公益社団法人 日本精神神経学会

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加藤寛先生に「災害時の精神的ケアについて」を訊く

更新日時:2020年3月12日
加藤 寛先生
兵庫県こころのケアセンター
※所属は掲載日のものです
災害がもたらす精神的影響や、被災者のこころのケアのためにできること、また支援者の方のメンタルヘルス対策などをお伺いしました。(掲載日:2020年3月12日)

①災害がもたらす精神的影響

 日本は自然災害の多い国です。人々に恐怖をもたらす地震や津波だけでなく、毎年のように台風や豪雨に襲われ、地球温暖化によって被害は大きくなっています。自然災害以外にも大規模な交通災害や事故などの人為災害もあり、私たちは災害の危険と背中合わせの生活を送っているといえるでしょう。災害は人命や家屋の喪失、地域のインフラや産業への甚大な被害をもたらし、生活再建や地域復興に長い時間が必要になります。その過程の中で、被災者はさまざまな心理的影響を受けることになります。

 災害がもたらす心理的影響は大きく3つに分けて考えると理解しやすいでしょう(図1)。まず、災害直後の恐怖や悲惨な光景の目撃がもたらす反応があります。いわゆるトラウマ反応と呼ばれるもので、恐怖や直後の記憶が突然蘇ったり、思い出さないように関連する刺激を避けたり、あるいは気が高ぶって些細な刺激に過敏に反応する、などが典型的な反応です。二つ目は、死別や住宅などの喪失がもたらす強い悲しみと喪失感、あるいは罪悪感などの悲嘆反応と呼ばれる反応です。三つ目は、避難所や仮設住宅での生活が象徴する生活上の困難がもたらすストレス反応で、気分が落ち込む、原因不明の体調不良が続くなどの変化が起こることがあります。これも忘れてはならない精神的影響です。ここで重要なのは、これらの反応の多くは当たり前に起こる正常な反応で、時間の経過の中で地域の復興が進み、個人の生活再建が進んでいくと、多くの被災者では自然に回復していくということです。もちろん、被害の大きさや支援の少なさなどが影響して、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や、うつ病などの精神疾患を抱えてしまう方もいますが、多くの場合、心理的反応は時間の経過とともに、徐々に低減していくことが知られています。

 

②被災者の心理的回復のために

 被災者の心理的回復を促進するためにまず必要なことは、生活の再建です。安全で安心な場所を確保し、暮らしやすく健康的な環境を取り戻していくこと、最初は支援を受けながらも徐々に自立した生活を送れるようになることが何よりも重要です。残念ながら、長い復興の過程の中では、生活再建が上手くいく人と取り残される人の格差が、徐々に開いていくことがあり「はさみ状格差」と呼ばれています。格差が拡がらないように支援することが重要でしょう。

 人は家族、近隣、学校、会社など、さまざまなコミュニティの中で生きています。災害によってコミュニティを失うことは、お互いに支え合いながら回復していくプロセスを遅らせてしまいます。たとえば、大規模災害では仮設住宅への入居は、くじ引きで順番と場所が決められることが多く、入ってみると隣は見ず知らずの人という状況が生まれることがあります。家を失い、新たな生活の場として入った仮設住宅で、人間関係を一から作らなければならないことは、大きなストレス要因になってしまいます。こうした状況を予防するために、可能であれば元の地域ごと入居できるような配慮がされますし、関係を作るために茶話会などが支援者によって開催されるのです。

 

③災害後のこころのケアとは?

 災害後に「こころのケア」という言葉が用いられたのは、1995年の阪神・淡路大震災が最初です。メディアを通して被災者が経験した恐怖や悲嘆が語られ、避難所での過酷な生活状況が伝えられたことなどから、被災者への心理的サポートが必要という認識が共有されたのです。全国から沢山の精神科医療や心理学の関係者が駆けつけ、ボランティアとして避難所などでの支援活動にあたりました。また、数ヶ月後にはこころのケアを担う新しい組織が作られ、5年間の活動に公的資金が投入されました。
 活動を通して、こころのケアの方法として、いくつかの重要な視点が認識されました。まず被災者のもとに出向き彼らの生活状況に寄り添うことの重要性で、これは「アウトリーチ」と呼ばれる行動原理です。アウトリーチはその後、精神障害者を地域で支える重要な方法として普及していくのですが、災害後の被災者支援にも欠かせない視点なのです。また、保健師、生活支援員、ボランティアなどとの連携も重要です。いくら「こころのケア」という優しい言葉を使っても、精神科というニュアンスが感じられるために被災者の多くは「こころのケア」を嫌います。そのため、生活支援や健康支援などの活動と連携しながら、受け入れやすい活動をすることが大切になるのです。

