタルシミュレートしたもの(アバター)、三方向の会話で行う治療法である。本稿ではアバターセラピーの有効性を示した論文を3稿紹介し、それらが治療者、患者、家族を大いに励まし、彼らの関心が集まっているとしている。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Parental divorce or separation and children's mental health
親の離婚、離別と子供のメンタルヘルス

<要旨>
世界中の子供が離婚や不和に至る家族の不安定さや非婚姻者の出産、同棲による不遇を経験している。家族内不和に関連した悲惨な出来事による危険性、レジリエンスの役割に関する様々な研究結果を紹介し、異質性を考慮した、介入的研究がさらに必要であるとしている。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Resilience from a developmental systems perspective
発達システムの観点からのレジリエンス

<要旨>
自然災害・戦争・政治闘争・小児期の逆境が成人期の健康や幸福へ影響を及ぼすという意識の高まりを背景に、レジリエンスが注目を浴びている。近年、より多分野、多層的かつ発達的なシステムの観点からレジリエンスの定義化や研究がなされている。
本稿では、レジリエンスを「システムの実行可能性、機能、または発達を脅かす障害にうまく適応するためのシステムの能力」と定義している。そして、現在のレジリエンス科学は、適応能力が発達し、介入するモデルや目標や時期を導きながらリスクを和らげて回復を促すプロセスを解明することに焦点を当てていると論じている。

〔翻訳:下島 里音〕

Letters to the Editor

Using biobehavioral technologies to effectively advance research on negative symptoms
陰性症状に関する研究を効果的に発展させるための、生物行動技術の使用

<要旨>
統合失調症の陰性症状の理解を効果的に発展させるために、従来の心理測定法に基づく臨床的評価尺度と、この数十年で台頭してきた生物行動的技術による測定法という相反する性質の2つの方法を比較、検討している。従来の臨床的評価尺度の限界を指摘した上で、より動的要因に即した生物行動的技術を用いることで、陰性症状への理解、さらには治療の発展も期待できる、という展望が述べられている。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Testing a neurophenomenological model of basic self disturbance in early psychosis
早期精神病における基本的な自我障害の神経現象学的モデルを検証する

<要旨>
自我障害は統合失調症スペクトラムに特異的で前駆期から存在する重要な表現型マーカーと考えられてきている。本稿ではソースモニタリングエラー(source monitoring deficits)と異常な際立ち(サリエンス:aberrant salience)が、統合失調症の基本的な自我障害に特に関連するという理論モデルを検証した。ソースモニタリングエラーは自我障害への有意な関連を示し、サリエンスは陽性症状と関連していた。さらにこれらの結果の有用性についても言及している。

〔翻訳:入來 晃久〕

Improving access to evidence‐based interventions for young adolescents: Early Adolescent Skills for Emotions (EASE)
思春期の若者へのエビデンスに基づいた介入の改善:Early Adolescent Skills for Emotions (EASE)

<要旨>
精神疾患の約半数は14歳までに発症し、世界の若者の10-20%は精神疾患を抱えていると推測され、思春期は介入時期として特に重要である。WHOは内在化障害を示している概ね10-14歳の若者を対象としたEarly Adolescent Skills for Emotions (EASE)と呼ばれる集団的介入を開発した。それは簡易な診断横断的介入であり、若者の感情的苦悩を和らげることを目標としている。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Lack of evidence for the efficacy of psychotherapies for PTSD and depression in child and adolescent refugees
難民の子どもや若者におけるPTSDとうつ病に対する心理療法のエビデンスの欠如

<要旨>
難民の子どもや若者におけるPTSDとうつ病に対する心理的介入の有効性を調べるためにランダム化比較試験のSRとメタ解析を行った。介入形式を限定せず、少なくとも10人の患者がPTSDまたはうつ病の心理療法を完遂した研究を選択したが、効果を支持する結果は得られなかった。

〔翻訳:森本 佳奈〕

The trait‐state distinction between schizotypy and clinical high risk: results from a one‐year follow‐up
統合失調型(schizotypy)とクリニカルハイリスク(CHR)における特性-状態の差異:1年間の追跡調査の結果より

