公益社団法人 日本精神神経学会

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松本英夫先生に「ASD(自閉スペクトラム症)」を訊く

更新日時:2021年1月7日
松本 英夫先生
東海大学医学部総合診療学系精神科学
※所属は掲載日のものです
ASD(自閉スペクトラム症)とはどんな病気か、どのような治療があるのか、そして周囲の人々はどのようにサポートすればよいのかなどをお伺いしました。(掲載日:2021年1月7日)

①ASD(Autism Spectrum Disorder、自閉スペクトラム症)とはどのような病気ですか?

 ASDはDSM-5で神経発達症(Neurodevelopmental Disorder)に分類されます。DSM-5の翻訳の際に、特に児童・青年期については「障害」ではなく「症」を使用する方向に大きく舵取りがなされましたので、今後はASDの訳語は「自閉スペクトラム症」が使用されることになります。

 神経発達症にはASDをはじめ多くの疾患が分類されますが、ICD-10によれば、

① 発症が常に幼児期か児童期である、
② 中枢神経系の生物学的な成熟と強く関連した機能の発達における障害や遅れがある、
③ 軽快や再発を伴わず一定した経過をとる、

とされています。しかし③「障害の持続」が強調されるあまり神経発達症に対してnegativeで固定的な印象が強くなり過ぎましたので、

④ 症状は年齢とともに刻々と変化する、
⑤ 適応の程度は、環境との関わりや養育の在り方、療育などによって著しい幅が生じる、

などの点を追加する必要があると考えています。さらに特徴をいくつか挙げれば、

⑥ それぞれの特性はスペクトラムである、
⑦ したがって診断閾値以下の特性を持つ児・者が数多く存在する、
⑧ ASDと注意欠如多動症(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder、ADHD)のように、神経発達症のなかでお互いに併存することが多い、

と言えます。

 ASDはDSM-Ⅳ-TRの自閉性障害、アスペルガー障害と、特定不能の広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder Not Otherwise Specified、PDD-NOS)の一部に該当します。一方、PDD-NOSの残りはDSM-5のSocial(Pragmatic)Communication Disorder(社会的コミュニケーション症)に該当します。

 

②どのような症状になるのでしょうか?

 DSM-5のASDの診断基準は、いわゆる自閉症の3徴のなかの、社会性の障害、コミュニケーションの障害の2つが診断基準A(複数の状況で社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的な欠陥)を形成しています。すなわち、①相互の対人的‐情緒的関係の欠陥、②対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥、③人間関係を発展させ、維持し、それを理解することの欠陥、です。残りの興味の限局や強いこだわりが診断基準Bを形成し、さらに「感覚過敏あるいは鈍麻」がBに追加されています。すなわち、①常同的または反復的な身体の運動、物の使用、または会話、②同一性への固執、習慣への頑ななこだわり、または言語的、非言語的な儀式的行動様式、③強度または対象において異常なほど、きわめて限定され執着する興味、④感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ、または環境の感覚的側面に対する並外れた興味、です。

 診断基準には含まれていませんが、神経発達症全体の特徴として「能力のばらつき」があります。WAISなどの下位検査のばらつきに相当します。たとえば限局性学習症(Specific Learning Disorder、従来の学習障害)は、読み、書き、計算、のいずれかを高い頻度で苦手とするものです。ADHDや限局性学習症と比較して、ASDは脳の広汎な領域の問題を反映しますので、能力がばらつく頻度も高く、その程度も大きいことになります。

 ちなみに社会的コミュニケーション症は、ASDの診断基準Aに記載された特性を薄く持ち、診断基準Bを持たない、とされています。ASDと社会的コミュニケーション症の関係を考慮すると混乱すると思いますので、日常臨床ではDSM-Ⅳ-TRの自閉性障害、アスペルガー障害、PDD-NOSを念頭において診療した方が円滑に進むように思います。しかしDSM-5で導入されたスペクトラム概念とASDの感覚過敏(鈍麻)は臨床で積極的に採用していくべきだと考えています。

 

③どのような治療があるのでしょうか?

