公益社団法人 日本精神神経学会

English

学会活動|Activities

Volume 16, Number 2, June 2017

更新日時:2017年10月17日

Editorials

Shared decision making: everyone wants it, so why isn't it happening?

本稿は、精神医学における共有意思決定(Shared Decision Making: SDM)の有用性と、実践における課題を、その短期的・長期的アウトカムに関するコクラン・レビューの紹介と共に総説している。欧米の最新の知見を参考に、昨今その重要性が注目されているSDMに関して、「医療従事者によくある誤解」と「広く実践するための戦略」などを含めて包括的に述べている。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Migration and psychosis: our smoking lung?

本稿では、移住・移民とpsychosisの関係について、英国におけるBlack and Ethnic Minority (BME)のpsychosis発症リスクが多数派の白人に対して最大10倍にものぼること、リスクは移住した第一世代だけでなく第二、第三世代にもおよぶことなどを紹介すると共に、考えられる様々な要因についてこれまでの歴史と最新の知見とを参照しながら論じている。リスクの要因を特定できれば英国内のBMEの2/3のpsychosisを予防できる可能性などを含め、本研究領域の重要性と将来性、そして精神医学研究の責任について論じている。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Special Articles

Etiology in psychiatry: embracing the reality of poly‐gene‐environmental causation of mental illness

<要旨>
本稿は、近年の分子遺伝学研究、疫学研究等によって、精神疾患に関わる多くの遺伝因子、環境因子が明らかになってきている事実に鑑み、精神医学における病因解明には、単一の因子ではなく、多数の因子を総合的に考慮する必要があること、その評価法、解析法の確立が求められていることを論じ、精神医学における病因論の再編の必要性を示唆している。

「精神医学における病因論:精神疾患の多遺伝子・環境因果論の現実と向き合う」

精神疾患の遺伝因子、環境因子に関する興味深い知見が、精神疾患の病因論再編の必要性を示唆している。
分子遺伝学では、数千の コモンバリアント、レアバリアント が精神疾患に寄与することが分かっており、疫学研究によって精神病理に関わる多くの環境因子が明らかになっている。
遺伝子・環境相互作用という用語にみられるように、疾患に対する環境の影響は遺伝因子に左右されるようであり、環境・環境相互作用という用語にみられるように、環境因子の影響はまた、過去の環境への暴露に左右される。
既に知られている遺伝因子、環境因子の多くは複数の精神疾患で共有されている。特に統合失調症、双極性障害、大うつ病性障害は病因的に密接に結びついている。
双子研究、分子遺伝学、疫学研究におけるこれまでの知見から、遺伝因子、環境因子を総合的に考慮する方が、個々の遺伝因子、環境因子を研究するよりも、病因解明に大きく寄与することが示唆されている。
これまでの遺伝・環境因子に関する研究はまだ部分的にしか解明していないが、精神疾患の多くに関わる遺伝メカニズムは、多数の遺伝子・環境相互作用が要因となっていると考えられる。
今後の研究に期待されるのは、精神障害を横断的に俯瞰し、人生の最初の20年に注目を置きつつも、人生全体を通じた複数の遺伝因子・環境因子を考慮した多重因果関係を解明することである。
遺伝子・環境相互作用、環境・環境相互作用等を含む多因子の統合的解析によって、新しい予防法や治療法の開発につながる病因類型や病因メカニズムの解明の糸口が見出せるだろう。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

The contemporary refugee crisis: an overview of mental health challenges

<要旨>
現代の難民危機について精神保健における課題の概要が論じられている。難民の精神保健分野の研究における発展、概念モデル、心理社会的介入、政策について検討され、精神保健資源が最も限られた場所に在住する、多くの難民に対する包括的ケアの重要性とそれを実現するにあたる問題点や課題が取り上げられている。

