公益社団法人 日本精神神経学会

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学会活動|Activities

Volume 17, Number 1, February 2018

更新日時:2018年6月12日

Editorials

“If you can't measure it, you can't manage it” – essential truth, or costly myth?
「測定できないものは管理できない」-本質を突いた真実か、費用のかかる神話か?

<要旨>
本稿は、精神医学におけるデータの在り方について標題の問いに答える形で考察を深めている。まず筆者は、メンタルヘルスケアの構造的なサービス提供を推奨するKilbourneらの論文を引用し、データ測定とそれに基づくシステム改善の重要性を紹介している。一方でそれにかかる膨大な費用についても示唆し、慢性疾患のケアを参考に、発見と診断・ケアの導入・アドヒアランス・継続と離脱・標的を絞った治療、という5点を中心とした効率的なデータ収集を推奨する。さらに筆者は、中・低所得国における治療がニードを満たしていないというギャップが極めて深刻な人道的問題であることを強調し、治療の質に関するデータを活用する構造的なアプローチの重要性を主張している。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Special Articles

The impact of severe mental disorders and psychotropic medications on sexual health and its implications for clinical management
重度の精神疾患や向精神薬治療による性機能障害と臨床ケアとの関連

<抄録>
性機能障害はしばしば重度の精神疾患を伴ない、精神疾患そのものによる場合と向精神薬治療による場合の両方がある。多くの性機能障害は精神状態の改善とともに解決するが、治療に関連した性機能障害は持続する傾向がある。しかし、残念なことに臨床医にはほとんど認識されておらず、臨床試験においてもほとんど検討されていない。治療中に出現する性機能障害はQOLに影響し、アドヒアランスの低下に影響する可能性がある。
様々な化合物の間で、その作用機序の違いによって、副作用としての性機能障害の発生率に重要な違いがある。主にセロトニン作動性を有する抗うつ薬、高プロラクチン血症を来たしやすい抗精神病薬、ホルモン(様)の作用を持った気分安定薬は、性欲減退、遅延オルガスム、無オルガスム症、性喚起障害を含む中等度または重度の性機能障害を来しやすい。重度の精神疾患は性機能と性的満足感を妨害する可能性があるが、患者は病前と同じ満足のいく性活動を保ちたいと思っている。多くの患者は、性生活の乏しさあるいはより頻繁にみられる危険な性行動のために、一般人口よりも、親密な関係の欠如と精神的および身体的健康の慢性的な低下を伴いやすい。本稿では、精神病と抗精神病薬、うつ病と抗うつ薬、双極性障害と気分安定薬の性的な健康への影響、および重度の精神疾患と性機能障害をもつ患者の最適な対応方法について述べる。

<要旨>
精神疾患患者における性機能障害は、重度の精神疾患そのものによるものの場合もあれば、向精神薬による場合もある。本稿は、精神病と抗精神病薬、うつ病と抗うつ薬、双極性障害と気分安定薬について、疾患および薬剤の性機能障害への影響と、性機能障害を持つ精神疾患患者への対応方法について述べている。

〔翻訳:入來 晃久〕

Insight in schizophrenia spectrum disorders: relationship with behavior, mood and perceived quality of life, underlying causes and emerging treatments
統合失調症スペクトラム障害における病識:行動、情動、認識されるQOLとの関係、根底にある原因と新しい治療法

<抄録>
統合失調症患者の病識の乏しさは、文化や病期を超えてよくみられる。このレビューでは、病識と行動、情動、本人にとってのQOLとの関係、複雑な原因、また既存あるいは新しい治療法への影響についての最近の研究の調査を行った。病識が乏しいと治療アドヒアランスや治療関係の悪化、症状の悪化、社会機能への支障がみられる一方で、病識が良いと--特に偏見や社会的不利がみられる場合には--抑うつや士気喪失の頻度が増える、ということが示唆されている。病識の乏しさは、生物学的、経験的、神経心理学的、社会認知的、メタ認知的、社会政治的な要因から発生することも示されている。既存の、または開発中の治療法は、病識に影響を与える。先行研究やこれまで言われているモデルの文脈から言えば、これらの知見は、病識の乏しさに対する統合的モデルを支持している。このモデルは、病識の獲得には、内的状況や外的環境、他者からの受け取られ方や人生における変化、そしてこれらの変化に関する多面的な結果や原因についての情報が統合されて行われる、ということを示している。一点重要な示唆として、治療においては、疾病教育のみならず、統合失調症患者が、疾患による複雑で深い痛みを伴う経験を、患者にとって意味のある、一貫した適応性のあるイメージへと統合できるように、支援しなければならない。

