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池田学先生に「認知症」(全般)を訊く

池田 学 先生
熊本大学
※所属は掲載日のものです
認知症とはどんな病気か、患者さんにどのように説明されているか、また、認知症の養生のために心がけたら良いこと、必要なことをお伺いしました。(掲載日:2015年1月28日)

①認知症とはどんな病気か、先生は普段の診療で患者さんにどのように説明されていますか?

例えばアルツハイマー病と診断した場合、患者さん本人には病名を告知することは少なく、「あなたの物忘れは、単なる老化によるものではなくて、ご家族が心配されているように病気から起こってきているものです。したがって、お薬を飲んでもらったり、デイサービスやデイケアでリハビリテーションを受けたりすることも必要になるかもしれません。でも、これまで続けてこられた家事やグランドゴルフなどは、ぜひ続けてください。病気が急に進むことはないと思います。」と励まします。一方、家族に対しては、アルツハイマー病についてできるだけ詳しく情報を伝え、現在の重症度、考えられる治療の選択肢、今後の経過や出現してくる可能性のある症状、介護保険によるサービスの利用方法などを説明します。BPSD(行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms ;BPSD))などによる緊急対応が必要な場合を除いて、これらの説明は、本人や家族の受け入れ状況をみながら、少しずつ何度かに分けて繰り返し実施していくことが多いです。

軽度認知障害(MCI)の方や就労中の若年性認知症の方には、病名告知や予後も含めて詳細に説明することもしばしばあります。しかし、大きく動揺されたり抑うつ状態になったりする方もありますので、病名告知はしばらく自分でフォローアップできる方に限るようにしています。

アルツハイマー病やレビー小体型認知症など神経変性疾患による認知症は、基本的には進行性ですから、患者さんにも家族にも絶望感を与えないように、治療者も共に認知症と向き合っていく姿勢を、病気の説明と同時に伝えられるように心がけています。また、85歳を超えると3人に一人が患う極々ありふれた病気であることも伝えるようにしています。

②今までで一番印象深い患者さんは、どのような方ですか?

(プライバシー保護のため、生活背景等を改変してあります)。

 私が精神科医になって3年目、まだ大学院生の時に外勤先の精神科病院で巡り会った患者さんです。50歳代の主婦の方で、臨床症状とCT 所見から前頭側頭型認知症(当時はピック病)と診断しました。初診時には、易怒性や生活リズムが時刻表のようになる常同行動がみられるようになっていましたが、ご主人は積極的に介護に参加することを希望され、患者さんの生活リズムを尊重し自営業や家事も家族の見守りのもとで継続するようにというアドバイスを忠実に実行されました。私にとっても全てが試行錯誤の連続でしたが、作業療法士の仲間に相談し、2週間に一度の来院時に少しずつ個人OT(作業療法)に馴染んでもらって、ほとんどやらなくなっていた編み物などの習慣が時刻表的生活の中に復活してきました。このような初期介入により、数年間は、ご主人の指示を時々必要とするだけで、ほとんどの家事を遂行できていました。ところが風邪をこじらせて数週間寝込んだ後に、自発性が著しく低下し、一回の食事に2時間要するようになったため、私が勤務していた認知症専門病棟のある県立病院に入院していただきました。食事だけでなく、ほぼ全ての行為に部分介助や激励が必要な状態でした。担当看護師と相談の上、食事の時間帯を中心に傍らに寄り添い、指示や激励を続けてもらったところ、一週間で以前のように30分程度で全量を摂取できるようになりました。その他の日常行為も、一月後の退院時には一部激励のみで可能になりました。その後もゆっくりと認知症は進行しましたが、少しずつデーサービスを増やすことで活動を維持し、自動車運転や万引きの問題も予測してご主人に伝えることができていたので、落ち着いて乗り切っていかれました。私が他県に転勤した後も、毎年年賀状で介護の状況を報告していただいていましたが、出会ってから15年目に自宅で看取られたという報告のお手紙が、ご主人の感謝の言葉と共に届きました。

 この方をはじめとして、精神科医になって数年間のうちに巡り会った何人かのピック病の患者さんとご家族から多くのことを学ばせていただき、その後の自分の研究領域までもが自然に決まっていくことになりました。前頭側頭型認知症(ピック病)は、今でももっとも介護が難しい認知症の一つであることは間違いありませんが、この方のように初期に診断し治療的な介入を始めることができれば、10年以上在宅で支援できるようになってきました。

③認知症の養生のため、心がけたら良いこと、必要なことは何でしょうか?