「現代の難民危機:精神保健における課題の概要」

世界中でかつてない数の難民の急増を認めており、その多くは精神保健資源が限られた低所得国に発生している。本論文では、難民の精神保健分野の研究における発展、概念モデル、心理社会的介入、政策などの現在の課題について検討する。横断的疫学研究による有病率データでは、状況的なストレスと明らかな精神疾患とをはっきり区別することができないが、この欠点は縦断的研究で対処できる可能性がある。現在発展しつつある生態モデル的な研究では、個人を超え夫婦や家族に至る、過去のトラウマ体験、継続する日常的なストレス要因、背景となる心理社会的基幹システムの崩壊の間の動的な相互関係に照準を合わせる。専門職でないカウンセラーによる構造化された短期心理療法が、心的外傷のストレス反応に対して短期的には幅広く有効であることが示されているが、このような介入が果たして資源が限られた状況でも維持できるか、また、複雑な症例においても同様に有効であるかについては疑問が残る。理想的には、社会的および心理療法的介入、一般的な精神保健サービス、リハビリテーション、脆弱者のための専門プログラムなど、多数のプログラムが包括的に提供されるべきである。サービスの持続可能性、最善の質の確保、エビデンスに基づいた取り組み、公平なアクセスの促進が、将来の発展における目標であるが、精神保健資源や技術が最も不足している場所に多くの難民が在住することを考慮するとき、これは非常に大きな課題である。

キーワード:難民、移住、亡命希望者、生態モデル、(心的)外傷、ストレス、精神保健、心的外傷後ストレス障害、うつ病、社会的介入、短期心理療法

〔翻訳:高松 直岐〕

Perspectives

The clinical relevance of appraisals of psychotic experiences

本稿では、パラノイアをはじめとしたpsychosisについて、様々な背景に起因するpsychotic experienceに対する本人の解釈の変遷が発症の要因となっていること、psychosisに対する認知行動療法 (cognitive-behavioural therapy for psychosis: CBTp) が予防、治療に有用であることを述べ、その実践のポイントが概説されている。著者の研究グループが開発中のデジタルCBTp「SlowMo」やその携帯アプリについても紹介している。

〔翻訳:茅野 龍馬〕

Mating, sexual selection, and the evolution of schizophrenia

統合失調症を進化論の見地からみた内容である。統合失調症に関連する遺伝子変異は低い出生率に代表される自然選択上の弱点を持ちつつも、統合失調症性(Schizotypal)特性における言語獲得が交配に優位に働きかけるという個体の適応度を考えた、性選択モデルが紹介されている。また、個体はおかれた環境における最適な資源の配分戦略をもっていると考える生活史理論を用いた議論も展開されている。

〔翻訳:高松 直岐〕

Validity and utility of the general factor of psychopathology

精神病理における一般因子について、その妥当性と有用性が議論されている。内在化・外在化因子の相関は精神病理における一般因子で説明可能であることを提示し、それにより現在と将来の適応機能を予測できる可能性を示唆している。また、精神病理における因果分類を提唱し、多様な精神病理の病因がどのように概念化・研究されているかについて、大きな変更の必要があると提案している。

〔翻訳:高松 直岐〕

Neuroticism is a fundamental domain of personality with enormous public health implications

性格特性における5因子モデルのうち、基本的な構成要素の一つである神経症的傾向がもたらす公衆衛生上の影響について論じられている。神経症的傾向は、精神的かつ身体的な健康問題に幅広く影響を与え、多くの有害なアウトカムの発症に寄与するとされている。長らく性格特性の一つとして認識されてきたが、近年では人格障害や精神病理の領域でより広く認識されてきていることが述べられている。

〔翻訳:高松 直岐〕

Forum – Shared Decision Making in Mental Health Care

Implementing shared decision making in routine mental health care

<要旨>
メンタルヘルス分野における共有意思決定(Shared Decision Making:SDM)が近年重要視されてきているにも関わらず、その実施が限局的であることについて、技術的、文化的、倫理的な視点からその問題を指摘している。SDMの実施には、患者が価値観について話すのをためらうことや、専門的知識の差、治療費の制約、医療者の判断を尊重する文化など、複雑な問題が関わっているが、これらの問題に取り組み、SDMの実施を推進していくことを提唱している。

