公益社団法人 日本精神神経学会

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宮田量治先生に「クロザピン」を訊く

更新日時:2023年4月13日
 宮田 量治 先生
山梨県立北病院
※所属は掲載日のものです
クロザピンとはどのような薬か、クロザピン治療とはどのようなものかについて、5つの質問と回答にてお伺いしました。(掲載日:2023年4月13日)

クロザピンについて

 クロザピン(商品名:クロザリル)は、統合失調症を持つ方で、「反応性不良」の基準か「耐容性不良」の基準を満たす「治療抵抗性」の方に限り使用が認められている薬です。国内で使用されている抗精神病薬は20種類以上ありますが、このなかでクロザピンのように条件つきで使用が認められた薬はほかにありません。一般的な治療で病状があまりよくならない統合失調症の方にとって、クロザピンは、一考に値する薬と言えるでしょう。
 ここでは当事者や家族会のコメントをまとめた市橋香代らの論文『クロザピン治療はどのように我が国の統合失調症を持つ当事者・家族に届いているのか』(2021年)をもとに作成した5つの質問に回答したいと思います。
 

①治療抵抗性でないのに治療抵抗性と誤診されることはないですか?

治療抵抗性の判断に用いられる「反応性不良」(精神的な症状が治りにくい)と「耐容性不良」(体のむずむずやこわばりなどの運動系の副作用が生じやすい)には明確な基準があります。この基準は、医師が個人的に行う判断ではなく、専門家からなる「クロザリル適正使用委員会」が定めた全国共通の基準です。
 反応性不良も、耐容性不良も、①薬剤の種類や量、投与期間など、薬の使用についての規定と、②GAFスコア(機能の全体的評定尺度)、もしくは、DIEPSS(薬原性錐体外路症状評価尺度)など、評価尺度の点数についての規定から、各基準へのあてはまり具合(該当/非該当)を判断しますので、治療抵抗性の判断に誤診が起こることはないと言えるでしょう。
 反応性不良の基準で特にご確認いただきたいのは、クロザピンの使用は決して敷居の高いものではないということです。反応性不良の基準では、2種類の抗精神病薬で治療しても「GAFスコア41点以上に相当する状態になったことがない」と規定されています。GAFスコアは、ひとの日常的な機能を100点満点とした評価ツールで、どんな状況のひとが当てはまるか10点ごとに定められています。41点以上50点には「重大な症状、または、社会的、職業的、または学校の機能において何か重大な障害(例:友達がいない、仕事が続かない)」と記載されており、病気の症状などから、安定的な仕事につけない方などもクロザピンの対象になることが分かります。
 日頃から、治療抵抗性の基準が満たせるような薬物治療をしてもらえているかに注意することも大切です。2種類以上の抗精神病薬で、という規定では、薬ごとに定められた規定量かそれ以上の量で、一定期間以上、単剤での治療を最低2回行うと規定されています。そのため、病状があまり改善していないのになるべく少ない量の薬で治療してもらおうとすると、治療期間は長くても治療抵抗性の基準を満たさず、クロザピンを使用したくても使用できないことも起こります。期待して飲んでいた薬が効かなかったというのは残念ですが、効かなかったという情報も、次の治療を考えるための大切な手がかりになるのです。
 

②クロザピンの適用はどう決まりますか。クロザピンに代替治療はありますか?

