公益社団法人 日本精神神経学会

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学会活動|Activities

Volume 17, Number 3, October 2018

更新日時:2019年2月19日

Editorials

Classification of psychopathology: conceptual and historical background
精神病理の分類:概念と歴史的背景

<要旨>
DSMは現在、精神医学分野で最も大きな影響を与えている診断分類法である。診断分類は、17世紀後半から、多くの患者のデータ集計、科学的な観点に基づく分類によって作成されてきた。一方、HiTOP(精神病理学の階層的分類学)と呼ばれる患者の人格特性や認知スキルに着目した心理評価法がある。これはDSMによる分類とは全く異なる心理学的アプローチである。
精神科臨床において、因果関係では説明のつかない症状の急変がしばしば認められる。筆者は精神医学と臨床心理学という異なる進化を遂げた分野を組み合わせたアプローチが、今後の精神疾患分類の最適な発展に繋がる可能性を主張している。

〔翻訳:今川 弘〕

Special Articles

Intergenerational transmission of trauma effects: putative role of epigenetic mechanisms
世代を超えて伝わるトラウマの影響:推定されるエピジェネティックなメカニズムの役割

<抄録>
この論文は世代間のトラウマの影響の伝達と、この伝達におけるエピジェネティックなメカニズムについて想定される役割についての研究のエビデンスをレビューしている。
二種類のエピジェネティックなメカニズムが重要であると考えられる。
一つ目は、発達史にプログラムされた影響である。
これは妊娠中の母親のストレスによる子宮内における暴露、出生後の母親による世話と関連する子供の早期の環境への暴露の影響として発生する。
二つ目は、受胎前のトラウマに関連したエピジェネティックな変化であり、両親の遺伝配列や胎児胎盤相互作用に影響を与える。
トラウマ暴露後の性特異的な影響、暴露時点での両親の発達段階といった要因が、母、父に由来するトラウマの影響が異なる理由と考えられる。
動物モデルでは、コントロールされた研究デザインによって、伝達の影響を明確に解釈することが可能であり、現在のところ最も重要な研究成果をあげている。
人間を対象とした研究は少なく、また、こういった研究を行うための方法論的困難のため、現時点では人間における世代間の影響を、単一の生物学的あるいは他の決定因子に帰することは不可能である。
世代間の影響に関するエピジェネティックなメカニズムの役割を、前向的な多世代間研究によって解明することで、個人、文化、社会における経験が、生物学的にどのような影響を与えるのか、一致した理解を生み出せるかもしれない。

<要旨>
世代間のトラウマ影響の伝達には二つのエピジェネティックなメカニズムがあり、一つ目は発達途上のトラウマによる影響、つまり出生後早期の環境因子や、母親のトラウマに起因した環境因子に胎内で暴露することによるものである。二つ目は受胎前の親のトラウマの影響が胚細胞に残り、受胎後に子宮内発育や出生後の形質に影響を及ぼすということである。エピジェネティックな変化により、受け継がれるべきものが環境により変化することがあるが、逆に環境による刺激からの人間の回復力を表してもいる。

〔翻訳:森本 佳奈〕

The severity of psychiatric disorders
精神疾患の重症度

<抄録>
精神疾患における重症度は臨床的に重要である。例えば重症度は、介護水準の決定や精神障害に対して政府の支援を求めるべきかといった判断に影響を与える。異なる重症度のうつ病に対する抗うつ薬の有効性や、重度のうつ病患者に対する治療において薬物療法を精神療法よりも優先するべきかについて、異なった見解が存在する。重症度の測定は介入研究のアウトカムの評価に用いられ、また臨床において意義のある評価項目としても使用することができる。しかし重症とは何を意味するのだろう?重症度は患者が有する症状の数をさすのだろうか?症状の程度だろうか?症状の頻度や、持続性だろうか?機能的障害やQOLへの影響だろうか?不可逆的な障害や、死をもたらす結果へのなりやすさだろうか?重症度の定義をどう定めるかということとは別に、重症度はすべての疾患において同様に定められるべきか、疾患ごとに重症度を定めるべきかという問題もある。本稿では、重症度がどのようにして、研究や現在の精神医学の診断体系で特徴づけられているか、特にうつ病とパーソナリティ障害に注目して調べた。DSM-5は様々な疾患における重症度を異なる方法で定義し、研究者は無数の方法でうつ病とパーソナリティ障害の重症度を定義している。DSM-5の重症度は主に症状評価尺度による点数で定義され、研究における重症度は機能の障害と関連づけられる傾向がある。症状で定義された疾患の機能的影響は病気と関係ない外的要因(例えば自己効力感、レジリエンス、コーピング能力、社会的支援、文化的社会的な期待、役割機能に関する主たる責任や、他者がその責任を肩代わりできる可能性)に左右されるため、精神疾患の重症度は機能の障害とは別に評価されるべきであると我々は考える。