 認知症と診断されて、少なくとも当初はご本人もご家族も動揺し、自宅に閉じこもりがちになるかもしれません。無理からぬことですが、正しい診断であれば、むしろ前向きに捉えて、病気の進行を遅らせるように上手に養生をしていただきたいと思います。原因となる病気にかかわらず全ての認知症者に共通した養生のコツは、これまで続けてきた家事や社会活動をできるだけ続けて、閉じこもらないようにすることです。社会との繋がりを持ち続け、脳や身体に刺激を与え続けることが重要なのです。

 ただし、機能が少し低下して、日常生活に支障が出始めているところは、ご家族やプロの介護者に支援してもらうことも大切です。例えば、物忘れが目立ってきた場合は、薬の飲み忘れがおこってきますので、服薬をご家族に見守ってもらったり薬を管理してもらったりすることが必要になります。また、自動車の運転も危険になりますので、自分が運転しなくても生活の質が落ちないように、ご家族と相談を始めて下さい。ガスコンロの消し忘れも火事につながりますので、早めに電磁調理器(IH)などを導入して、調理活動を中止しなくて済むように工夫しましょう。

 ご家族は、できるだけ早い時期に認知症の原因となった病気の特徴を専門医からお聴きになって、疑問点や不安なことをしっかり話し合って下さい。そして、将来おこってくる可能性のある症状や経過の概要を確認できれば安心して介護に取り組むことができると思います。例えば、アルツハイマー病による認知症では、最初の数年間は、最近の出来事を想い出せない、日付があやふやになる、意欲や根気がなくなる、といった症状のみが目立ちます。しかし、しばらくすると、約3割の方に「うちの嫁(あるいは近所の人など頻繁に世話をしている人が攻撃対象になることが多いです)が財布を盗った。」といった物盗られ妄想が出現してきます。このようなことも前もって知っていて、病気によるものだということがわかってさえいれば、ご家族は落ち着いて対処することができると思います。

 最後に、ご本人とご家族だけで養生し介護しようとするのではなく、かかりつけ医や専門医、ケアマネージャーなど相談できる専門職を確保し、介護保険などのサービスを上手に利用し、ゆとりのある生活を心がけてください。

④認知症の治療のために必要な、精神科医としての心がけを教えてください

 初期診断から看取りまで、要請があれば可能な限り患者さんと家族に寄り添い支援を続けることでしょうか。統合失調症、気分障害、発達障害の方などへの対応と特に違いはないと思います。本人の意思を尊重し支援することは当然ですが、家族・介護者への支援を意識して心がけることが重要です。なぜならば、認知症の方が安心して住み慣れた環境で暮らしてゆくには、家族・介護者が心身ともに健康な状態でゆとりのある介護を続けられることが前提となるからです。

 診断には細心の注意をはらう必要があります。今なお、老年期うつ病と初期の認知症の鑑別が困難なことはしばしばあります。また、アルツハイマー病による認知症には根本治療薬ではないものの4種類の薬が上市されていますし、根本的治療の可能性がある特発性正常圧水頭症には診断と治療に関するガイドラインが普及しています。その他の認知症に関しても、疾患別の治療やケアの方法が急速に開発されつつあります。初期診断を誤ると、生活設計を見直し治療・介護計画を立てることにもっとも重要な数年間を無駄にし、患者さんや家族にたいへんな不利益を及ぼすことを肝に銘じておく必要があると思います。正確に診断して、今後の経過を予測して、患者さんと家族に支援できることを伝えることが重要です。

 われわれ精神科医に特に期待されるのは、認知症に伴う精神症状や行動障害(BPSD)の治療です。抗精神病薬だけでなく向精神薬全般の長所と短所に精通しているのは精神科医です。また、エビデンスの得られにくい非薬物療法の効果も実感できているのが精神科医でしょう。緊急対応が必要なBPSDに直面した場合も、介護者に対する疾患教育、介護環境の調整、非薬物療法と薬物療法の選択、短期入院の検討など、患者さんや家族・介護者のQOLを維持できるように、多面的なアプローチを駆使して乗り切ることができればと思います。

 認知症が進行してきた方の場合には、比較的状態が安定しているときにこそ、入所のタイミングや終末期の胃瘻の選択など、患者さんの希望に思いを巡らせながら家族が冷静に考えて結論を出せるように、こちらから考える場を提供することも大切かもしれません。

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