<要旨>
本稿では統合失調症患者の病識と病状の関係、病識獲得のモデル、治療のあるべき姿について述べている。病識教育について、病気の経験を人生にとって意味あるものにすることが重要であることが指摘されている。

〔翻訳:安藝 森央〕

Perspectives

A paradigm shift in psychiatric classification: the Hierarchical Taxonomy Of Psychopathology (HiTOP)
精神疾患分類におけるパラダイムシフト:精神病理学の階層的分類学(HiTOP)

<要旨>
本稿では診断学者のコンソーシアムで開発が進む階層的多元的分類法HiTOPの紹介、利点と今後の展望について述べられている。5層構造で患者の状態を把握するHiTOPシステムは、伝統的診断における恣意的疾患境界の問題を解決するので、臨床家、研究者にとって即戦力となる精神病理評価方法になるだろうと著者は主張している。

〔翻訳:安藝 森央〕

Schizotypy, schizotypic psychopathology and schizophrenia
シゾタイピー、その精神病理と統合失調症

<要旨>
シゾタイピーは、統合失調症の様々な症状が見られる隠された性格傾向のことであり、その特徴は古くから議論されてきた。未知の統合失調症関連遺伝子に決定づけられ、臨床的には統合失調症圏、病的な人格、閾値下の精神病など様々な表現型を取る。よく使われる枠組みのストレス脆弱性モデルの中心的概念ともいえる。臨床経過は明確でなく、必ずしも統合失調症を発症するわけではない。シゾタイピーのさらなる研究はDSM5における精神病圏疾患の境界の調整や、発症しない統合失調症前駆期の問題に迫れる可能性もあり、継続的な研究が必要であると筆者は述べている。

〔翻訳:安藝 森央〕

The value of polygenic analyses in psychiatry
精神医学における多遺伝子分析の価値

<要旨>
過去10年間の精神医学における遺伝子研究は、ゲノムワイド関連解析が中心であり、精神疾患においては多遺伝子性が原則であることが示されている。エフェクトサイズが小さいためにゲノムワイド関連解析の有用性が疑問視されているが、本稿では、精神疾患における遺伝子変異を同定することの重要性と、ゲノムワイド関連解析によってどれほど病因への理解が進んだかが示されている。

〔翻訳:入來 晃久〕

The promise and challenges of drug repurposing in psychiatry
精神医療における“Drug repurposing(既存薬再開発)”の希望と課題

<要旨>
本稿では「Drug repurposing(既存薬再開発)」について、バルプロ酸をはじめとした様々な事例を挙げながら紹介している。精神医学領域ではこのDrug repurposingが多く認められ、最近のEuropean Commissionのレビューでもその重要性が紹介されている。Drug repurposingには大きく分けて1. ベッドサイドでの発見(ブプロピオンの禁煙効果など)、2. 薬理作用を応用した薬剤の別疾患への適応拡大(三環系抗うつ薬の知見からのアトモキセチンのADHDへの使用)、3. 新しいニューロサイエンスの知見に基づいた既存薬剤の活用(抗炎症薬のうつ病への利用など)の三種類がある。すでに安全性が証明されている薬剤の活用であり、臨床利用のための開発コストは新薬に比べ極めて低い。ニューロサイエンスの発展に伴い、Drug repurposingが今後の精神科治療に大きく貢献しうると、筆者は強調している。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Forum – Measuring and Improving the Quality of Mental Health Care

Measuring and improving the quality of mental health care: a global perspective
メンタルヘルスケアの質の測定評価と改善:世界的な展望

<抄録>
精神疾患は広く世界で認められるが、そのケアの質は身体疾患に比べて向上していない。我々は本稿で、メンタルヘルスケアの質を高めるツールとして、測定評価を進める枠組を提示する。この取り組みを進める上での主要な障害として、標準化されたITベースのデータソースの不足、メンタルヘルスケアの質の測定評価に関する科学的エビデンスの限定、質の評価についてのトレーニングや実施に対するサポートの不足、メンタルヘルスケアを他のケアと同じ環境に統合することに対する文化的障壁などがあげられる。次に我々は、これらの障害を小さくしうる、世界的に進められているイノベーションについて記載した。これらの経験に基づき、我々はメンタルヘルスケアの質を向上するための複数の提言を行った。ヘルスケアの支払者(公的機関や保険会社など)と提供者は、様々な状況における患者中心のアウトカムを測定評価するエビデンスに基づいたツールを必要としている。そのためには、測定評価のための共通のデータ項目を開発し、既存の電子カルテやITツールの中に組み込む必要がある。それをもとにメンタルヘルスのアウトカムは定期的に測定評価されるべきで、その評価に基づいてケアの質の改善を行っていくことが、精神保健システム全体の文化に組み入れられるべきである。ヘルスケアシステムは、様々な集団間での潜在的な質の差を検出し、ケアの質の向上を最も必要とする集団を同定するために、妥当な形で、質の指標を階層化しなければならない。また、ケアの質を向上させるために、それを実践する人材の育成と資源の確保にもっと注意が払われるべきである。メンタルヘルスの質の向上はチームスポーツであり、様々なサービス提供者間の調整、サービス利用者の関わり、様々な資源、保健システムや支払者からのインセンティブの活用が必要とされる。