<要旨>
精神疾患の重症度は臨床的に重要性であるが、重症度がどのようにして研究や現在の精神科診断体系で特徴づけられているかを、特にうつ病とパーソナリティ障害に注目して調べた。DSM-5の重症度は主に症状評価尺度による点数で定義され、一方で研究における重症度は、機能の障害と関連づけられる傾向がある。症状で定義された疾患の機能的影響は病気と関係ない外的要因に左右されるため、精神疾患の重症度は機能の障害とは別に評価されるべきであると著者らは主張する。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Perspectives

Digital phenotyping: a global tool for psychiatry
デジタルフェノタイピング:精神医学の普遍的ツールとなる可能性

<要旨>
広く普及したスマートフォンを用いて客観的・効率的に個人情報を収集することが、精神疾患の診断や治療につながるかもしれない。本稿では、そうしたアプローチであるデジタルフェノタイピングの概念を紹介し、精神疾患の早期発見・早期介入、再発防止に寄与する可能性を主張している。また、それが持つ倫理的問題にも触れ、議論を展開している。

〔翻訳:澤頭 亮〕

Telemental health: why the revolution has not arrived
遠隔精神医療:なぜ改革がまだ達成されていないのか

<要旨>
遠隔精神医療が普及しないのは、技術の普及に対し研究が遅れていること、潜在的な競争者となり得るため医療者からの勧めが少ないこと、患者治療者関係が弱く治療脱落に繋がりやすいこと、過去に成立した法律に従わなければいけないこと、専門機関からの指導も少ないことが挙げられている。今後の普及のためには安全性を優先し、公衆衛生や立法府なども含め幅広い分野と協力する必要がある。

〔翻訳:森本 佳奈〕

The brain's center of gravity: how the default mode network helps us to understand the self
脳の重力の中心:デフォルト・モード・ネットワークがいかに自我意識への理解を助けるか

<要旨>
近年の脳画像研究において、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる、自己という側面に関連した動的神経活動が明らかになっている。この活動の大部分は内側前頭前野と後帯状皮質、つまり脳の正中線に沿って位置しており、目的志向性の行動をとった時に活動が低下するという特徴を持つ。日常の複雑な環境下において、無意識下で柔軟かつ的確な反応ができるよう、身体活動を制御する役割を担う。
哲学者ダニエル・デネットは、多種多様な外部からの情報入力に対する恒常的な反応を保つシステムこそが自我意識の本質であると提唱した。その理論に基づき、彼は自我意識を『ナラティブな重力の中心(the center of narrative gravity)』と定義した。筆者はその定義に基づき、DMNの働きが『重力の中心(the center of gravity)』を形成すると主張し、DMNが自我意識の本質を知る鍵となる可能性を本稿は示した。

〔翻訳:今川 弘〕

Why are savant skills and special talents associated with autism?
なぜサヴァン症候群の能力と特別な才能が自閉症に関連するのか

<要旨>
自閉症を持つ人は定型発達の人と比較して、全体よりも細部にこだわることで芸術などで優れた才能を示す。心の動きを読むことは困難だが、独特な考えが可能で、優れた才能に結びつくのかもしれない。自閉症の才能についての研究は、自閉症について理解するだけでなく、人々の才能を向上させることに繋がる。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Forum – Quantitative Classification of Mental Disorder: Progress and Challenges

Progress in achieving quantitative classification of psychopathology
精神病理の定量的分類における進歩