 阪神・淡路大震災以後の多くの災害、たとえば毎年必ず日本のどこかを襲う台風や豪雨災害では、地域の保健師活動を拡大する形で、何らかのこころのケアが提供されてきました。また、2004年の新潟県中越地震では、沢山の外部支援チームが被災地に入ったほか、専従組織である「こころのケアセンター」が、10年間設置されました。そして、2011年の東日本大震災でも県外から数多くの支援チームが入りました。未曾有の被害が生じ、地元の医療機関や保健機関が被災したこの災害では、長期間の支援が求められ最長1年間活動を継続した場合もありました。多数の支援チームが入った一方で、被災した精神科病院の支援が遅れた、チームの配置などのコーディネートが難しかったなどの課題が浮き彫りになりました。こうした問題を解決するために、DPAT(災害派遣精神医療チーム)が2013年度から整備され、災害医療で標準化されている命令系統や通信方法の導入、研修制度の確立などが行われました。その成果は、多くの精神科病院が被災した熊本地震で発揮され、その後も整備が進められています。
 

④被災者のこころのケアのために:一般の方ができること

 災害後のこころのケアは、図2に示したような階層を考えるといいと思います。すでに述べたように、被災によって生じる心理的問題のほとんどは正常な反応で、多くの場合、時間の経過とともに改善していきます。しかし、割合としては少ないですが、PTSDや悲嘆反応などで治療が必要な方たちや、被災前から精神疾患があり被災によって影響を受けてしまった方たちには、精神科医や心理師の支援が必要になります。そして、保健師活動を中心とする地域保健活動は、精神健康を含む心身の健康を維持することが目的であり、こころのケアの重要な要素になります。心身の健康は、安全で快適な生活環境を取り戻すことによって促進されますので、生活再建支援がこころのケアの基盤になるといってもいいのです。被災者を支えるためのボランティア活動、義援金など、一般の方ができることも、こころのケアに寄与します。被災者が必要としていることに沿った、現実的な支援を行うことが重要です。

 「社会が被災地のことを忘れたときに本当の災害が始まる」という言葉があります。インフラが復旧し、仮設住宅から恒久住宅への転住が進むにつれ、被災者の苦悩は忘れ去られていきます。しかし、被災者の中には生活再建が進まず、経済的苦境や健康状態の悪化などが影響して、心理的問題を抱えたままの方がいることを忘れてはならないと思います。また、原発事故の影響で福島から県外に移住した方の中には、放射線に関するいわれのない偏見に心を痛めている方たちがいることを考えると、正しい知識を持ち、被災者の苦悩を忘れ去ってはいけないことを痛感させられます。

 

⑤支援者のメンタルヘルス

 災害救援者と呼ばれる消防士や自衛隊員などは、救援活動をとおして心理的影響を受けることがあります。沢山の遺体、とりわけ子どもの遺体を扱うような体験、自分自身の命の危険を感じたり殉職者が出るような現場活動、あるいは活動の成果が上がらず社会から批判されるような状況を経験することで、多彩な心理的反応が生じることがあり、これを惨事ストレスと呼んでいます。阪神・淡路大震災以降、惨事ストレスについての認識が高まり、消防、自衛隊、警察などの組織では対策が立てられてきました。たとえば、東日本大震災では、総務省消防庁が殉職者が出た沿岸部の消防署に専門チームを派遣し支援活動を行いました。一方で、救急医療関係者への対策は不十分なままという問題も指摘されています。さらに、復興業務に長期間携わる被災地内の行政職員は、自らも被災しているにもかかわらず、長時間の勤務を強いられ、住民から批判を受けやすいという状況に立たされることがあります。こうした状況から、精神疾患を発症して休職や離職に追い込まれる方たちが少なくないことが知らており、自殺者が出てしまう悲劇さえ起きています。復興に携わる人たちのメンタルヘルスを守ることは、復興を進めていくためにも重要であり、社会的な認識を高め、対策をとることが重要といえるでしょう。

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