<要旨>
本稿は、メンタルヘルスケアの質の向上がヘルスケア全体にとって大きな課題であることに鑑み、エビデンスに基づく質の測定評価法の確立と評価に基づくケアの質の改善の必要性を強調し、そのための具体的プロセスについて論じている。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Commentaries

Order of operations in using expanded measurement to promote treatment quality improvement
幅広い測定評価によって治療の質の向上を促す方法論の作業順序

<要旨>
本稿は同誌掲載のKilbourneらの精神保健サービスの質の評価に関する論文について批評している。筆者はKilbourneの提唱する構造、プロセス、結果のバランスがとれた測定評価の重要性を認めるが、まず第一に、患者の自己評価尺度等を用いたアウトカム評価を通じて市場圧力(治療成果に基づいた医療費の支払いなど)をつくりだすことを提唱する。それによってサービス提供者側が構造・プロセス評価を通じて自身のサービスの質の向上を目指すという状況が生まれ、結果としてバランスのとれた測定評価が行えると筆者は考えている。また、その実践には医療費の支払者(公的機関や保険会社など)がサービス提供者に対してアウトカム評価を義務づけ、そのデータを収集・集約してリスク調整を行い、解析結果を公表することが必要だと論じている。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Improving the quality of global mental health care requires universal agreement on minimum national investment
世界全体の精神保健の質の向上には、精神保健に対する国家予算の最低投資に関する合意が必要である

<要旨>
本稿は同誌掲載のKilbourneらの精神保健サービスの質の評価に関する論文が社会的アウトカムに注目していることを評価しつつ、その測定評価が極めて困難であることや同論文で紹介する評価法の評価項目が極めて限定的であること、そもそもケアの質の向上がアウトカムにつながるというエビデンスが乏しいことなどを批評し、結果ベースよりもプロセスベースの評価の重要性を強調している。また、世界全体の状況に鑑みれば、高所得国の比較的充実した精神保健サービスの質の評価や比較よりも、中低所得国における非人道的ともいえる精神保健の実態を改善するために予算を確保することが重要であると筆者は主張している。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Exploiting routine data for international benchmarking of quality in mental health care
メンタルヘルスケアの質における国際的な指標のための日常データの活用

<要旨>
メンタルヘルスシステムの国際的な指標への関心が高まっている。その実現には、各国間で共通した指標を定義し、データの収集手順を標準化する必要がある。メンタルヘルスケアの評価と質を改善するためには、主に病院で収集される日常データに加えて、患者や臨床医から得られるデータが必要である。その第一歩として、電子カルテに患者報告アウトカムを含めるよう著者らは提案している。論文の後半では、この問題のヨーロッパでの現状が報告され、著者らは、EU諸国がこの問題の解決のために実際に動き始めていることを述べたうえで、共同のメンタルヘルスセンターの設立を提案している。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Increasing equity in access to mental health care: a critical first step in improving service quality
メンタルヘルスケアの利用における公平性の向上:サービスの質を改善するための重要な第一歩

<要旨>
メンタルヘルスケアの質を評価する際、治療効果ばかりに焦点をあてると、治療にアクセスできない利用者を見過ごす可能性がある。精神疾患の未治療はさまざまな問題やリスクに影響するため、メンタルヘルスケアの利用を公平にすることは、治療ギャップを埋めるだけでなく、転機の改善ももたらしうる。本論文では、世界的にメンタルヘルスケアの利用率が低い現状を伝え、その測定手段やと改善手法について検討している。現状では、予算やリソースが足りずインセンティブが不明瞭であるために、どちらも十分実施されていないと著者らは警鐘を鳴らしている。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Mental health quality improvement goes global
メンタルヘルスの質は世界中で向上する

<要旨>
精神疾患のケアの質を評価し改善する際の課題を米国医学研究所が2006年に報告して以来、米国ではメンタルヘルスの質が飛躍的に向上した。しかし、国や保健制度の相違によって収集されるデータが異なるため、メンタルヘルスの質に関する万国共通の基準を定めることは難しい。質を評価する最大の目的は、評価基準を元にケアを改善することである。評価の際は、ケアの技術的側面やケアの提供状況を重視するよりも、患者の経験に焦点を当て、臨床的な転帰の改善を重視する方向へと進むべきだと著者らは主張する。そして、この方針転換の際に生じうる問題やその解決策についても述べている。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Why measuring quality of mental health care is still an unmet challenge and how to meet it
メンタルヘルスケアの質の測定はなぜまだ達成されていないか--その解決方法