<抄録>
精神病理を専門家の合意に基いて分類しようとする手法は弱点を抱えていることから、近年、精神病理を定量的に分類しようとする試みがある。本稿では、精神病理の定量的かつ実証的な分類を実現する過程をレビューしている。相当数の実証的文献によると、精神病理は、一般的にカテゴリーというよりもディメンションの性質を持つことが示されている。精神病理の離散性と連続性に関する研究によれば、従来考えられていることとは逆に、精神病理は連続していることがエビデンスによって裏付けている。さらに関連した文献群によれば、精神病理のディメンションは、非常に広い“スペクトラムレベル”のディメンションから、特異的で狭い症状クラスタの範囲まで、階層的に配置されうることが示されている。このように、定量的な手法は、直接的な臨床実用性を有する形で、次元的概念に基づく詳細かつ多様な階層内での兆候や症状の併発パターンを明確にモデル化し、“併発症の問題”を解決している。次元的・階層的な精神病理の構造に関する広範なエビデンスに裏付けられ、精神病理学の階層的多元的分類法(the Hierarchical Taxonomy of Psychopathology: HiTOP)コンソーシアムが結成された。このコンソーシアムは、精神病理の実証的分類の研究に取り組む70人の研究者からなる。本稿では、HiTOPコンソーシアムの目標と現在の焦点について述べられている。これらの目標は、精神病理の実証的体系化に関する継続的な研究に関わる;すなわち、パーソナリティと精神病理とのつながり、研究・臨床の双方における実証に基づいた精神病理概念の有用性、実証的手法からうまれた精神病理概念のための、斬新で包括的なモデルの作成と対応する評価ツールの発展である。

<要旨>
本稿は、DSMやICDのような専門家の合意に基づく公式な精神病理分類に対し、定量的かつ実証的な分類を実現していくための過程をレビューしている。多数の実証研究から、カテゴリーよりもディメンションという性質に着目した階層的分類の有用性が明らかであり、この分類の実現へ向け、HiTOPコンソーシアム結成の取り組みを取り上げながら、今後の展望についても述べられている。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Commentaries

Quantitative classification as (re‐)descriptive psychopathology
(再)記述精神病理学としての量的分類

<要旨>
筆者はKruegerによる精神病理の階層的分類学(HiTOP)の臨床的意義を診断学の歴史的な背景から考察している。HiTOPの次元構造は従来の精神病理学で共有されていた知識を正確に実質的に理解する助けとなり、かつて持続不安神経症や広場恐怖からパニック障害を分離したように、症状を再記述することで類型を再構築し、「臨床家がそばにありながら気づいていなかったものに気づく」可能性を示唆している。

〔翻訳:安藝 森央〕

Dimensions fit the data, but can clinicians fit the dimensions?
ディメンショナルな分類はデータと合致しているが,臨床医はディメンショナルな分類に適応できるのか?

<要旨>
Kruengerの文献では、ディメンションという視点から精神病理を分類し、カテゴリーという視点と比べて現実により忠実な精神病理の分類を提示している。しかし、一般的な臨床医が自らの臨床現場での実践に応用するにはやや難解である。そこで本稿では、文献の中でも最も重要なセクションである「臨床応用」に着目し、ディメンショナルな分類を臨床現場での意思決定にどのように応用できるか、過去の事例を用いながら説明し、その意義を強調している。

〔翻訳:川竹 絢子〕

HiTOP must meet the use requirements of the ICD before it can aspire to replace it
階層的多元的分類法(HiTOP)は、国際疾病分類(ICD)にとって代わろうとする前に要件を満たす必要がある

<要旨>
HiTOPは精神病理と神経生物学・遺伝学の知見を診断に反映する点で、診断分類に非常に重要な貢献をしているが、ICDやDSMにすぐに取って代われるものではなく、途上国も含めた臨床現場での有用性、地域・国家・グローバルレベルでの保健統計への情報提供、保険料支払いや社会福祉サービスへの反映、長期的な政策への反映など、ICDが現在世界で使われている様々な用途に適応できるように、ツールの開発も含めた具体的な努力が必要である。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

“Throwing out the baby with the bathwater”? Conceptual and methodological limitations of the HiTOP approach
「角を矯めて牛を殺すのか?」HiTOPのコンセプトと方法論の限界

<要旨>
本稿ではHiTOP分類法の限界、注意点について述べる。HiTOP分類法では、併存疾患の存在を認めず、患者の病歴や病理形成の力動を考慮せず、基本的心理機能や脳機能の失調について考慮しないため、発症機序に基づいた治療、管理という面で弱点がある。HiTOPの真の価値は人為的な併存疾患の削除と疾患横断的な精神評価尺度である。