「日常のメンタルヘルスケアにおける共有意思決定の実施」

メンタルヘルスケアにおける共有意思決定(Shared Decision Making: SDM)では、医療者と患者が一緒に治療方針に関する意思決定をする。
これまでにSDMの重要な構成要素が確認され意思決定サポートツールが開発され、政策レベルではメンタルヘルスにおけるSDMが推奨されている。
しかし、SDMの実施は、まだ一部にとどまっている。
SDMを推奨する理由として、以下の2つがよくあげられる。
1つ目は臨床的な理由で、SDMによって治療成績が向上するというものだが、実証研究によるエビデンスの裏付けはまだ十分ではない。
2つ目は倫理的な理由で、SDMは1つの権利である、というものだが、医療者は、生命倫理の四原則の、自律尊重原則・正義原則と善行原則・無危害原則のバランスを考える必要がある。
また、SDMは“ポリバレント”である、と言われている。“ポリバレント”とは、社会学の概念で、表面的で深くない合意が、立場が異なる利害関係者間で行われる、というものである。
日常のメンタルヘルスサービスの中でSDMを実施することは、技術的な課題であると共に、文化的な課題でもある。
具体的には、以下の3つの課題が存在する。1つ目は質の高い意思決定サポートツールを普及させること、2つ目はSDMと他のリカバリーをサポートする介入を統合させること、3つめは患者が市民権を標準的な権利として期待するという文化的変化に対応することである。
メンタルヘルスにおけるこうした文化的変化への対応を示唆するものとして、ソーシャル・マーケティングと接客サービス業の2つのアプローチが考えられる。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Commentaries

Shared decision making: a consideration of historical and political contexts

精神科医療における共有意思決定(Shared Decision Making :SDM)を進める上での課題に関するM.Sladeの広い分野にわたる考察に対し、より医学的な文脈での解釈を加えた論評である。前半はSDMが提唱されるに至った歴史的背景を解説し、後半はSDMの実施に関する政策上の困難について述べている。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Involvement in decision making: the devil is in the detail

メンタルヘルスケアの共有意思決定(Shared Decision Making :SDM)において、患者と医療者間で表面的な意思共有が行われてしまう、というM.Sladeの問題提起に対し、その原因及び解決策について議論し、SDMの本質やSDMにおいて医療者が取るべき態度について述べている。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Psychiatric practice: caring for patients, collaborating with partners, or marketing to consumers?

メンタルヘルスケアにおける共有意思決定(Shared Decision Making :SDM)の実施を促すM.Sladeの考察に対し、各論点の問題点を端的に指摘しながら、SDMが過度に重視されることへの警鐘を鳴らした論評である。メンタルヘルスケアにおいて、大切なのは患者の意思の尊重なのか、治療なのか、ケアの在り方を問い直している。

〔翻訳:川竹 絢子〕

Common sense alone is not enough

Sladeの提案している精神保健医療における共有意思決定に対して批判的な意見が述べられている。共有意思決定という曖昧で一般的な用語では何が具体的に求められているかが分かりにくいこと、加えて患者と医療者とのコミュニケーションこそが精神保健医療の本質であり、それを改善する事が最も効果的な治療法かつ重要であると論じられている。

〔翻訳:福嶋 翔〕

Shared decision making in mental health care settings: Perspective, purpose and practice

精神保健医療における共有意思決定の重要性を認めながらも、臨床に実用的な水準で普及するためにはまだ現実的ではないと指摘している。実践的に行う方法として、5段階のSHAREアプローチの他に具体的な職場におけるいくつかの環境調整の方法が述べられている。

