公益社団法人 日本精神神経学会

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大坪天平先生に「全般不安症(GAD)」を訊く

更新日時:2020年12月23日
大坪 天平先生
東京女子医科大学東医療センター
※所属は掲載日のものです
全般不安症(GAD)とはどんな病気か、どのような治療があるのか、そして周囲の人々はどのようにサポートすればよいのかなどをお伺いしました。(掲載日:2020年12月23日)

①全般不安症(GAD)とはどんな病気ですか?

 全般不安症/全般性不安障害(generalized anxiety disorder: GAD)は、慢性的にコントロール出来ない「心配」(専門用語では予期憂慮といいます。あることないことを想像して強い危機感を持って心配するという意味です。)を中心症状とする病気です。心配によって、十分な睡眠がとれなくなったり、筋肉が緊張して凝ったりなどの身体症状や、集中できなくなることで、深刻な社会的・職業的機能の障害を起こしたり、他の精神疾患に発展したり、自殺の危険性の増大につながると考えられています。

 しかし、臨床現場では、GADの認知度は未だに低く、GADがいったいどんな病気なのか、いまひとつ理解できないという意見もよく聞きます。なぜなら、歴史的にみてもGADの診断概念は比較的新しく、しかも、この40年間で診断基準が大きく変化してきています。おそらく、現在の診断基準(例えば米国精神医学会のDSM-5)通りに全ての患者さんに質問すれば、それなりに診断がつく患者さんはいるのでしょうが、実臨床ではGADの診断を下されずに他の精神疾患として対処されている場合が多いと考えられます。そもそも、GADの中心症状が「心配」であるといいましたが、「心配」はうつ病や他の不安症、病気不安症(心気症)などでもみられる非特異的な症状なので(つまり心配はGADだけにみられるわけではない)、どうしてもより目立つ他の精神疾患が先に診断されてしまう傾向があります。

 

②GADではどのような症状があるのでしょうか?

 GADという診断名が登場したのは1980年に米国精神医学会が発表したDSM-IIIという診断基準であるといっていいと思います。大まかにいうと、それまで不安神経症といわれていた神経症概念が解体され、行動指標(つまり、その不安症がどのような行動パターンをとるか)を基準とした操作的診断基準として再構築されました。その時、特徴的な行動指標をもつ不安症ほど、評価しやすく診断がつけやすいことになり、急性不安発作を持つパニック症、明らかに特異的な強迫観念と強迫行為をもつ強迫症、特定の社会的状況を怖がる社交不安症、明らかなトラウマがある心的外傷後ストレス障害などは、次々と診断基準として確立していきました。この時、GADといわれる、明確な行動上の特徴がなく、不特定の、さまざまなことがらに対して不安や心配を持つような慢性不安(つまりGAD)の扱いが混乱してしまい、結局DSM-ⅢではGADは他の精神疾患が否定されて初めてつけられる診断基準となったのです。

 GADの診断基準をDSMのその後の変遷を踏まえて示しておきます。GADの中心症状は、多数のことへの制御不能で過剰な不安と心配(予期憂慮)であり、その不安、心配または身体症状が、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしていることとされています。しかし、最初からその過剰な不安と心配が語られることは少なく、GADを疑うきっかけとなるのは、不安が身体化した症状が漫然と長期的(最低6ヵ月)に続くことによることが多くなります。それは、運動性緊張として身震い、動揺、筋肉の緊張、痛み、うずき、落ち着きのなさ、易疲労性が、自律神経機能亢進症状として、息苦しさ、動悸、発汗、口渇、めまい、頻尿、咽喉の異物感が、警戒心として緊張感、過敏、過度の驚愕、易刺激性、集中困難、入眠困難、中途覚醒、熟睡障害などとして現れます。

 この診断基準に取り上げられた症状にGAD特有といえる症状はありません。それもあって、GADは他の精神疾患との併存率(つまり同時に存在する率)が極めて高い精神疾患となっています。

 

③どのような治療があるのでしょうか?

 GADの治療プランは、中心となる不安や心配の重症度、併存する精神疾患や身体疾患、アルコール依存や希死念慮の有無、前治療の効果、医療費、地域でその治療が可能かどうか、患者さんの意思などを考慮し決定されます。治療の目標は、まずは、急性期の精神症状と身体症状の軽減、患者さんの機能とQOLの回復、併存疾患の治療であり、その後、寛解を継続し再発を防ぐための長期的治療が必要となることもあります。前に述べたとおり、GADは他の精神疾患と併存しやすく、特にうつ病に先行し、うつ病発症の危険因子や重症化に関連するので、それへの配慮も必要となります。 

