公益社団法人 日本精神神経学会

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見解・提言/声明/資料|Advocacy

「大阪児童殺傷事件」に関する理事会見解

更新日時:2015年2月24日

平成13年6月25日
社団法人 日本精神神経学会

理事長 佐藤 光源

今回の大阪児童殺傷事件は想像を絶する悲惨なものであり、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けた方々およびそのご家族に心か らお見舞いを申し上げます。
このような事件が再び繰り返されないように、万全の配慮と対策が講じられなくてはなりません。 しかし今回の事件は、いまだ事実関係が明らかとは言えず、本学会としては、真実の解明と被疑者の刑事責任能力について、精神鑑定、検察庁の判断、裁判所の審理等の推移に重大な関心をもっております。
また、このような事件の被害者の方々には、十分な心理的・精神医学的ケアが受けられるよう、本学会としても最大限の協力をしたいと思います。

 今回の事件に関連して、日本精神神経学会理事会として、以下の見解を表明します。

1. 現行法における司法と精神科医療システムの狭間にある問題点を、早急に見直す必要がある。

その問題点とは、次のようである。
重大事件の犯罪者が精神障害をもつ場合、障害による免責には、 ①検察官決定による不起訴処分、②裁判所の判決による心神喪失または心神耗弱がある。 心神喪失や心神耗弱で不起訴になった場合は措置入院となる場合が多く、起訴された精神障害者の中には減刑されて服役する者もいる。 精神鑑定や措置診察の質的向上、検察官通報による措置入院制度、措置入院中の治療と処遇のあり方、措置解除の制度、受刑者の精神医療などについて、検討をすべきである。
ただし、当面重要な問題は以下のことである。

1) 起訴前鑑定のあり方などを早急に見直す必要がある。
現在の起訴便宜主義には、重大な制度的欠陥がある。 犯罪を犯した精神障害者の89%が、検察官などの判断で不起訴処分とされている現状に鑑み、起訴前鑑定のあり方について早急に見直すべきである。 少なくとも重大事件を起こした精神障害者については、安易な起訴前鑑定(簡易鑑定)を行うことなく、検察官の委嘱または裁判所の命令による正式な司法精神鑑定をすべきである。 また、精神障害者も一人の市民として平等に裁判を受ける権利があることを付言する。

2) 精神科医療全体の底あげが先決であることは言うまでもないが、措置入院等となった重大事件を起こした精神障害者の治療には、特に十分なマンパワー配置のある精神科病棟(国・公立および一部民間病院)で治療出来るように公費を投入すべきである。また、司法諸機関における精神科医療の充実も図られなくてはならない。

3) アフターケアのあり方を検討すべきである。
 重大事件を起こした精神障害者の退院または出所後のアフターケアについては、司法が一定の役割を果たすべきであり、精神医学の専門家と十分に協議しながら適切な受診援助などが行われるよう、第三者機関としての審査機関の設置などを早急に検討すべきである。

2. 現行法下での改善をまず優先し、政府は早計に刑法改正などにより保安処分制度や特定専門病棟の設置などを導入すべきではない。精神科医療をめぐるさまざまな問題の解決には、まず現行の精神科医療の抜本的改善を図るべきである。

3. 精神障害者に対する偏見除去を推進しなければならない。

 今回の事件を機に、重大事件を起こした精神障害者に対する司法措置が検討されている。しかしそれは「重大事件を起こした場合」に限られるべきであり、断じて「精神障害者すべてへの司法措置」を検討するものであってはならない。それにもかかわらず、この点を混同したり、被害者や精神障害者の心情を考慮しないマスコミ報道、事実に基づかない一部精神科医の発言等が相次いでいる。これらのことは、精神障害者とその家族に深刻な不安と動揺を与え、社会参加への意欲を阻喪させ、精神障害者に対する社会の偏見や差別を助長し、精神科医療を大きく後退させるものである。本学会の「精神障害に対するアンチスティグマ(偏見除去)特別委員会」は、これらの問題を詳細に調査し、精神障害に関する正しい知識の啓発活動を早急に展開するものである。

 以上のように、重大事件を起こした精神障害者の治療と処遇に関して適切な施策が立てられるとともに、より良質な精神科医療が提供されるような構造改革が行われ、精神障害者とともに市民が安心して生活できる社会が構築されるよう強く希望します。

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