 精神療法と薬物療法に大別されます。精神療法について解説する前に、まず診断告知の要点について述べます。定型発達児・者が一人ひとり性格、能力、容姿が異なるようにASD児・者も一人ひとりASDの特性分布が異なることを理解することが重要です。したがって単なる病名の告知はほとんど意味を持たないだけでなく、治療上妨げになることも少なくありません。病名の告知をするのであれば、患者の持つASDの特性の分布や特徴を一つひとつ確認し理解を深めることと同義であると考える必要があります。具体的に述べますと、たとえば筆者は、親子あるいは夫婦での共同作業として患者の長所と短所をできるだけ多く箇条書きにして来るように宿題を出します。そして箇条書きにされた項目が、まさしくその患者の特性の分布を示し、その患者のASDとしての個性ということになります。そして精神療法的アプローチを行う上では、第一に患者が自分の特性をできるだけ肯定的に受け止め、前向きに取り組む姿勢を支援することが重要になります。

 ASDの社会性の障害やコミュニケーションの障害そのものを標的にした薬物療法は現時点では存在しません。しかし、ASDは二次的な障害として不安障害や気分障害の併存が多いために、併存障害を対象に薬物療法の適応になる場合があります。その際にはそれぞれの併存障害の薬物療法に準拠して行います。小児期では前述したように神経発達症に分類されるADHDやチック症、トウレット症の併存が多いために、心理社会的な治療だけでは改善しない場合には薬物療法を行うこともあります。また、小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性に対して、リスペリドン(原則として5歳以上18歳未満)とアリピプラゾール(原則として6歳以上18歳未満)が保険適応を取得し使用可能となりました。

 

④どういった対処方法があるのでしょうか?

 ASDの一般的な特性を踏まえていくつか対処方法を挙げたいと思います。

① ASDの患者さんの多くは、思い込みが激しく修正きかない、想像力に欠ける(imaginationの障害)、などの特性を多かれ少なかれ持っています。精神療法や心理療法を行う際の基本は受容と共感ですが、それだけでは彼らにこちらが意図している情報内容が届かないことが頻繁にあります。そのため、患者およびその周囲に生じている現象について、患者に対して「論理的に」説明することが効果的であることがあります。

② さらに彼らの多くは、行間が読めない、その場の雰囲気・空気を読めない、などの特性を持っていますので、「論理的に」説明することに加えて、曖昧な対応をしない、婉曲な表現は避ける、すなわち明確に要点を伝える、ことが重要です。

③ 彼らはスケジュールなどの急な変更に対応できないため、前もって予告する、見通しを伝える、などの配慮が不可欠です。

④ 癇癪の有無は適応を大きく左右する要素の一つですが、もし癇癪あるいは興奮状態となった場合には、決して叱ったりなだめたりしないことが重要です。癇癪や興奮がおさまるまでそっと静観することが基本です。

⑤ ASDの診断基準にも含まれていますが、感覚過敏(五感のいずれか)を持っていると考えて接することが重要です。感覚過敏は年齢とともに改善する傾向にありますが、聴覚過敏は青年期以後に増悪することがありますので注意が必要です。患者の前では、大きな声で話さない、身体的に近づき過ぎない、身体的な接触は避ける、などの配慮が最低限必要です。

 

⑤周囲の人はどのようにサポートすればよいのでしょうか?

 今まで述べてきたことは医療従事者だけなく親や家族、支援者にも共通することがらです。患者がASDとしてどのような特徴を持っているのか、すなわち特性はどのように分布しているのか、ということを一緒に理解し、その上で本人が自分の特性に対して前向きに取り組むことができるように支援することが重要です。また日常生活でも職場でも、個々の患者の優勢な特性に応じた配慮が必要です。その配慮だけでも本人にとっては随分生活し易くなるように思います。紙面の関係で年齢による症状の一般的な変遷については解説することができませんが、青年期以後でも病態・臨床像や適応は環境との相互作用によって著しく変化しますので、本人だけでなく家族も特性を決してnegativeに固定的にとらえないで、前向きに取り組む姿勢を持っていただくことが重要であると思います。

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