職場での精神疾患には、通常の精神疾患すべてが該当します。しかし、このうちで重要なものは、WHOによる精神および行動の障害(ICD-10)によると認知症を含むF0症状性を含む器質性精神障害、F1アルコールなどの精神作用物質使用による精神および行動の障害、F2 統合失調症、統合失調型障害および妄想性障害、F3うつ病に代表される気分(感情)障害、F4不安を中心とした神経症性障害、外傷後ストレス障害(PTSD)などのストレス関連性障害および身体に病気がないのにもかかわらず痛み、麻痺などの身体症状が認められる身体表現性障害、F5摂食障害や非器質性不眠症などの生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群、F6成人のパーソナリティおよび行動の障害、F7知的障害、F8成人でも問題になることがある心理的発達障害などです。
これらの疾患の有病率は、土屋(1)による報告(2012)では、職場での有病率の高いものから順に挙げていくと、大うつ病性障害2.6%、特定の恐怖2.3%、アルコール乱用2.1%、社会恐怖1.1%、全般性不安障害1.0%、間歇性爆発性障害0.7%、パニック障害、0.6%、外傷性ストレス障害0.5%、気分変調性障害0.3%、アルコール依存症0.3%、双極性感情障害Ⅱ型、0.3%、パニックのない広場恐怖0.1%などとなっています。また、筆者(2)の産業医としての22年間の経験(2010)では、健常対象、約20,000名のうちの精神疾患内の診断分類としては、神経症性障害等のF4が33%、気分(感情)障害のF3が31%、統合失調症などのF2が17%、生理的障害などのF5が4%、精神作用薬物障害などのF1が3%、てんかんなどのG0が1%、器質性精神障害などのF0が1%、パーソナリティおよび行動の障害が1%、相談等で精神障害を認めないものが9%となっていました。
職域では、産業医を中心として、保健師などの産業看護職、心理職、上長、人事労務担当者などがチームをつくり、障害を発生させないような快適な職場づくりという一次予防、障害の発生のなるべく早いうちに対応するという二次予防、回復した従業員に対して、症状の再発・再燃を予防するという三次予防活動などが行われています。
一次予防としては、職場の環境づくりを積極的に行うための管理監督者に対するメンタルヘルスに関するラインによるケアについての知識等の獲得を目的とした教育活動されています。また、平成27年度から労働安全衛生法が一部改正され、従業員のストレスチェック制度が義務化されました。このストレスチェック制度では、「職業性ストレス簡易調査票」(57項目)による検査を実施し、心理的負担による心身の自覚症状、職場の支援体制等について検討し、高ストレス者を選定し、産業医等の実施者による面接を行い、労働時間の適正化や配置転換の必要性等について検討し、事業主に意見の具申をすることになります。また、現時点では義務化はされていませんが、職場ごとのストレス度を算出し、これに基づいて、職場内の高ストレスの原因となる要因の改善が試みられることになります。また、ストレスチェック制度のほかにも、産業医や保健師との面談を行い、職場環境、心身の健康状態などについて相談することも積極的に行われています。
第二次予防、疾患の早期発見、早期治療を目的として、職場の上長等による部下の心身の健康に対する配慮が行われています。このラインによるケアについては、日頃からの良質なコミュニケーションが基礎となりますが、疾患の初期の症状に気づき、適正な対処のきっかけとなることが望まれています。具体的には、①仕事上のミス、能率の低下があるか、②勤務態度としては、欠勤、遅刻、早退が目立つようになる、③対人関係では、孤立、口数の減少、いらだち、飲酒上の問題、④原因不明の体調不良として、頭痛、倦怠感、肩こり、眼精疲労、不眠などに早期に気づき、本人と相談し、適正な治療を含む対応がなされることが必要です。この場合、上長や人事・労務担当者は、本人がセルフケアとしてどのような対応ができるかを参考として、事業者のもつ従業員に対する安全(健康)配慮義務を果たすためにも、本人との合意形成が確実になされるように真摯に相談、対応することになります。必要なら、医療機関等への受診を勧奨することも選択肢としてはありえます。