〔翻訳:福嶋 翔〕

Incorporating shared decision making in mental health care requires translating knowledge from implementation science

筆者は、Sladeが提案している共有意思決定を評価しつつも、さらなる発展や継続、社会への浸透などが課題であると指摘している。これらの課題に対して、行動科学や心理学、コミュニケーション、経済学など基礎科学の応用を挙げており、さらには、ホスピタリティ産業を参考に実践適応科学を取り入れることなどを提言している。

〔翻訳:福嶋 翔〕

Mental health shared decision making in the US

米国のメンタルヘルスケア領域におけるshared decision making (SDM)の現状について報告し、警鐘を鳴らす解説である。米国ではヘルスケアにも利益が重視され、利益を生み出しにくい、疾患の予防や社会的なセーフティネットの構築は軽視されがちである。そのため、精神疾患をもつ人は、ほとんど社会サービスを受けることができない。米国においてSDMに立ちはだかる壁は高い。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Research Reports

Prevalence, incidence and mortality from cardiovascular disease in patients with pooled and specific severe mental illness: a large‐scale meta‐analysis of 3,211,768 patients and 113,383,368 controls

<要旨>
統合失調症や双極性障害、大うつ病性障害など重篤な精神疾患をもつ人の心血管疾患のリスクに関する大規模メタ解析を行った。心血管疾患および心血管疾患関連死亡のリスクが有意に高く、要因として肥満指数の上昇や抗精神病薬の使用、心血管疾患の有病率が指摘されている。臨床的にも大変実用的な論文である。

「特定の重篤な精神疾患患者における心血管疾患の有病率や発生率、死亡率:患者3,211,768人と対照者113,383,368人の大規模なメタ解析」

重篤な精神疾患(統合失調症や双極性障害、大うつ病性障害)をもつ人は、心血管疾患のリスクがあるように思われるが、十分なメタ解析は行われていない。我々は、重篤な精神疾患患者(N=3,211,768)の心血管疾患(冠状動脈性心疾患、脳卒中、一過性脳虚血発作や脳血管疾患、うっ血性心不全、末梢性血管疾患)の有病率や発生率、心血管疾患関連死亡を対照群(N=113,383,368)と比較した大規模メタ解析を行った(92の研究)。重篤な精神疾患患者(平均50歳)における全体の心血管疾患の有病率は、9.9%(95% CI: 7.4-13.3)であった。横断研究において、7個の交絡因子を中央値で補正し比較すると、患者群では対照群と比較して有意に心血管疾患のオッズは高かった(オッズ比,OR=1.53,95% CI: 1.27-1.83; 11の研究)。また、同様に冠状動脈性心疾患(OR=1.51, 95% CI: 1.47-1.55)と脳血管疾患(OR=1.42, 95% CI: 1.21-1.66)もオッズは高かった。統合失調症患者が冠状動脈性心疾患、脳血管疾患とうっ血性心不全の危険が高い一方で、大うつ病性障害患者は冠状動脈性心疾患の危険が高かった。中央値で8.4年(範囲:1.8-30.0)の追跡期間の間、重篤な精神疾患患者における心血管疾患の累積罹病率は、3.6%(95% CI: 2.7-5.3)であった。縦断研究では、6個の交絡因子を中央値で補正した後、重篤な精神疾患患者は対照群と比較して有意に心血管疾患の発生率が高かった(ハザード比, HR=1.78, 95% CI: 1.60-1.98; 31の研究)。冠状動脈性心疾患(HR=1.54, 95% CI: 1.30-1.82)や脳血管疾患(HR=1.64, 95% CI: 1.26-2.14)、うっ血性心不全(HR=2.10, 95% CI: 1.64-2.70)、心血管疾患の関連死(HR=1.85, 95% CI: 1.53-2.24)においても、発生率は高かった。大うつ病性障害や双極性障害、統合失調症の患者において、心血管疾患関連死亡のリスクは対照群と比較して高かった。抗精神病薬の使用(p=0.008)、高い肥満指数(p=0.008)、追跡開始時の心血管疾患の有病率(p=0.03)は患者群と対照群の比較において心血管疾患の発生率を増加させていた。加えて、より最近行われた研究においては心血管疾患の発生率(p=0.21)ではなく有病率(p=0.007)が増加していた。この大規模メタ解析により、重篤な精神疾患患者は心血管疾患および心血管疾患関連死亡のリスクが有意に高いこと、肥満指数の上昇、抗精神病薬の使用、心血管疾患の健診および管理について迅速な臨床的注意が必要なことが証明された。