〔翻訳:安藝 森央〕

The dialectic of quantity and quality in psychopathology
精神病理学における量と質の弁証論

<要旨>
本稿ではHiTOPとDSM診断の関係、精神病理分類学の今後の進展の可能性についてヘーゲルの弁証法と重ね合わせながら論考する。多元的階層的分類、生物学的分類の適応可能性やGoM構造解析などから、量的・多元的アプローチと分類学的診断は、陰と陽のような関係として存在し続けると考えられる。

〔翻訳:安藝 森央〕

After the failure of DSM: clinical research on psychiatric diagnosis
DSMの失敗の後で:精神科診断についての臨床研究

<要旨>
DSMの診断システムは、新しい研究知見に基づく改訂を拒み、階層的診断を否定することで多くの不適切な診断定義や誤った合併症(気分症に起因する不安症状を独立した不安障害の合併症と診断するなど)をつくりだし、精神医学の発展の最大の障害となっている。階層的診断の精神医学における重要性を、Kruegerらの研究や筆者らが提唱する階層的診断アプローチなどを例にあげて提示する。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Internalizing disorders: the whole is greater than the sum of the parts
内面化障害:部分の足し合わせよりも全体が重要である

<要旨>
階層的多元的分類法HiTOP(The Hierarchical Taxonomy of Psychopathology)システムやDSM-5やICD-11のワーキンググループにより作成された精神疾患を5群にまとめた概念を論じ、それらにおける内面化障害(Internalizing disorder)の概念に特に着目して論じる。個別の疾患単位の合併や足し合わせで考えるのではなく、内面化障害という全体像として捉えることが、治療として好ましく、さらには予後、障害の程度、治療反応の見立てにも役立つ。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Categorical and/or continuous? Learning from vascular surgery
カテゴリカルか連続か?血管外科から学べること

<要旨>
主にカテゴリカルな診断分類を用いて診療を進めてきた血管外科領域において、「大動脈瘤の直径のモニタリングによる手術適応の決定」といった、定量的なデータを取り入れることで臨床的に有用な発展がもたらされた。精神科領域においてもカテゴリカルとディメンショナルのどちらか一方だけではなく、両方を把握することの重要性について論じる。

〔翻訳:高松 直岐〕

Research Reports

Clinical utility of ICD‐11 diagnostic guidelines for high‐burden mental disorders: results from mental health settings in 13 countries

(後日掲載)


Psychological interventions to reduce positive symptoms in schizophrenia: systematic review and network meta‐analysis
統合失調症の陽性症状を改善させるための心理的介入:システマティック・レビューとネットワーク・メタアナリシス

<抄録>
昨今の統合失調症診療において、心理学的治療介入の有用性が認識されてきている。しかし、エビデンスに対する包括的な評価は乏しい状態であり、陽性症状を有する患者への心理学的介入がどれほど有用性があるかは未だ結論が出ていない現状である。本研究では、直接比較と間接比較を統合したネットワーク・メタアナリシスを適応した、統合失調症の陽性症状に対する心理学的介入の効能・受容性・忍容性の評価に焦点が当てられている。
私達は2018年1月10日までに出版されたEMBASE、MEDLINE、 PsycINFO、PubMed、BIOSIS、Cochrane Library、World Health Organization's International Clinical Trials Registry Platform、ClinicalTrials.govの中から、統合失調症の陽性症状に対する心理学的治療の無作為化比較試験に関する論文を抽出した。陽性症状を呈している統合失調症、もしくはその関連疾患と診断された成人を対象とした研究を組み入れている。主要アウトカムは統合失調症の陽性症状の評価スケール上での点数変化とした。7種類の心理学的介入をおこなった53の無作為化比較試験を組み入れ、そこでは、抗精神病薬の追加治療としての心理療法を受けた延べ4068人の被験者が対象とされた。被験者の病状の程度は、平均的には中等度であった。
認知行動療法(40の研究)を受けた群の陽性症状軽減率は、対照群(標準化平均差=-0.29; 95%信頼区間:-0.55 to -0.03)、無治療群(標準化平均差=-0.30; 95%信頼区間: -0.45 to -0.14)、支持的精神療法を行った群(標準化平均差=-0.47; 95%信頼区間: -0.91 to -0.03)と比較し、有意差があることが、ネットワーク・メタアナリシスより明らかになった。認知行動療法は対照群と比べ、脱落率が有意に多かった(リスク比=0.74; 95%信頼区間: 0.58 to 0.95)。推定された信頼区間には中程度から極軽度の改善までを含めている。他の心理学的介入を行った研究も、少なからずネットワーク・メタアナリシスに寄与した。結果は全て、研究者の忠実性や評価者の盲検性といったいくつかの要素を調整して行った感受分析の結果とも一致していた。
中等度の統合失調症患者の陽性症状に対する認知行動療法は、本研究のような対照群であれば小~中程度の効果量をもって有効であることが期待できるかもしれない。