<要旨>
Quality Improvementプログラム(以下QIプログラム)は、ガイドラインと実臨床とのギャップ、知識不足や主観性によって生じる診断のばらつきを減らすことを目標とする。このプログラムを精神科の臨床現場に普及させる際、エビデンスを重視する考えと、臨床医の経験を重視する考えとが対立する。精神科診療でQIプログラムを実施可能なものとするためには、エビデンスに基づく医療、臨床医の経験、倫理的な視点のすべてが不可欠である。また、期待通りの成果をあげるためには、標準化されたプログラムの遵守が求められるが、これも容易ではない。臨床現場に即してどの程度までプログラムを柔軟に変化・統合できるかについて、議論を深める必要がある。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Improving quality of mental health care in low‐resource settings: lessons from PRIME
資源に乏しい状況でのメンタルヘルスケアの質の改善--PRIMEが教えるもの

<要旨>
Kilbourneらが提唱したメンタルヘルスケア向上のために考案される多くの枠組みは、低所得国で応用するにはいくつかの課題があるとされる。PRIMEと呼ばれる国際共同体がそのような障壁を乗り越えるために取り組んできた工夫の紹介と、多様な背景を持つ低所得国においてもいくつか共通して応用可能な原則があることが述べられている。

〔翻訳:高松 直岐〕

Research Reports

What causes psychosis? An umbrella review of risk and protective factors
何がサイコーシスをもたらすのか?リスク要因と保護要因のアンブレラ・レビュー

<抄録>
サイコーシスは異なった精神医学的状態の総称であり、複数のリスク要因と保護要因がこれまでに示唆されてきた。
このアンブレラ・レビューは、いくつかのバイアスをコントロールしながら、各要因と精神疾患との関連性におけるエビデンスの強さを分類することを目標とする。
Web of Knowledgeデータベースを検索して、社会人口統計学的な要因および親・周産期・より後年の要因と精神病性障害との関連性を調べ、さらに健常対照群との比較を行った、1965年から2017年1月31日までに出版された観察研究のシステマティックレビューおよびメタアナリシスを対象とした。
文献検索とデータ抽出はPRISMAとMOOSEの両ガイドラインに従った。
非器質性の精神障害のICDまたはDSM診断と各要因との関連性は、精神病性症例の数、ランダム効果モデルでのP値、95%信頼区間、研究間の異質性、95%予測区間、small study effect、および過剰な有意バイアスに基づいて、convincing, highly suggestive, suggestive, weak, non‐significantの5段階に分類された。
時間的関連性についてのエビデンスを評価するために、我々はさらに、前向き研究から得られたデータに限定して感度分析を行った。
アンブレラ・レビューには55のメタアナリシスまたはシステマティックレビューが含まれ、683の研究と、精神病性障害の170の推定されるリスク要因または保護要因が相当した。
精神病ハイリスク状態(オッズ比9.32、95%信頼区間4.91-17.72)と、英国におけるブラック・カリビアン民族(オッズ比4.87、95%信頼区間3.96-6.00)だけが、サイコーシスの発症と関連するconvincingなエビデンスだった。
Highly suggestiveな要因は以下の6つだった:その地域に住む割合の小さい民族的マイノリティ、移民第2世代、アンヘドニアの傾向、病前IQ、小奇形、嗅覚識別能力。また、suggestiveな要因は9つあった:都市生活、その地域に住む割合の大きい民族的マイノリティ、移民第1世代、ヨーロッパでの北アフリカからの移民、北半球での冬または春の出生、小児期のひきこもり、小児期のトラウマ、トキソプラズマ・ゴンディイのIgG、右利きでないこと。
前向き研究に限定すると、精神病ハイリスク状態だけがconvincingなエビデンスであり、都市生活だけがsuggestiveなエビデンスだった。
まとめると、このアンブレラ・レビューによって、レベルの異なるエビデンスをもつ、精神病性障害に関連した複数の要因が明らかになった。
これらのリスク要因または保護要因は、さらなる病因論的研究のための出発点であり、さらに、サイコーシスの発症予測を改善するための出発点である。