〔翻訳:福嶋 翔〕

Has the rising placebo response impacted antidepressant clinical trial outcome? Data from the US Food and Drug Administration 1987‐2013

<要旨>
抗うつ薬の臨床試験が失敗する背景に、プラセボ反応が上昇する可能性が挙げられる。この現象は近年の試験でも当てはまるのか?それを調べるために、1987年から2013年までの85の抗うつ薬の臨床試験を調べたところ、プラセボ反応の大きさは2000年以前の臨床試験と比べて上昇していたが、抗うつ薬への反応も同様に上昇しており、プラセボ反応の大きさの関与は乏しいと示唆された。

「プラセボ反応の上昇は抗うつ薬の臨床試験の結果に影響を与えてきたのか? 1987年から2013年までの米国食品医薬品局のデータから」

15年以上前に、抗うつ薬の臨床試験の失敗率の高さが指摘され、このネガティブな結果に、プラセボ反応の上昇が関連していると考えられた。
しかし、より最近の抗うつ薬の臨床試験においては、このプラセボ反応の現象と、それが臨床試験の結果にどう関連するかについて、多くの議論が繰り広げられている。
これについて調べるために、我々は、1987年から2013年の間に承認された16種類の抗うつ薬についての、米国FDA(食品医薬品局)によるレビュー(85の試験, 115の試験群, 23,109人の患者)にアクセスした。
我々は、プラセボ反応や抗うつ薬への反応の大きさ、抗うつ薬とプラセボの治療効果の差だけでなく、効果量と成功確率を計算し、これらの値の経時的な比較を行った。
探索的研究として、臨床試験のデザインと実施について、経時的な変化がみられるかについて調べた。
予想通り、プラセボ反応は、過去30年間で徐々に上昇しており、2000年以降で6.4%上昇した(r=0.46, p<0.001)。
ところが、予想に反して、抗うつ薬への反応も、同様に上昇していた(6.0%, r=0.37, p<0.001)。
そのため、効果量(0.30 vs 0.29, p=0.42)も、抗うつ薬とプラセボの治療効果の差(10.5% vs 10.3%, p=0.37)も、統計学的には、同等のままであった。
さらに、治療効果がプラセボ群より有意に大きかった試験群の割合は過去15年間で(47.8%から63.8%へ)上昇していたものの、この割合の差は統計学的に有意な水準には至っていない。
過去に低いプラセボ反応と関連づけられた臨床試験デザインの要素は、その後の臨床試験には用いられていないため、このような要素とプラセボ反応との関連性は再現できていない。
最近の34の臨床試験のうちの2つの試験でインタビュー技術が強化されたが、いずれの試験も成功しなかった。
本研究の結果は、プラセボ反応の大きさと抗うつ薬の臨床試験の結果との関係は、高く見積もったとしても、弱いものでしかないと示唆している。
さらにこのデータによって、過去13年にFDAによって承認された16種類の抗うつ薬すべてにおいて、抗うつ薬とプラセボとの治療効果の差はほとんど同じであることが示された。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Risk of suicide, deliberate self‐harm and psychiatric illness after the loss of a close relative: A nationwide cohort study