<要旨>
統合失調型(schizotypy)の構成要素である無快楽症(アンヘドニア)特性とクリニカルハイリスク(CHR)状態は、精神病の早期発見のために重要なリスクファクターとされる。schizotypyは、潜在特性・人格と考えられ、変化しにくいとされる一方、CHRは変化するものと考えられてきた。筆者らはこれを検証すべく、1年間の追跡調査の結果を解析している。結果として、schizotypyとCHR症状は特性-状態の点で独立していることが支持され、両者を組み合わせることによって精神病予測が向上する可能性などについて議論が展開されている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Borderline personality disorder or a disorder within the schizophrenia spectrum? A psychopathological study
境界性パーソナリティ障害か、あるいは、統合失調症スペクトラム障害か、に関する精神病理学的研究

<要旨>
境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder :BPD)は疾病分類的に不明瞭で、特に統合失調症スペクトラム障害との区別が難しい。先行研究で示された知見をもとに、BPDの診断を受けている患者30人を対象にした実証研究を行った結果から、著者らはBPDとの疾病分類の混乱の原因を多元的な診断基準だと考え、それを改善する理論的・実証的精神病理学を提案している。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Prevention of depression will only succeed when it is structurally embedded and targets big determinants
うつ病の予防は構造的埋め込みと大きな決定要因の標的化によってのみ成功する

<要旨>
うつ病の患者数・生涯罹患率は依然として高く、公的負担を減らすためには、最適な治療の提供だけでなく予防も必要である。著者らは現状のうつ病予防の問題点を指摘し上で、うつ病予防の必要条件について考察している。
本論文では親の育児能力や子の人格特性や生活技能などの「うつ病の大きな決定要因の標的化」や、大規模で長期的な予防にむけた行政の施策やメンタルヘルスの啓発などの「構造的埋め込み」の重要性が論じられている。

〔翻訳:下島 里音〕

WPA News

Implementing the WPA Action Plan 2017‐2020: community orientation for learning, research and practice
WPAアクションプラン2017-2020:地域で学習、研究、実践していくための取り組み

<要旨>
WPAアクションプラン2017-2020の中で、WPAとcitiesRISE(紛争地域など困難な状況にある子供や若者の精神保健を向上するプログラム)とのパートナーシップで成し得た取り組みが紹介されている。ナイロビでの会議を例に、これまで会う機会がなかった専門家達が互いに意見交換をする場を新たに提供したこと、精神医療が、緊急時や災害時の子供や若者のメンタルヘルスを守るより良い受け皿として貢献するためのプログラムにおいてリーダーシップを発揮していることなどが紹介されている。

〔翻訳:澤頭 亮〕

Collective action for young people's mental health: the citiesRISE experience
若年層の精神保健に対する集団的行動:citiesRISEの経験より

<要旨>
精神的問題を抱える若者に対する支援は世界的に不足している。著者らはそれに対して、幅広い利用手段や介入方法を通じて医療を届ける、地域に根ざした解決策が有効との考えを述べている。citiesRISEは、(若者・非専門家・健康管理外部門から構成され)利用可能な資源を総動員させることを目指し、地域が精神疾患の治療や精神保健の向上に繋がる集団行動を起こすことを目的としている。

〔翻訳:森本 佳奈〕

ICD‐11 sessions within the 18th World Congress of Psychiatry
第18回世界精神医学会議におけるICD-11セッション

<要旨>
2018年9月27日〜30日にメキシコで開かれた第18回世界精神医学会議の中で、ICD-11 第6章の「精神・行動の疾患」に焦点を当てたセッションが行われた。2019年5月のICD-11最終版承認に先がけて実施された臨床試験の結果報告に関するプレゼンテーション、いくつかの疾患に対する診断一致率が非常に高いことが確かめられた症例提示の研修コース、精神疾患の診断と分類に関する一般的な問題に取り組んだプレジデンシャル・シンポジウムの内容が報告されている。

〔翻訳:川竹 絢子〕

翻訳協力者一覧

【監訳】
秋山 剛    NTT東日本関東病院

【翻訳】
認定NPO法人 日本若手精神科医の会(JYPO)会員 http://jypo.or.jp/
澤頭 亮     北海道大学大学院医学研究院 神経生理学教室
中神 由香子   京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)
高松 直岐    多摩あおば病院
川竹 絢子    京都大学医学部医学科
森本 佳奈    京都桂病院
入來 晃久    大阪精神医療センター
河岸 嶺将    千葉県こども病院
今川 弘     大阪医科大学附属病院 臨床研修室
下島 里音    新潟大学医歯学総合病院 総合臨床研修センター

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