<要旨>
精神病性障害と各種要因との関連性を調べた、1965年から2017年1月31日までに出版された観察研究に対する、55のシステマティックレビューおよびメタアナリシスを対象としたアンブレラ・レビューである。サイコーシスの発症に関連するリスク要因あるいは保護要因を5段階に分類し、さらに、発症と要因との時間的関連性を調べるために、前向き研究に限定して感度分析も行われた。最もエビデンスレベルの高い要因は、前向き研究に限れば精神病ハイリスク状態だけであった。さらなる病因論的研究と、サイコーシスの発症予測の改善のための重要な研究である。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Prediction of psychosis across protocols and risk cohorts using automated language analysis
自動言語分析を用いたプロトコル研究とリスクコホート研究における、サイコーシスの予測

<抄録>
言語と会話は、精神科医が精神疾患を診断し治療するための主要な情報源である。サイコーシスでは、会話の意味の一貫性(会話や思考の脱線など)や文構造の複雑さ(具体性など)をはじめ、言語の構造そのものが障害される。統合失調症においては、軽度の言語障害が、サイコーシスの初回発症以前、つまり前駆期においても観察される。我々は過去に、コンピューターベースの自然言語処理分析を用いることで、英語話者の超ハイリスク群の若者を対象に、ベースラインの会話の意味の一貫性(会話の意味の流れ)や文構造の複雑さの減少が、サイコーシスの発症を高精度で予測できる可能性があることを示した。
そこで本稿では、やはり英語話者を対象にした、世界で2番目となる、より大規模なリスクコホート研究において自動言語分析法を交差検証し、サイコーシスにおける会話を正常の会話と区別することを目的とした。
本稿の研究の結果、我々は、会話の意味の一貫性の減少、一貫性における変化の増大、所有代名詞の使用の減少を項目とする、自動機械学習言語分類を特定した。この分類では、サイコーシス発症予測精度は83%、元となったリスクコホート研究におけるサイコーシス発症予測の交差検証精度(UCLAとNYCのプロトコル間)は79%、そして発症早期のサイコーシス患者の会話と健康な人の会話との区別の精度は72%であった。
分類因子は、これまでに特定された手動の言語予測因子との高い相関を示した。この知見は、精神病性障害のあらゆる病期において生じる会話の意味や文構造の障害を特徴づける自動自然言語処理法が、有用かつ妥当であることを裏付ける。次の段階は、より大規模なリスクコホート研究で再現性をさらに検証すること、英語以外の言語においても分析を試みること、正常からの変異の源を特定することになるであろう。この技術には、超ハイリスク群の若者におけるサイコーシスの発症予測精度を向上させ、治療と予防的介入のための言語的なターゲットを特定できる可能性がある。より広い視点から見るならば、自動言語分析は、神経精神医学分野全体において、診断と治療の強力なツールになり得るだろう。

<要旨>
サイコーシスでは、会話の意味の一貫性や文構造の複雑さをはじめ、言語の構造そのものが障害される可能性がある。本稿では、リスクコホート研究において、自動自然言語処理分析法を交差検証し、サイコーシスの会話内容を健康な人の会話内容から区別することを目的とした。その結果、高い正確度をもつ自動機械学習言語分類を特定することができ、これによって、サイコーシスのリスクがある若者に対する、サイコーシス発症への予防的介入と治療の向上が期待される。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Income inequality and depression: a systematic review and meta‐analysis of the association and a scoping review of mechanisms
所得格差とうつ病:関連性についてのシステマティックレビューとメタアナリシス、機序についてのスコーピングレビュー

<抄録>
過去30年の間に、多くの国において著しい所得格差の増大が見られた。本稿では、所得格差はうつ病の有病率と関連があるのかという問題と、関連がある場合には、それを説明しうる機序や過程の解明に取り組んでいる。我々のシステマティックレビューには26の研究が含まれており、その多くが高所得国における研究である。全研究のおよそ3分の2と6つの縦断研究のうち5つが、所得格差とうつ病のリスクの間の統計学的に有意な正の相関を報告し、1つの研究だけが有意に負の相関を報告していた。メタアナリシスには12の研究が含まれ、経済格差の高低で分けた2つのグループについて解析した。プール解析の結果、リスク比は1.19(95% 信頼区間: 1.07-1.31)で、この解析結果は所得格差の大きい集団が所得格差の小さい集団と比較してうつ病のリスクが高いことを示している。複数の研究が、女性や低所得集団が所得格差の影響を受けやすいなどのサブグループの影響を報告している。この関連性を説明するために、我々は国レベル(ネオマテリアル仮説)、近隣社会レベル(ソーシャル・キャピタル、社会的比較仮説)、個人レベル(精神的ストレス、社会的敗北仮説)で作用する機序による生態学的枠組みを提示する。これらの解析の結果、我々は、政策立案者は累進課税制度や最低所得保障など、所得格差を狭めるための行動を積極的に促進すべきだと考える。メンタルヘルスの専門家はそうした政策を支持すべきである。同時に、青年期に生活技能を身に着けさせることや、貧困や所得格差が大きい状況における効果が立証されている精神療法や一連のケアを提供するなど、うつ病に至る過程や個人レベルの決定要因を標的とする介入の提供を進めるべきである。