本人が休務を必要としている場合には、その意思をできるだけ尊重しますが、休務の場所が自宅か実家か、支援できる資源はあるかなどを確認しなければなりません。寮や単身の場合には、本人に危険があったときに、即時に対応できないので、注意が必要です。また、医師への受診については、確実に受診継続ができるかについても留意しておきたいところです。本人が休務を望まない場合には、その背景にある問題を明確にすることが必要です。多くは、精神疾患に対する偏見があること、経済的な要素が隘路になっている、実家では父母等の関係から休務したくないなどが背景にあることが多く認められます。
病気休暇を取得する際に重要な点は、十分な休養が早期に復帰するために必須であること、病気休暇中も傷病手当金等によって、経済的には激変がないことなどは事前に説明すべきことと思われます。また、主治医の指導には十分に従うことが必要で、回復のための近道であることも伝えたい事項です。また、療養後の復職のプロセスの概要を伝えることも本人が安心して療養できる基盤になります。また、疾患の性質にもよりますが、休職期間満了がいつなのかも伝えておくことは、本人の療養生活の設計のためにも必要です。
復職に際しては、主治医の就労可能の判断をもとに、事業場での受け入れの準備、関係者による復職後の留意点などが産業医の復職の判断時に確認されることが必要となります。この際に、職場に戻るために高齢者・障害者リハビリテーションセンターや民間の医療機関で実施されている職業リハビリテーション(リワーク)活動や短時間勤務等のならし勤務において問題が残っていれば、その点も共有することが復職を円滑に進めるうえで重要な視点となります。
復職後には、回復度合いに応じて、時間外労働の可否、シフト勤務の可否、出張の可否、人事異動の可否などが産業医によって、健康管理措置として行われることが一般的です。この条件も本人、上長、人事・労務担当者、家族にも周知され、合意されることが必要です。また、主治医に通院する時間の調整、産業医、保健師、心理職との面談が必要かどうかも検討しておくことです。主治医に定期的に通院し、産業医等による面談によって、症状の再燃、障害の再発を防ぐという三次予防が復職時点から開始されることになります。
うつ病の原因は、まだ確定はされていませんが、何らかの生活上の出来事(ライフイベント)がストレッサーとして加わり、脳内のセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの神経伝達物質の調節障害が起こり、気分の沈み込み、行動が億劫になる制止が認められ、思考がネガティブになり、時には自殺念慮等が起こる病気です。
治療としては、精神療法として、本人の苦痛を受容し共感するという支持的精神療法や認知の歪みに対して働きかける認知療法が有効です。薬物療法としては、脳内の神経伝達物質の調節障害を改善する抗うつ薬が主に用いられます。
うつ病になっている人は、自分の苦痛が他人には分かってもらえないという悲観的思考をもっていることが多いので、周りの支援者は、じっくりと本人の考えや苦痛を聞き、回復のために医療を受けることを推奨し、半歩遅れたペースで、必要なアドバイス等の支援を行うことが肝要です。
慢性化したうつ病やいわゆる現代型うつ病についても、「止まない雨はない」といった態度で、継続的に関与を続けることで、本人が回復していくことは稀ではありません。支援者に「気合の問題だ、さぼっている」といった気持ちが起こってくるのは、しばしばみかけますが、支援者自身の焦りや無力感の現れてある可能性に留意が求められます。
統合失調症は、十代後半から二十代に発病することが多く、うつ病とともに採用後精神障害として重要な位置を占めています。主たる症状は、幻聴、被害関係妄想などの急性期として陽性症状が初期には現れ、時間の経過とともに慢性期の陰性症状として、意欲障害、自閉傾向などが認められます。発病の原因は確定されていませんが、脳内のドーパミンの過剰仮説が有力であり、治療は主にドーパミン調節薬が用いられています。
周りのものは、事実と相違する本人の言動に驚くことが多く、理解する努力が奏功しない場合がありますが、現在では、本人が「自分は普通の状態ではない」という病感をもっていることが多く、本人のもつ過敏さ、過剰な覚醒度、睡眠障害などに注目して、受療を推奨すると同意が得られる場合が多くなっています。現在では、外来のみで治療を行うことができることもあり、過去のように入院が必要な事例は少なくなっています。また、最近では、研究の進歩(3)とともに、発症リスクの高い方に対して、発症を回避する戦略がたてられるようになってきています。支援者に必要な視点として、強い強度をもつ刺激を避けて関与を続けるということが重要視されています。