<要旨>
統合失調症への心理的介入に関するこれまでのレビューでは、間接比較検討がされていなかったり、特定の症状への治療効果に焦点が当てられていなかったりといった欠点があり、エビデンスとして不十分であった。本稿はネットワーク・メタアナリシスを用いて、統合失調症の陽性症状に対する様々な心理的介入の治療効果を比較検討によって、これらの弱点を克服し、統合失調症患者の陽性症状に対する心理的介入の中では認知行動療法が有効である可能性を示した。

〔翻訳:今川 弘〕

Tardive dyskinesia risk with first‐ and second‐generation antipsychotics in comparative randomized controlled trials: a meta‐analysis
RCTにおける第1世代及び第2世代抗精神病薬による遅発性ジスキネジアのリスク:メタ解析

<要旨>
本稿ではRCTをメタ解析し、FGAとSGAでの遅発性ジスキネジア(TD)のリスクを比較した。FGAよりもSGAでTDリスクは低いことが示され、またクロザピン以外のSGAの中ではオランザピンの優位性が確認された。

〔翻訳:入來 晃久〕

 

Clinical Update

Management of common adverse effects of antipsychotic medications
抗精神病薬によくみられる有害事象への対処

<抄録>
抗精神病薬の有益性は、その有害事象によって時に打ち消されがちになる。有害事象は、比較的軽度の忍容性の問題(例えば軽度の鎮静や口喝)から非常に不快なもの(例えば便秘、アカシジア、性機能障害)、痛みを伴うもの(例えば急性ジストニア)、外見を損なうもの(例えば体重増加や遅発性ジスキネジア)、致死的なもの(例えば心筋炎や無顆粒球症)と多岐にわたる。重要なことは、有害事象のパターンは各抗精神病薬に特有であり、第一世代・第二世代の分類にすっきりと収まらないことである。本稿では、抗精神病薬に最も頻繁にみられる副作用への対応についてレビューし、有益性を最大限に高めるための原則について明らかにする。抗精神病薬は適応が明確な場合のみ使用し、目に見える利益がある場合に限り、使用を継続するべきである。抗精神病薬が患者に利益をもたらしていて、有害事象が生命を脅かすものでない場合、対応としては減薬、投与計画の調整が行われるべきである。次の選択肢は抗精神病薬を変更することであり、これは、再燃のリスクが高い場合を除き合理的な選択肢である。場合によっては行動介入を試みることもある。最後に、一般的には望ましいとされないが、薬剤の併用が必要な場合も多く、症状緩和をもたらすことができる。併用する薬剤の中で、ジストニアおよびパーキンソンニズムに対する抗コリン薬は有効であることが多い。ベータ遮断薬および抗コリン薬は、アカシジアに有用である。メトホルミンは軽度から中等度の体重減少につながる可能性がある。抗コリン作用性の滴剤を舌下投与することで唾液分泌は低下する。便秘や脂質異常症に関しては通常の薬物療法が有効である。一方、遅発性ジスキネジアに対して最近認可された治療薬のバルベナジンやデュテトラベナジンの臨床的有用性は不明である。

<要旨>
抗精神病薬の利益は、有害事象のため時に打ち消されがちになる。本稿では、抗精神病薬に最も頻繁にみられる副作用への対応についてレビューし、利益を最大限に高めるための原則について述べる。

〔翻訳:高松 直岐〕

 

Insights

Healthy pregnancy and prevention of psychosis
健康な妊娠と精神病の予防

<要旨>
妊娠と精神病に関する研究は、疾患がデータベースに登録されるようになり以前より進んでいる。健康な妊娠は公衆衛生に組み込むことが重要であり、必要なことは、健康な妊娠とは何かについて考えること、子供に表れる現象を精神病以外に広げるべきかということ、出生前因子に関連する人口的要因に焦点を当てることで何が得られるかということ、の3点である。今後、低・中所得国の状況にも研究を広げる必要がある。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Serotonin, psychedelics and psychiatry
セロトニン、幻覚剤と精神医学