<要旨>
近親者との死別後の、自殺・故意の自傷・精神疾患のリスクを調査したデンマークの大規模研究である。死別1年以内に、過去に精神疾患の診断を受けた3人に1人が、自殺・故意の自傷・精神疾患のいずれかを経験するなど、脆弱性を有する群で、特にリスクが高いことが判明し、ハイリスク群の早期発見の必要性が示されている。

「近親者との死別後の、自殺・故意の自傷・精神疾患のリスク:全国規模のコホート研究」

近親者との死別はよくみられる出来事であるが、これに関連して精神的健康へ深刻な影響が発生するリスクが増加する。亡くなった人と残された人の関係性の意義に関する、性別や年齢を考慮した大規模研究は、これまで行われていない。我々は、子ども・配偶者・兄弟・親を亡くした18歳以上のすべての人を対象とした、4つのサブコホートにおける1995年から2013年までの登録情報を用いて、デンマークの全国規模のコホート研究を行った。1,445,378人の死別した人が確認され、死別経験者1名に対して、死別を経験していない5名が、性別・年齢・家族構成でマッチングされた。自殺・故意の自傷・精神疾患の累積発生割合を計算し、差を推定した。潜在的交絡因子で調整しCox比例ハザードモデルを用いてハザード比を計算した。その結果、死別から少なくとも10年間、特に死別後の初年度には、自殺・故意の自傷・精神疾患のリスクが上昇していた。死別初年度において、子どもを亡くした1000人においては18.9イベント(95% 信頼区間: 17.6-20.1)、配偶者を亡くした1000人においては16.0イベント(95% 信頼区間: 15.4-16.6)のリスク差があった。子供、若い人、自殺や殺人や事故による突然死による死別後に、特に高いハザード比が認められた。過去に精神疾患の診断を受けた3人に1人が、死別1年以内に、自殺・故意の自傷・精神疾患のいずれかを経験していた。結論として、自殺・故意の自傷・精神疾患のリスクは、近親者との死別後、特に、脆弱性を有する群において高くなることが判明した。近親者との死別後に、メンタルヘルスが深刻な結果となるリスクを減らすために、適応に困難を示す高リスクな人々を早期に確認する必要性が示された。

キーワード:死別、自殺、故意の自傷、精神科入院、子どもを失うこと、突然死

〔翻訳:中神 由香子〕

Reappraisal

A critique of the “ultra‐high risk” and “transition” paradigm

<要旨>
閾値下の陽性症状は統合失調症に移行するため治療するべきであるという暗黙の固定観念を批評し、公衆衛生学的な見方の有用性を示した、日常診療に警鐘を鳴らす論文である。