最近では、職域でも多くの発達障害の方がさまざまな苦労を経験されることが指摘されるようになっています。これまで精神科領域で焦点があてられることが少なかったので、一般の精神科医には、まだ十分な支援の方法が蓄積されていなのが現状ですが、薬物療法および環境調整療法などが試みられるようになっています。リワークのプログラムにも発達障害に特化した技法が試みられるようになり、今後の発展が望まれます。札幌市(4)が「発達障がい支援情報のページ」で多くの好事例を紹介していいますので参考になると思います。
厚生労働省の障害者施策については、「障害者基本法」(昭和 45 年法律第 84 号)、同法に基づく障害者基本計画等に沿って、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策の総合的かつ計画的な推進がなされているところです。その基本的な考え方は、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現することであるとされています。
このような考え方の下に、障害者の雇用施策については、同計画等を踏まえ、「障害者の雇用の促進等に関する法律」(昭和 35 年法律第 123 号。以下「法」という。)及び法に基づく「障害者雇用対策基本方針」(運営期間平成 26 年度から平成 29 年度まで)に基づき、職業を通じての社会参加を進めていけるよう、各般の施策を推進してきています。
平成 25 年の法改正により法定雇用率の算定基礎に精神障害者が追加されたことに伴い、平成 30 年4月からは一般事業主の法定雇用率を 2.0%から 2.2%とする等法定雇用率の引上げが行われました。また、施行の日から起算して3年を経過する日よりも前に、政府をはじめ関係者が協力して、障害者の雇用を促進し、及び障害者の雇用を安定させ、できる限り速やかに雇用環境を整備し、障害者雇用の状況を整え、一般事業主の法定雇用率を 2.3%とする等としています。
あわせて、精神障害者の希望に添った働き方を実現し、より一層の職場定着を実現するために、平成 30 年4月から5年間の措置として、精神障害者である短時間労働者であって、雇入れから3年以内の者である等の要件を満たす場合には、1人をもって1人とみなすこととされています。詳しくは、厚生労働省の以下の発表を参照してください。
「障害者雇用対策基本方針」(平成30年厚生労働省告示第178号)[PDF形式:240KB]
職域で言われているダイバーシティーとは「多様な特性をもつ人材を活かす戦略」をさします。さまざまな相違を尊重して受け入れ、「相違」を積極的に活かすことにより、変化しつづける産業構造や多様化するクライエントニーズに最も効果的に対応し、企業の社会的価値を創り上げることです。ダイバーシティーの中心概念は、個々人の「相違」を認め受け入れ、「相違」に価値を見つけ出し、職務に関係のない性別、年齢、国籍、障害等の属性を考慮に入れず、個人の成果物、才能、組織への貢献だけを評価し、「相違」に拘らず、全社員が組織に平等に参画し、能力を最大限発揮できるようにすることです。
ここで重要なのは、さまざまな「相違」の中に、障害も含まれていることです。これまで、心身の障害は、会社にとってマイナスの要素が強調されてきましたが、これからの社会では、高齢化、少子化、個人の考え方の多様性、行動特性の変化などを受け入れ、そのなかから、価値を創造していくことが求められています。障害のもつ創造的側面に十分に目配りし、精神障害のもつ特性も「相違」に組み込み、差別や偏見を解消していかねばなりません。最近とみに検討されつつあるLGBTや発達障害等の当事者や医療者が積極的にダイバーシティーの推進・啓発に取り組みたいものです。
1. 土屋政雄:労働者における精神障害の有病率と生産性喪失.日社精医誌:21:535-540,2012
2. 荒井 稔:就労者のメンタルヘルス.財団法人順天堂精神医学研究所、17巻1号、2010
3. 水野雅文:こころの病、初めが肝心 早期発見、早期治療の最新ガイド.朝日新聞出版、2015
4. 札幌市:発達障がい支援情報のページ
( http://www.city.sapporo.jp/shogaifukushi/hattatu/hattatu.html )