<要旨>
セロトニン系はうつ病などの精神障害に関わる重要な神経調節物質であるが、多種の受容体を有しており、脳内のセロトニンの働きは複雑であり、まだ様態が確立されていない。幻覚剤は5-HT2A受容体活性化作用を有し、幻覚を起こす一方で、神経の可塑性にも関与しており、うつ病や嗜癖障害の治療効果が報告されている。

〔翻訳:入來 晃久〕

Insomnia and inflammation: a two hit model of depression risk and prevention
不眠症と炎症:うつ病のツーヒット仮説と予防

<要旨>
不眠症と炎症が共にうつ病の発症や再燃と関連することを示唆したツーヒット仮説について述べる。これらの状態を呈する集団に焦点を当てることで、うつ病の予防に有望な戦略となる可能性がある。

〔翻訳:高松 直岐〕

Conditioned hallucinations: historic insights and future directions
条件下での幻覚:歴史的な概観と将来の方向性

<要旨>
ヒトでも動物でも、他の感覚刺激と結びつけることで、幻覚が生じ得ることはよく知られている。この現象を最先端の計算神経イメージングと結びつけることで、上側頭回や島回、小脳や海馬傍回の関与が明らかになった。これらの部位へのrTMSによる刺激やコリン作動性シグナル伝達の増加が、精神病や幻覚の治療に対して有効である可能性が示唆された。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Letters to the Editor

Balancing validity, utility and public health considerations in disorders due to addictive behaviours
嗜癖行動による障害の妥当性、有用性および公衆衛生上の検討事項の調整

<要旨>
本稿では物質使用障害に有用な公衆衛生の枠組みが、ギャンブル障害、ゲーム障害、およびその他の嗜癖行動による障害にも有効に適用され得る理由を概説し、ICD-11のドラフトでは衝動制御の障害とされていたギャンブル障害およびゲーム障害を、ICD-11の最終案においては薬物使用障害と同一のセクションに入れることを支持する。

〔翻訳:入來 晃久〕

Evidence of the clinical utility of a prolonged grief disorder diagnosis
遷延性悲嘆障害の臨床的有用性の根拠

<要旨>
遷延性悲嘆障害(PGD)は、新しいストレス反応症候群の一つとしてICD11 に含まれることとなった。筆者らはPGDについてのビデオケースビネットを作成し、PGDの教育効果を検証している。結果として、PGDの診断がより正確になること、加えて、治療選択にも効果があることが明らかとなり、PGDの診断の臨床的有用性が論じられている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Diet as a hot topic in psychiatry: a population‐scale study of nutritional intake and inflammatory potential in severe mental illness
食習慣――精神医療のホットトピック:重度精神疾患患者の栄養摂取と炎症のリスクに関する大規模研究

<要旨>
重度精神疾患患者(SMIs)では脂肪や糖の過剰摂取による炎症反応の惹起が問題となるが、SMIsにおける栄養摂取と食事由来の炎症反応を評価する大規模な研究は行われてこなかった。今回、69843人の統合失調症、大うつ病、双極性障害の患者を対象とし、The Oxford webQ(ウェブによる自己記入式質問票)とDII(栄養摂取量から炎症性を評価する計算式)で評価した結果、対照群に比べて、いずれの疾患でも栄養摂取が過剰であり、中でも大うつ病と統合失調症ではDIIのスコアが対照群より高値を示した(双極性障害では、有意差はみられなかった)。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Global mental health: how are we doing?
世界のメンタルヘルス:私たちは何をなしているか?

<要旨>
世界保健機構(The World Health Organization: WHO)が、2017年度版Mental Health Atlasを発表した。Atlas では、約180カ国にのぼるWHO加盟国の、メンタルヘルスに関する政策、法律、プログラム、サービスの動向、並びにメンタルヘルスアクションプラン2013-2020実施の進捗がまとめられている。本稿では、その中でも特に、メンタルヘルスアクションプランの達成における重要な4つの目標に焦点を当てている。今回のデータ収集における限界を指摘した上で、次のステップとしては、各国が、Atlas2017で得られたデータを、自国のメンタルヘルスシステム向上と、その進捗を都度確認していくために,実際に使用していくことが重要だと強調している。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Global trends in high impact psychiatry research
インパクトの大きい精神科研究における世界的な傾向

