公益社団法人 日本精神神経学会

English

見解・提言/声明/資料|Advocacy

「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」の国会審議に際しての抗議声明 - 再犯予測は不可能である -

更新日時:2015年2月24日

平成14年5月11日
社団法人 日本精神神経学会 理事長 佐藤 光源
精神医療と法に関する委員会 委員長 富田 三樹生

 本学会は、2001年6月8日の大阪児童殺傷事件の後に急速に進められた、重大な事件を起こした精神障害者に関する施策の動向に対して、理事会及び精神医療と法に関する委員会として再三再四見解を表明し、併せて保安処分の新たな復活となる可能性に対して疑義を表明して参りました。
 しかし、これらに示した数々の提言が考慮されることなく、この度「心神喪失等の状態 で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」(以下「心神喪失者等医療 観察法案」)が国会に上程され、今まさに審議されようとしていることはきわめて遺憾であ り強く抗議するものであります。
 精神障害者は、今なお法の下の平等にあるとはいえず、誤解や偏見に基づく社会的な差別を受けています。また、現代社会において精神科医療は一段とその重要性を増していますが、わが国の現状は、医療法特例に代表されるように、一般の医療水準をはるかに下回っています。同時にまた、精神障害者は、司法と精神科医療の狭間にあっては、現行の刑事訴訟過程における安易な起訴便宜主義の問題、精神保健福祉法における検察官、警察官通報制度の矛盾、矯正施設における不十分な医療などの困難な事態に直面しております。今回の新たな「心神喪失者等医療観察法案」は、これらの検証や改善を放置したままに、再犯予測を可能とするものであり、到底容認出来るものではありません。
 本学会は、「精神医学の原則に照らせば病状の予測についての専門的な判断は可能であるが、高い蓋然性をもって再犯を予測することは不可能であること」を明確に提言して参りました。それにも関わらず本法案は次のようにあらゆる段階において再犯予測が可能であるということを前提として立案されております。

1. 対象者の鑑定と処遇の決定

精神保健判定医等は、検察官の申立てと裁判所の命令により、再び対象行為を行うおそれの有無について鑑定しなければならない(法37条)、さらに精神保健判定医等は、指定入院医療機関が退院許可あるいは入院継続申立てを行う際(法52条)、処遇の終了および強制通院の延長を行う際(法57条)、強制通院者に対する入院への切り替えを行う際(法62条)、それぞれ再犯予測の鑑定を行う。

2. 裁判所(合議体)における決定

審判段階では鑑定等の再犯予測にもとづいた再犯予測判断によって処遇が決定される(法42条)。

3. 指定医療機関における判断

指定入院医療機関では、退院または入院継続において(法49条)、指定通院医療機関では、強制通院の終了または延長、さらには入院への切り替えにおいて(法110条)、精神保健指定医(申立て者は管理者)は判断を求められるが、その判断は医療判断ではなく再犯予測である。

4. 保護観察所の長の判断

保護観察所の長は、処遇の終了または強制通院の延長、さらには入院への切り替えにおいて、再犯予測判断に基づき申立てを行う。 ただし、その再犯予測判断は、精神保健指定医(申立て者は管理者)に判断を求められる。(法54条)

 過去の事件についての責任能力判断は規範的判断として裁判官が判断する合理的理由がありますが、将来の再犯予測は、精神科医がそれを予測できない以上、裁判官にも予測することは困難と考えます。なぜならば、病状の変化と再犯は、必ずしも直結するものではなく、病状以外の多くの条件の重なりによって再犯は起きないこともあるし、起こることもありうるものであります。したがって、本法案における再犯の予測は、医療判断と全く異なり、疑わしきは拘束するという、医療とは異なる原則に支配され、精神障害者以外には認められることのない予防拘禁を必然的に生みだすことを意味します。 同時にまた本法案は、再犯予測が可能であることを前提としているために、日常の精神科医療においても、社会から治安上の観点を要請される傾向が強まることが懸念されます。政府ならびに国会が本法案の成立を期するならば、精神障害者に限って再犯予測が可能であることの具体的根拠を示す必要があります。それができないのであれば、本法案は国民を欺くものであると言わざるを得ません。

このページの先頭へ