 クロザピンは、さきほどの反応性不良、または、耐容性不良の基準を満たしていても、ちがう理由で適用にならないこともあります。白血球数が少ないとか、体調、年齢などからクロザピン投与は難しいと判断される場合もありますので、担当医にご相談ください。
 クロザピンに積極的な医師もいれば、消極的な医師もいます。それを知るには、担当医に「この病院はCPMS登録医療機関ですか」と尋ねてみてください。CPMS登録医療機関でないとクロザピンは処方してもらえません。「はい」と返事がもらえたら、「先生の受け持ち患者のなかで、クロザピンを飲んでいるひとは何人いますか」と聞いてみるとよいでしょう。ひとりもいないと回答した先生は、クロザピンに消極的なので、クロザピンは処方してもらえないかもしれません。逆に、クロザピンに積極的過ぎる医師もいるでしょう。クロザピンを無理強いされたと感じることがあるかもしれませんが、クロザピンを飲みたくない方は、当然、クロザピンを拒否できます。よく分からないうちに同意書にサインしないようにしてください。また、一度同意書にサインしても、いつでも取り消しができるのでご安心ください。
 皆さんの周りには、クロザピンで劇的によくなった方がいるかもしれません。自分もクロザピンを試してみようか。そんな思いを抱くとき、同時に「もし自分にはクロザピンが効かなかったらどうしよう」と心配したり、効かなかった場合に備えて、クロザピン以外の治療があるのか、あらかじめ知りたいと思うかもしれません。しかし、現在のところ、クロザピンが効かなかった場合、その代わりになる確実な治療(代替治療)はないため、各医師が、最良の治療方針を行っているのが現状です。薬以外の治療では電気けいれん治療も効果的ですが、薬の選択や使い方については、担当医とよくご相談ください。
 

③クロザピンにはどんな効果がありますか?

 統合失調症は、早く治療をはじめるほど治りがよく、再発を繰り返すほど治りが悪くなります。また、適切に治療しても、統合失調症の回復率はあまり高いとは言えず、回復の状態はひとそれぞれです。したがって、クロザピンを使ったら、すべての方に効果があるわけではありません。2種類以上の薬でじゅうぶんな効き目がなかった方が、クロザピンにより、旗色にかげりのでた闘病生活に好転をめざした新たな挑戦をはじめることになるわけです。
 ある家族会の調査によると、「クロザピンがよく効いて、デイケアに通いながら仕事をしている」「グループホームに住んでおり、そのうちアパートを借りる予定である」「隔離室から出て自宅で生活できるようになった」など、クロザピンで劇的によくなった方もいますが、「クロザピンが効かず、もとの薬に戻した」「クロザピンに変えても全く変わらず、かえって眠気が出て外出できなくなった」「クロザピンをのんでいるが、1人での通院は無理で毎回家族が付き添っている」など、クロザピンを飲んでも、よくならないか、変化しない方もいるようです。「クロザピンからの変薬で入院して、安定するまで長い長い時間がかかった」など、病状の好転に時間がかかった方もいらっしゃいます。
 クロザピンの治療反応率は60%前後ですが、ほかの薬より再入院率や自殺率は低く、治療継続率は高いことが確かめられています。クロザピンは、統合失調症の陽性症状、陰性症状、一般症状のいずれにも効果がありますが、使う前からどの症状に効くか予測することは難しいと言えましょう。
 さきほどの家族会の調査では、「体の病気でクロザピンを抜いたら、あれよあれよと元気になり、別人のようになった」方もいたそうです。クロザピンを抜いたらかえって良くなった、という結果をどうとらえればよいでしょうか。クロザピンを止めたら過鎮静の副作用から解放された、というだけでは「元気になり、別人のようになった」ことが説明できません。効いていたクロザピンを体の病気で止めたあとも病状は悪くならず、かえって改善した。こんなお話をうかがうと、「神経新生・エピジェネシス・神経保護作用」などの、クロザピンによる脳内神経系修復作用のことを思わずにはいられません。クロザピンの薬理作用についてはまだ解明されていない点もあり、今後の研究が待たれるところです。
 

④無顆粒球症やその他の副作用が起きても大丈夫ですか?