<要旨>
精神医学分野においても進む昨今のインパクトファクター重視の動向に鑑み、筆者らは精神医学関連でインパクトファクターの高い6つのジャーナルの2000年から2016年における合計12,218件の論文のレビューを行い、高いインパクトを得る論文の傾向を明らかにした。解析の結果、疾患では合併症、気分症、精神症が一貫して多く、論文のタイプではeditorialがこの16年間で3倍に増加していた。これらの結果から、個別の科学的知見に加え、それらの知見をどのように統合・解釈するかがより必要とされてきている傾向や、大規模な外部資金が獲得しやすい疾患に研究が集中する傾向が認められる。後者の傾向について筆者は、投資が集まらない疾患における研究が進まず患者利益が拡大しない懸念も示している。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Mental health initiatives in the workplace: models, methods and results from the Mental Health Commission of Canada
職場でのメンタルヘルスの取り組み:カナダでの精神保健委員会による、モデル、方法と結果の報告

<要旨>
職場におけるメンタルヘルスの重要性は、生産性や経済面への影響でかつてないほどに注目されている。カナダにおけるR2MRやTMWといったメンタルヘルスプログラムがスティグマの減少やレジリエンスに対して効果があったと報告している。

〔翻訳:河岸 嶺将〕

Personality traits and risk of suicide mortality: findings from a multi‐cohort study in the general population
パーソナリティ特性と自殺による死亡のリスク:一般集団におけるマルチコホート研究による知見

<要旨>
本稿では、パーソナリティ特性と自殺の関連について5つのコホート研究からの知見を紹介している。5つのパーソナリテイ特性のうち、外向性、誠実性、経験への開放性については自殺との関連を認めなかったが、共感や協力(調和性)の特性は自殺リスクが低く、衝動性と敵意(神経症的傾向)は高リスクであった。自殺予防においてはパーソナリティ特性に注意を払うべきである。

〔翻訳:入來 晃久〕

WPA News

Strengthening the scientific backbone of the WPA
WPAの科学的な支柱を強化する

<要旨>
WPAの分科会担当役員Thomas G. Schulzeによる、今後6年間の達成目標の宣言。具体的には、①部門間の連携の改善・合理化と研究・出版計画の促進、②部門間の活動の継続と拡大、③若手精神科医へのWPAの活動の促進、④男女平等の促進、⑤研究者の国際的なピア・ネットワークの確立、⑥患者団体との真の友好関係の樹立、を掲げている。

〔翻訳:藤岡 真生〕

WPA Secretary for Education work plan
WPA教育担当役員の業務計画

<要旨>
WPAの教育担当役員である筆者は、“全人類のメンタルヘルスを向上させるために、全ての人に教育を”という構想を掲げている。本論文では教育に関する展望が多様な視点から述べられている。具体的には、ウェブサイトでの良質なメンタルヘルス情報の提供、ガイドラインや携帯端末のアプリの作成、オンラインおよび対面での精神科教育、そして、CBTの普及や若手の教育などが論じられている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Action Plan of the WPA Secretary for Publications
WPA出版担当役員の行動計画

<要旨>
WPAの出版に関する行動計画について論じられている。前半部では、WPAおよび出版の役割・目標がまとめられている。後半部では、複数の具体的な行動計画が述べられている。具体的には、科学的な質の向上を目指し、より多くの人に配布すること、WPAの出版物をWPAの学会やウェブサイトで見てもらうこと、多言語に翻訳すること、過去の出版物を目録化すること、英語での出版へのサポートなどが挙げられている。

〔翻訳:中神 由香子〕

翻訳協力者一覧

【監訳】
秋山 剛    NTT東日本関東病院

【翻訳】
認定NPO法人 日本若手精神科医の会(JYPO)会員 http://jypo.or.jp/
澤頭 亮    北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室
中神 由香子  京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)
茅野 龍馬   WHO(世界保健機関)健康開発総合研究センター
高松 直岐   多摩あおば病院
川竹 絢子   京都大学医学部医学科5年
藤岡 真生   東京大学大学院医学系研究科 精神医学分野
安藝 森央   公立豊岡病院組合立 豊岡病院 精神科
森本 佳奈   京都桂病院
入來 晃久   大阪精神医療センター
河岸 嶺将   千葉県こども病院
今川 弘    大阪医科大学付属病院

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