<要旨>
本稿では、メンタルヘルスの社会的決定要因としての所得格差に着目し、うつ病と所得格差の関連性についてシステマティックレビュー、メタアナリシスを行った。解析の結果、所得格差およびその大きさとうつ病のリスクとの間に正の相関関係が示された。また本稿では、所得格差がうつ病リスクを高める機序についてのスコーピングレビューも行っており、国、近隣社会、個人の3つのレベルで所得格差が影響する仕組みを説明する「生態学的モデル」を提唱している。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Psychotherapies for depression in low‐ and middle‐income countries: a meta‐analysis
低・中所得国におけるうつ病に対する精神療法のメタ解析

<抄録>
うつ病に対する精神療法の多くは北米、欧州、豪州と西洋諸国の高所得国において開発されてきた。非西洋諸国におけるこれらの治療の有効性を検証したランダム化比較試験は増加傾向にある。我々は、これらの精神療法が有効か否かの検証と、西洋諸国および非西洋諸国からの報告間における治療効果を比較するためにこれらの報告のメタ解析を行った。我々は書誌データベースで系統的検索を行い、253のランダム化比較試験を組み入れ、うち32が非西洋諸国で行われたものであった。非西洋諸国における精神療法の治療効果は大きく(g=1.10; 95% CI: 0.91-1.30)、異質性は高かった(I2=90; 95% CI: 87-92)。出版バイアス補正後、効果量はg=0.73 (95% CI: 0.51-0.96)に低下した。サブグループ解析において現地の状況への適応は効果量と関連していなかった。西洋諸国における報告との比較で、患者・治療・報告の背景を補正後も治療効果は有意に非西洋諸国で高いことが示された。非西洋諸国におけるこれらの大きい効果量は、治療が確かにより有効であるという真の差を反映しているのかもしれないし、非西洋諸国における通常加療のコントロール群ではケアが提供されていないことを意味するのかもしれないし、この分野では比較的質の低い研究が多いためかもしれない。本研究によれば、西洋諸国で開発された精神療法は、非西洋諸国において、より有効かそうではないにしても少なくとも同等には有効であり、従ってこれらの国々においても有用であると言える。

Key words: Depression, psychotherapy, low- and middle-income countries, care-as-usual, meta-analysis
キーワード:うつ病、精神療法、低・中所得国、通常加療、メタ解析

<要旨>
うつ病に対する精神療法の多くが西洋の高所得国において開発されてきた背景を紹介し、非西洋諸国の低所得国および中所得国におけるそれらの有効性を検証したメタ解析である。非西洋諸国における報告は不均質性が高いものの、様々な背景因子で補正後も精神療法の治療効果は大きく、少なくとも西洋諸国と同等以上に有効であることが示唆されている。

〔翻訳:高松 直岐〕

Insights

Reward‐related cognitive vulnerability to bipolar spectrum disorders
双極スペクトラム障害における報酬依存型認知の脆弱性

<要旨>
双極スペクトラム障害(Bipolar spectrum disorders; BSDs)の患者は、報酬依存型(reward-relevant)の認知スタイルを持つことが知られている。この認知スタイルは、BSDsの発症しやすさ、発症年齢の早さ、発症後の軽躁並びに躁症状の再発しやすさを予測することが示されている。報酬過敏性理論では、報酬系が過度に活性化および不活性化しやすい傾向をBSDsの脆弱性だと考えるが、この報酬系の過敏性の強さは、報酬依存型の認知スタイルの発達に影響するのかもしれない。さらにこのようなBSDsの脆弱性は、野心的な目的邁進型(ambitious goal-setting)の認知スタイルにも当てはまる。これらの認知スタイルに着目することで、BSDsの発症及び再発の予防や、特定のスキームに対象を絞った認知行動療法による治療が可能となるだろう。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Prevention of child maltreatment: strategic targeting of a curvilinear relationship between adversity and psychiatric impairment
児童虐待の予防:虐待に関連する精神障害に対する介入

<要旨>
児童虐待は精神障害の生涯発症に最も影響がある因子である。児童虐待は予防可能のはずだが、高所得国で人口の15%近くに認められ、25%程度の児童の精神病理に寄与していると考えられている。筆者は、近年虐待を予測する指標の開発が大きく進歩したことや、効果的介入法やタイミングについての科学的エビデンスが発展したことを受け、行政・保健システムが、効果的かつ費用対効果の高い介入を、発達上影響が大きい時期における様々なリスクに対して提供する好機であると述べている。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Mental health of children living in war zones: a risk and protection perspective
戦争被災児童の精神衛生について:リスクと予防についての展望