 クロザピンで、無顆粒球症が起こることはとても有名ですが、クロザピンには、ほかの有害作用も起こります。心筋炎や心筋症など心臓への有害作用、糖尿病性ケトアシドーシスなど糖尿病の重症化への警戒も必要です。
 無顆粒球症は、体内にはいった細菌を殺す働きのある好中球(白血球のなかの成分)が著しく減少し、細菌に対する抵抗力の低下を起こす病気です。また、心筋炎や心筋症は、心臓の筋肉に何らかの異常が起こり、心臓の働きが著しく低下する病気です。糖尿病ケトアシドーシスは、糖尿病が急激に悪化し、嘔吐や腹痛、呼吸困難や意識障害が起きるような糖尿病の重大な合併症です。
 クロザピンをはじめる前に医師から必ず説明があります。説明文書には、「クロザリルの副作用と対策」の項がもうけられており、「白血球減少症・好中球減少症・無顆粒球症」「高血糖・糖尿病性ケトアシドーシス・糖尿病性昏睡」「心臓への副作用」「てんかん発作」「その他」について説明されています。4ページにも及ぶ記載を読むと「こんな薬、飲みたくない」という気持ちに襲われるかもしれませんが、薬から起こる副作用は、一般に、原因となった薬を止めれば改善・回復しますので、後遺症を過度に心配する必要はありません。例えば、無顆粒球症では、モニタリングによる早期発見・治療体制が整備されており、国内で死亡例が出たことはありません。一方、1000人から5000人に1人の割合で起こる心臓への副作用(心筋炎)は、死亡率が10%と高く、注意が必要です。
 見逃されると命に関わる重大な副作用があるため、クロザピン投与中には、体温や血圧や体重、食事(食べ過ぎや飲み過ぎの注意)、排便(便秘の有無)などのご様子を確認しながら、モニタリングによる頻回の血液検査(詳しくは、次項で述べます)や、必要に応じて定期的な心臓エコー検査などが行われます。検査は病院にお願いしなくても定期的にしてくれますので、ご安心ください。
 モニタリングとは別に、クロザピンの血中濃度測定も行われます。クロザピンの濃度が高過ぎると、効果より毒性の方が強まる可能性もあるため、最適の投与量を決めるための血中濃度測定は大切となります。
 

⑤クロザリル患者モニタリングサービス(CPMS:Clozaril Patient Monitoring Service)は必要なものですか?

 クロザピンを安全に使用するため、クロザピン関係者(本人や家族・支援者、医療機関や保険薬局や製薬会社、その従事者)にはモニタリングが義務づけられています。モニタリングを支える仕組みはCPMSと呼ばれ、クロザピン治療のすべてのプロセスに関わっています。そのため、モニタリングなしで、こっそりクロザピンを処方してもらうことはできません。
 モニタリングは、白血球減少症や無顆粒球症、糖尿病による重大な副作用を防ぎ、安全にクロザピン治療を継続するために必要なものですが、関係者には、モニタリングの規定を守る義務や責任が伴います。クロザピンを飲む限り、1週間ごと(最初の半年間)か2週間ごと(次の半年間)の頻回の通院と血液検査が必要になりますし、クロザピンを中止した場合でも、中止後最低4週間のフォローアップ検査が義務づけられています。最近は検査間隔の規定が緩和されて、クロザピンを1年以上続けると、条件を満たせば、諸外国と同じく1カ月ごと(正確には4週間ごと)の血液検査でもクロザピンが続けられるようになりました。しかし年末年始でも翌週(5週間後)へ延長できないなど、融通のきかない規定と言えるでしょう。また、クロザピンを開始するには入院が義務づけられています。通院先を変える場合は、CPMS医療機関のなかから通院先を選ばなければなりません。
 「クロザピン治療が上手くいったら、モニタリングがゆるい方向に転換されますか?」このコメントには、ゆるめてほしいけど、安全も大事だからなあ・・、辛抱してください、としか答えられません。頻回の通院や検査、導入時の入院の義務づけなどは、クロザピンへの挑戦をためらわせる理由になるでしょう。導入時の入院を義務づけている国は日本だけなので、当事者である相澤隆司さんが提案したような「通院限定型クロザリルモニタリングシステム」が日本でも創設されたらよいですね。

 

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