「“超ハイリスク”と“移行”という固定観念への批評」

精神病体験は、よくみられる精神疾患(不安障害/うつ病/物質使用障害)において診断に関わらず予後不良因子であり、ごく少数ではあるが、実際に統合失調症の基準を満たす臨床像に発展する人もいる。
しかしながら、若年者にみられる多元的な精神病理の初期状態を統合失調症という色眼鏡を通して観察し、「リスク」「(統合失調症への)移行」という、単純かつ不必要で有効でない二項概念を適用することは、有益でも妥当でもないと考えられる。
「超ハイリスク(ultra-high risk (UHR))」、もしくは「臨床的ハイリスク(clinical high risk(CHR))」に関する文献を詳細にレビューすると、サンプルに極めて多様な症例が含まれており、多くは「ある程度の精神病体験がある、よくみられる精神疾患(不安障害/うつ病/物質使用障害)と診断された人」である。
精神病体験は、多元的な精神病理における重症度の(おそらく直接的な因果関係のない)マーカーであり、予後不良を招くことが疫学研究によって示されてきた。しかし、UHR/CHR研究における「リスク」と「移行」の概念は、陽性の精神病症状だけに基づいて限定的に定義され、多元的な精神病理について、ベースラインにおける相違が、どのように経過と予後に影響を与える可能性があるかを無視してきた。
UHR/CHR研究において、「リスク」「移行」という概念は、同じ次元のスケールで評価されているにも関わらず、恣意的に診断を変更するために使用されている。
実際には、UHR/CHRの研究における「移行」はUHR/CHRの評価「基準」そのものよりも、サンプル数を増やすための方策によって発生する。
さらに、多元的な精神病体験が自然に変動するといった偽陽性が除外されていないため、UHR/CHR研究における移行の割合は過大に推定されている。
したがって、UHRのサンプルに対するオメガ3多価不飽和脂肪酸の強い影響を提唱した初期の主張と同様、UHR/CHRと「移行」の生物学的関係はおそらく偽陽性として生じていると考えられる。
これまで、UHR/CHRの大規模な介入研究は、「移行」という疑わしい予後に焦点をあててきたが、機能的予後との相関を十分に示せていない。
心の健康問題について援助を求める全ての若年者に対して、psychosisの診断的次元のみに着目して「監視する」のではなく、あらゆる種類の精神病理を個別に考慮することが、より生産的であろうと思われる。
どちらかというと効率の悪い医療的なハイリスクアプローチではなく、スティグマが少なく、将来への高い期待が持てる、小規模で若年者に特化した環境へのアクセスを、受け入れやすい言語と介入で向上させるという公衆衛生学的な視点が、より有益で効率的な戦略であるかもしれない。

〔翻訳:大栁 有加〕

Insights

Treatment of people at ultra‐high risk for psychosis

ultra-high risk(UHR)は、精神病初発リスクが高い状態を指す。UHRへの治療の目的は、症状の管理と精神病移行リスクの減少である。しかし、UHRには多様性があり、背景として、異なる病態生理が想定される。介入に際して、UHRのサブタイプへの知見が重要であり、各々の病態生理仮説に根ざした新たな治療法の研究が現在進んでいる。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Persistent persecutory delusions: The spirit, style and content of targeted treatment

被害妄想の理解と治療にイノベーションが起こりつつある。著者らは、Feeling Safe Programmeという、患者ごとに個別化された治療法を提唱する。その治療戦略は、被害妄想の維持因子を1つ1つ分類し、次に患者が恐怖する状況に直面させることで、患者に今は安全であると学習させるというものである。その理念、方法、内容が紹介されている。

〔翻訳:藤岡 真生〕

Does neuroimaging have a role in predicting outcomes in psychosis?

psychosisの転帰を予測する上で、脳画像が役立つか、という視点から、これまで行われてきた研究と現在行われている研究に関してまとめられている。脳画像以外のデータとの組み合わせや、研究手法(横断・縦断、多施設・単施設)にも言及し、研究全体を概観している。

〔翻訳:中神 由香子〕

The role of expectations in mental disorders and their treatment

精神科治療においてプラセボ効果は大きいと考えられ、患者のexpectation(予期・予想)は治療成功の鍵となる。本論文では、精神疾患におけるexpectationの役割が議論され、一部の精神疾患はexpectation disorderといえるという興味深い見解が展開され、臨床的に、Expectationへの介入方法も示されている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Letters to the Editor

Why ultra high risk criteria for psychosis prediction do not work well outside clinical samples and what to do about it

Ultra high risk(UHR) 基準を利用したpsychosisの予測について論じたletterである。予測の正確度は対象群の検査前リスクに依存し、正確な予測のためには、リスクがある群を対象に選ぶ必要があると述べられている。同時に、検査前リスクの低い群を含む様々な対象群において予測を正確に行うための実用的な手法がいくつか示されている。

〔翻訳:中神 由香子〕

Drug use disorders: impact of a public health rather than a criminal justice approach

2016年の国連麻薬特別総会では、薬物政策について、有罪判決や処罰ではなく、公衆衛生の原理によるエビデンスに基づいたアプローチが強調された。このLetterは、国連薬物犯罪事務所とWHOが設立した非公式の国際科学ネットワークが推奨するアプローチについて述べており、薬物使用障害に関する最前線を学ぶことができる。