<要旨>
戦地における外傷的体験は児童にとって、PTSDやうつといった精神疾患のみでなく、行動障害や適応障害などの様々な発達上の問題を生み、家族や友人関係を台無しにしたり、結果として経済的、社会的苦境に陥ったりすることがある。筆者はこうした戦争被災児童の問題を理解し、適切な対応をするために、家族やコミュニティを含む社会生態学的観点の重要性を提示している。特に家族の役割を大きく取り上げ、ストレス要因が多い戦争被災児童にとって、家族の関わりは更なるリスクにも、レジリエンスを育む保護的要因にもなりうることを強調し、被災地域における個人レベル、家族レベル両方のアプローチの必要性を示唆している。

〔翻訳:森本 佳奈〕

Hikikomori: experience in Japan and international relevance
ひきこもり:日本における経験と国際的な意義

<要旨>
日本で1990年代後半から社会現象となっている「ひきこもり」は、今や日本文化特有の現象ではないことが、国際的に認識されつつある。「ひきこもり」と関連する精神疾患には何らかの共通した精神病理が存在すると思われる。筆者らは「ひきこもり」への早期介入のために両親への心理教育が不可欠であると考えている。今後診断基準や評価ツールの開発が求められる。

〔翻訳:入來 晃久〕

Letters to the Editor

Psychosis‐risk criteria in the general population: frequent misinterpretations and current evidence
一般人口におけるサイコーシスのリスクの基準:よくみられる誤解と現在のエビデンス

<要旨>
「症状評価による精神病リスク基準(とりわけAttenuated psychotic symptoms (APS)、brief intermittent psychotic symptoms (BIPS)、cognitive disturbances (COGDIS))は有意に精神病発症リスクと関連していること」、「特定の心理学的・薬物療法による介入は精神病発症への移行を減少させること」はいくつもの豊富なエビデンスで示唆されている。一方でそれらを通じた精神病発症への予防的アプローチはしばしば疫学的な見地より批判されるが、それは臨床所見や疫学的知見に対する偏見や誤解に起因しており、現在得られているエビデンスについて合意が成立していないわけではないと結論づけている。

〔翻訳:澤頭 亮〕

Bridging the dichotomy of actual versus aspirational digital health
デジタルヘルスの現実と可能性の橋渡し

<要旨>
デジタルヘルス(例えば、アプリを用いた疾患介入)に関する議論を、既に実現しているものと、これから実現可能になるだろうという提言に、はっきり分けることは難しい。両者をスペクトラムとして捉え、どこに位置するか、を考えることが必要である。その際、研究参加者と実際の使用者との相違、そして、成果を得るために用いられたインセンティブ、の2点に着目することの必要性が述べられている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Compulsive sexual behaviour disorder in the ICD‐11
ICD-11における強迫的性行動障害

<要旨>
強迫的性行動は、過去10年間、「精神および行動の障害」として分類されるべきか議論されており、強迫的性行動障害の発症様式と経過は、行動嗜癖や依存症と同様であるとはまだ言えないため、ICD-11では、「物質使用または嗜癖行動による障害」の分類ではなく、「強迫的性行動障害」として「衝動制御の障害」に分類することが提案されている。ICD-11に収載されることで、診断の一貫性が向上し、患者を治療につなげ、恥や罪悪感を軽減させる良いツールとなると考えられる。

〔翻訳:入來 晃久〕

Decline in suicide mortality after psychiatric hospitalization for depression in Finland between 1991 and 2014
1991年から2014年におけるフィンランドのうつ病による精神科病院入院後の自殺既遂率の減少

<要旨>
うつ病で初回入院となった患者を長期にわたり(中央値10年、最長24年)観察した、フィンランド国民のコホート研究である。退院後3年以内の自殺率を1991年と比較すると、2014年には約半分となったデータが示されている。この観察期間中にフィンランドでみられた様々な変化や取り組みが紹介されていて、このような結果はうつ病の自殺予防の努力を励ますものであると結論している。

〔翻訳:高松 直岐〕

Complex PTSD and its correlates amongst female Yazidi victims of sexual slavery living in post‐ISIS camps
イラク・シリア・イスラム国(ISIS)キャンプに捕らえられていたヤズィーディ教の元捕虜女性のCPTSD(複雑性PTSD)と関連因子