 GADの治療でエビデンスのあるものは薬物療法と認知行動療法を含む精神療法です。

 薬物療法の選択基準は、症状の重症度、抑うつや不眠などの併存の有無、身体併存疾患、有害事象、薬物相互作用、あるいは早期効果への期待などで決まってきます。薬物療法としては、選択的セロトニン再取り込阻害薬(SSRI)とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬(SNRI)を中心とした抗うつ薬が各国のGAD診療ガイドラインにおいて第一選択薬として取り上げられています。SSRIではパロキセチン、セルトラリン、エスシタロプラム、citalopramが、SNRIではデュロキセチン、ベンラファキシンがプラセボを対照とした臨床試験で、GADに対する有効性が証明されています。ただし、わが国でGADに適応を持っている薬剤はないことに注意が必要です。他に、ベンゾジアゼピン系抗不安薬(BZD)、アザピロン系抗不安薬(タンドスピロン)、抗ヒスタミン薬(ヒドロキシジン)なども、各診療ガイドラインで取り上げられています。中でもBZDは、GADのような慢性的な不安に対し、特にわが国では好んで使用されることが多いですが、BZDの漫然とした使用には注意が必要です。BZDは長期服用により依存や耐性が形成され、退薬症状も認められることから、治療が長期にわたるGADの主剤としては適していません。さらに、BZDによる認知や記憶、注意、覚醒度の障害、運転への影響、アルコールとの相互作用、高齢者の転倒などの問題があるため、BZDはリスクとベネフィットのバランスを考慮し、治療初期の短期間(1ヵ月以内)に限定して使用することが勧められます。SSRIやSNRIの効果発現までの補充療法としてのみ使うよう心がけるとよいでしょう。

 薬物に関して、患者さんが過剰な不安を抱く場合、予想される副作用と有効性の情報を、医師は率直に伝えるべきであり、患者さんからも積極的に質問することが重要です。そのために、なんでも相談できる医師・患者関係の構築は治療に必要不可欠となります。あくまでも、GADの薬物療法は根治的治療というより、症状の悪循環を断ち、生活を立て直すための補助的道具として認識できるよう位置づけるべきです。

 薬物療法と同等に重要な治療として精神療法があります。しかし、GADの患者さんは、まずは身体症状などを主訴として一般身体科を受診することが多く、おそらくそこでは精神療法や認知療法は行われず、BZDなどの薬物療法が主となる可能性が高くなります。一般身体科医の中でも、GADに関する認識が広がれば、早期に精神科に紹介され早期の介入も可能になる可能性もあります。精神科に紹介されてきた場合、まずは、症状をもちながら耐えてきたことに共感的に接し、不安に対する注意の固着と偏った認知が、不安や身体症状の悪循環を起こしているという理解を共有するといういわゆる小精神療法的アプローチが必要になります。それを踏まえた上で、必要な患者さんには認知行動療法を行います。GAD に対する認知行動療法には、心理教育、症状の管理法、リラクゼーション、認知再構成法、心配事への暴露、セルフ・モニタリング、対処技能獲得法が含まれます。近年のメタ解析でもGADに対する認知行動療法の効果は証明されています。
 

④どういった対処法があるのでしょうか?

 GADは治療開始が遅くなれば、転帰も不良になることは明らかであり、特に発症から1年以内に治療開始することが重要といわれています。ある65歳以上の高齢者1171人を対象とした12年間の追跡研究(The ESPRIT study)によれば、その間のGAD発症率は8.4%でした。そのうち80%は初回のGADであり、年間発症率は10/1000人でした。つまり、高齢になって初めてGADになる人が結構な割合でいることになります。また、GAD発症にかかわる危険因子として、女性、最近の有害ライフイベント、慢性身体疾患(呼吸器疾患、不整脈、心疾患、高脂血症、認知機能低下)、精神疾患(うつ病、恐怖症、GADの既往)があげられました。さらに、貧困、幼少期の親の死や感情的サポートの低さ、親の精神疾患既往も独立してGADの発症と関連していました。このように、GADは最近あるいは過去の危険因子により生じる多元性のストレス関連感情障害であるといえます。だからこそ、何らかの適切なヘルスケアの介入により改善する可能性があるともいえます。
 

⑤周囲の人はどのようにサポートをすればよいのでしょうか?

 上で述べたとおり、GADは様々な危険因子により生じる多元性の精神疾患なので、GADと診断して、ただ薬物療法をするだけでは不十分で、何らかの心理社会的介入が必須ということになります。

 その分、周囲の人のサポートも重要になります。GADの患者さんは、様々なことに対し不安や心配を持ち、それを周囲に訴えますが、まずは傾聴し無下に患者さんの不安や心配を否定せず、不安や心配はありながらもできている点に注目を促すことが重要です。GADの症状は、ストレスによって増悪することが多いので、なるべくストレスのかからない環境づくりを心がけ、不安の予兆や誘因に気づき、それを断ち切るために本人がリラックスできるような行動を見いだせるよう援助します。そして、その予期不安のためにこれまで避けてきた行動に踏み込んでいくことを奨励し、症状へのとらわれからの脱却を目指します。対人関係や、家庭、仕事などの場面で、患者さんがどうありたいのか、何に価値を見出すのかを話し合い、目的本位な行動を支持します。患者ができた積極的行動を肯定し、利用できる社会的資源を駆使しながら、経験の広がりを援助・支持します。もちろん、主治医と協力し、過剰な不安や心配を治療によってコントロールすると、悪循環が改善し、生活しやすくなる可能性を伝えることも重要です。

 

 

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