〔翻訳:大栁 有加〕

Prevention and early intervention for borderline personality disorder: a novel public health priority

このLetterでは、若年の境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder (BPD))に対する早期介入の重要性と、Global Alliance for Prevention and Early Intervention for BPDが求める臨床、研究、社会政策上の科学的根拠に基づく優先事項が、実践的に述べられている。

〔翻訳:大栁 有加〕

Integrated care for mental, neurological and substance use disorders in non‐specialized health settings: rising to the challenge

世界の中でも特に低・中所得国において、精神・神経・物質使用障害(mental, neurological, substance use (MNS) disorders)は疾病負担に大きな影響を与えている。このLetterでは、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジを実現するために、MSN disordersに対するサービスの拡充が最優先事項であり、非専門の医療提供者を対象としたmhGAP(メンタルヘルス・ギャップ・アクション・プログラム)介入ガイドが有用であることが述べられている。

〔翻訳:大栁 有加〕

Causes and predictors of premature death in first‐episode schizophrenia spectrum disorders

前号(World Psychiatry 2017年2月号)のForumで強調されたように、統合失調症スペクトラム障害患者の生命予後は、10-20年短い。本letterでは、4つの北欧診療圏で初回治療を受けた統合失調症スペクトラム障害患者281名を対象に10年に渡る前向き研究の結果から得られた早期死亡の原因と予測因子を報告し、精神病未治療期間の長さと物質乱用が総死亡率を有意に予測したとしている。早期介入につながる結果である。

〔翻訳:澤頭 亮〕

A reassessment of the relationship between depression and all‐cause mortality in 3,604,005 participants from 293 studies

うつ病と総死亡率の上昇リスクは関連しているという研究もあれば、そうでないという研究報告もあり、結果は一致していない。本letterでは、このテーマに関する293の先行研究の方法論に着目し、不一致が生じる原因を考察している。著者は293の研究の大半には方法上の問題があると指摘し、より厳密な研究の必要性を唱えている。

〔翻訳:澤頭 亮〕

WPA News

Report on WPA activities in the triennium 2014‐2017

WPA president Dinesh Bhugra先生より、2014年から2017年までのWPAの活動が報告されている。

News from WPA Scientific Sections

WPA secretary for sectionのAfzal Javed先生より、ここ数年のWPAの各セクションの活躍に関して報告されている。

WPA International Competency‐Based Curriculum for Mental Health Providers on Intimate Partner Violence and Sexual Violence Against Women

親密なパートナーからの暴力(Intimate partner violence:IPV)と性的暴力(sexual violence:SV)は個人レベルから社会全体のwellbeingにまで影響を与える全世界的な問題となっている。IPVやSVは種々の精神症状をもたらし、精神科患者の30%かそれ以上がIPVやSVを受けたことがあるというエビデンスがある一方で、メンタルヘルスの専門家の60%にはこの問題の知識が不足していると報告している。D. Bhugra主導のもと、この問題を扱うhealth provider向けの能力別カリキュラムが作成された。本稿ではその内容を一部紹介している。

〔翻訳:澤頭 亮〕

翻訳協力者一覧

【監訳】
 秋山 剛    NTT東日本関東病院

【翻訳】
 認定NPO法人 日本若手精神科医の会(JYPO)会員 http://jypo.or.jp/
 澤頭 亮      小樽市立病院 精神科
 中神 由香子  京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)
 大栁 有加   市立釧路総合病院 精神神経科
 茅野 龍馬   WHO健康開発総合研究センター
 高松 直岐   東京大学医学部付属病院 精神神経科
 川竹 絢子   京都大学医学部医学科4回生
 福嶋 翔    厚生会 道ノ尾病院
 藤岡 真生   東京大学大学院医学系研究科 精神医学分野

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