公益社団法人 日本精神神経学会

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「処遇制度(案)の骨子」についての緊急声明

更新日時:2015年2月26日

「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子」(法務省刑事局)についての緊急声明

平成14年3月12日
社団法人 日本精神神経学会

理事長 佐藤 光源

 本年2月14日に、法務省刑事局が公表した「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度(案)の骨子」(以下、「新たな処遇制度(案)」)は、近々国会提出の予定とされております。これは、先の「心神喪失者等の触法及び精神医療に関するプロジェクトチーム報告書」(与党政策責任者会議、平成13年11月12日)(以下、「与党案」)を引き継いで立案されたものと理解されます。この度の「新たな処遇制度(案)」は、目的、対象と司法手続き等において、「与党案」では必ずしも明確ではなかった保安処分の性格をより鮮明に包含するものとなっております。
 本理事会は、事態の緊急性を考慮し、本案が持つさまざまな問題点のうち、とくに重要な3点について重大な懸念を以下に表明いたします。法務省刑事局はもとより、関係省庁、与党はこの「新たな処遇制度(案)」を撤回し、改めて適切な解決策を提示することを要請いたします。また、すべての関係団体、関係各位には、この「新たな処遇制度(案)」を早急に検討し取り組むことを要請いたします。

1. 「新たな処遇制度(案)」が意図する再犯の防止と予測について

 「新たな処遇制度(案)」は、精神科医に「精神障害のために再び対象行為を行うおそれの有無」について鑑定を命じることを規定しております。ここでいう「再び対象行為を行うおそれ」とは「再犯のおそれ」に他ならず、精神科医に「再犯」のおそれの有無の鑑定を命じるものとなっております。
 精神科医は、精神疾患の診断と病態、治療、予後等に関する専門的な判断を行うことは可能であり、精神障害者の将来の病状や再発の可能性をある程度まで見通すことはできます。しかしながら、病状の「再発」の可能性と「再犯」のおそれとは直結するものではなく、両者は全く別次元のものであります。従って、高い蓋然性をもって将来にわたる「再犯」のおそれを見通すことは不可能です。
 「再犯」の予測が原則として出来ないことは、すでに本学会理事会が繰り返し指摘してきたところであります。それにもかかわらず、「新たな処遇制度(案)」に「再犯」の予測を精神科医に強いることを盛り込んだのは無謀なことであり、精神科医に対して専門家としての知識と倫理にもとる論外の負担を強いるもので、到底容認できるものではありません。

2. 「新たな処遇制度(案)」が示している司法手続きについて

 本学会理事会は、平成13年6月25日付けの「理事会見解」において現行法における司法と精神科医療システムの狭間にある問題点として、起訴便宜主義と起訴前鑑定のあり方について指摘し、その見直しを主張しました。これについては他の精神科医療関連諸団体も同様の意見を表明してきております。それにもかかわらず、「新たな処遇制度(案)」は、これら不透明、不適切との批判のある現状を放置した上で、裁判官が関与するものであり、本学会理事会は、何ら起訴便宜主義と起訴前鑑定の内包する問題が改善されるものではないことに、強く遺憾の意を表明するものであります。

3. 「新たな処遇制度(案)」が提案している治療と社会復帰施策について

 「新たな処遇制度(案)」は、指定医療機関の創設と保護観察所制度の活用とを、治療と社会復帰施策の中心を構成するものとして提案しております。その全容は現時点では必ずしも明らかになっておりませんが、指定医療機関を各地域に配置して治療を継続し、社会復帰を進める具体的な計画に欠け、保安上の要請に強く拘束されたものであります。また、保護観察所の長は、強力な権限を与えられているにもかかわらず、精神医学的な知識や経験を持たずに精神医学的判断を求められております。これらの点を踏まえれば、本学会理事会は、この「新たな処遇制度(案)」が人権を尊重した必要十分な地域精神医療を行うことが出来ず、新たな隔離収容制度の始まりとなりうることに危惧の念を禁じ得ません。

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