<要旨>
イラク・シリア・イスラム国(ISIS)キャンプに捕らえられていた、ヤズィーディ教の元捕虜女性のPTSD(心的外傷後ストレス障害)とCPTSD(複雑性PTSD)を評価した予備的研究が紹介されている。probable PTSDは50.9%に、probable CPTSDは20.0%に認められ、他の捕虜や性的虐待のみの場合よりもCPTSDの割合が多いとされた。また、CPTSD群においてISISキャンプ後のストレス値が有意に高いことも示され、CPTSDへの適切な介入の必要性が述べられている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Mental health policies in Commonwealth countries
英連邦諸国におけるメンタルヘルスポリシー

<要旨>
WHOは、2020年までに世界の80%の国々で精神保健政策を作成ないし更新することを、目標に掲げている。2014年にこの数値は68%に達したと報告されているが、英連邦諸国においては48%に留り、その約7割は2011年以前に制定されたものであることから、政策が更新されていない状況が伺われ、その要因と課題について考察されている。

〔翻訳:澤頭 亮〕

Chance of response to an antidepressant: what should we say to the patient?
抗うつ薬の有効性:患者への説明はどうあるべきか

<要旨>
患者に抗うつ薬の有効性を説明する際に治療必要数(NNT)を用いるべきではないことを主張した内容である。NNTは任意の事象を反応あり・なしで二分化した際に計算して得られる抽象的な指標であり、多面的な性質を特徴とする多くの精神疾患において、必ずしも、個人にとっての有益性を示唆するものではないことが述べられている。

〔翻訳:高松 直岐〕

WPA News

WPA‐WHO Africa Mental Health Forum – recommendations and position statement
WPA-WHO アフリカメンタルヘルスフォーラム--提言と合意

<要旨>
WPA Action Plan 2017-2020が公表されているが、このAction Planをアフリカにおいて達成するのに役立つと思われる合意が、2016年11月に南アフリカのケープタウンで開かれた、“WPA‐WHO Africa Mental Health Forum”で発表された。このWPAニュースには、4つのパネルディスカッション(1.リーダーシップとガバナンス、2.健康と社会サービス、3.予防と促進、4.情報、エビデンス、そして研究)に基づく提言が紹介されている。

〔翻訳:中神 由香子〕

WPA Scientific Sections activities in the triennium 2014‐2017
2014-2017年におけるWPA分科会の活動

<要旨>
2014年から2017年までの3年間でWPA Scientific Sectionsは活躍の幅を大いに広げた。この期間にはこれまで同様、レポート、ガイドライン、ジャーナル、ブリティン等の出版物も数多く発表し、いくつもの学術的および教育的活動が開始された。Scientific Sectionsが今後

もその専門性を持ってWPAを導き、サポートしていくためには、WPAの加盟団体やZone representative(地域評議員)による励ましが必要である。

〔翻訳:澤頭 亮〕

WPA scientific publications in the triennium 2014‐2017
2014-2017年におけるWPAの出版活動

<要旨>
2014年から2017年までの3年間、WPAの学術出版は多忙に、非常に生産的な活動を行った。2014年にWPA会長のD. Bhugraに任命された学術出版委員会は、発展途上国におけるキャパシティ・ビルディングに重点をおき、WPAの加盟国における研究や出版を促進する役割を担ってきた。委員会の主な活動と業績が紹介されている。

〔翻訳:澤頭 亮〕

ICD‐11 sessions in the 17th World Congress of Psychiatry
第17回世界精神医学会総会におけるICD-11に関するセッション

<要旨>
2018年5月の世界保健総会で承認が見込まれているICD-11に関する、第17回世界精神医学総会における発表がまとめられている。実臨床における精神科的診断の有用性を高めることがICD-11の主目的であり、2大診断システムであるICDとDSMの調和が目指された。本稿は、なお残るICDとDSMの相違点についてまとめている。また、新しい診断システムの信頼性・臨床的有用性などを評価するためのフィールドスタディも紹介されている。

〔翻訳:中神 由香子〕

 

翻訳協力者一覧

【監訳】
 秋山 剛    NTT東日本関東病院

【翻訳】
 認定NPO法人  日本若手精神科医の会(JYPO)会員 http://jypo.or.jp/
 澤頭 亮   北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室
 中神 由香子 京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)
 茅野 龍馬  WHO(世界保健機関)健康開発総合研究センター
 高松 直岐  多摩あおば病院
 川竹 絢子  京都大学医学部医学科5年
 藤岡 真生  東京大学大学院医学系研究科 精神医学分野
 安藝 森央  公立豊岡病院組合立 豊岡病院 精神科
 森本 佳奈  京都大学医学部附属病院精神科神経科
 入來 晃久  大阪精神医療センター

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