一般の方へfor the Public

明智龍男先生に「がん患者の精神的ケア」を訊く

 明智 龍男 先生
名古屋市立大学
※所属は掲載日のものです
現代社会において、がんと診断されることが患者さんとそのご家族のこころにどのような影響を与えるのか、精神科医としてどのように関わるのか、また、周囲の人はどのようにサポートすればよいのかをお伺いしました。(掲載日:2017年1月5日)

①がんについて

 皆さんは「がん」という病気についてどのようなイメージをお持ちでしょうか。「がん=死」、「怖い病気」、「今では治る病気」、「痛みで苦しむ病気」など様々なイメージをお持ちの方がいらっしゃるのではと思います。まず、わが国におけるがんという病気の位置づけを、疫学(集団を対象として、病気の原因や本態を究明する医学の一分野)的な側面からご紹介したいと思います。がんは1981年にわが国の死亡原因のトップにとってかわり、現在もその第一位の座を保ち続けています。現在では、がんによる死亡者数は年間36万人を超え、総死亡の約30%を占めています。また2016年には年間100万人を超える方が新たにがんと診断されると推計されています。私達が暮らしている今の時代では、人々の2人から3人に1人の方が、その生涯のうちにがんを経験する時代なのです。がんは、その5年生存率が約50%にまで向上するなど新しい治療が飛躍的に進歩している病気ではありますが、それでも人の生活や生を揺り動かす致死的な疾患の代表です。

 従って、がんと診断されることは患者さん本人やその家族に衝撃を与え、がんを経験した患者さん、ご家族の多くにケアが望まれる状態がみられます。実際にがん患者さんの悩みとして一番多いのが、「不安などのこころの問題」で生活上の悩みとして挙げられたもののうちの30%以上を占めていることが示されています(「がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査」/「がんの社会学」に関する研究グループ(2015))。このように、患者さんの生活の質を維持、向上させるために、不安を取り除き、できるだけ安心してがんの治療を継続できるようにすることがとても重要です。このような背景もあり、がん医療への精神保健の専門家の参画が強く求められており、私たち精神科医も積極的にがんの患者さんやご家族のケアにあたる機会が増えています。
 

②精神腫瘍学(サイコオンコロジー)について(緩和ケアとの違いも含めて)

 精神医学のなかに「がん」と「こころ」の関係を扱う学問領域がありますが、これを精神腫瘍学(サイコオンコロジー)といいます。サイコオンコロジー(Psycho-Oncology)という言葉は、サイカイアトリー(Psychiatry: 精神医学)、サイコロジー(Psychology: 心理学)およびオンコロジー(Oncology: 腫瘍学)といった用語から成り立つ造語です。日本語としては、「精神腫瘍学」と翻訳されています。サイコオンコロジーは、欧米でがんの診断病名を患者さんに伝えることが一般的になった1970年代に産声をあげた、まだまだ若い学問です。

 精神腫瘍学は、従来ともすると軽視されがちでした「がんが患者さんとそのご家族のこころに与える影響」と「こころや行動ががんの罹患(病気にかかること)や生存など身体的な転帰(病気が進行して行きついた結果)に与える影響」という二つの大きな側面を明らかにすることを目的として生まれました。この項では、主として、精神腫瘍学の一つの柱であります「がんが患者さんとそのご家族のこころに与える影響」という観点から、ご紹介いたします。

 ちなみに、もう一つの柱としての「こころや行動ががんの罹患や生存など身体的な転帰に与える影響」を扱う領域では、たとえば、一定の性格傾向、病気に対する向き合い方(コーピングといいます)やつらい出来事などの心理・社会・行動学的要因が、がんへのかかりやすさやがんにかかった後の生存期間などの身体的転帰に影響を及ぼすのか否かを扱います。本領域は、いわば「病は気から」という古くから存在する概念を、がん医療の現場において科学的に検証しようとう試みであるともいえます。

 精神腫瘍学はよく緩和ケアにおける精神的な部分を担っているものと考えられますが、実際はもっと広い対象を扱っています。先にご紹介しました「こころや行動ががんの罹患や生存など身体的な転帰に与える影響」という領域やがんの患者さんやその家族だけでなく、がんを克服した方(がんサバイバー)への精神的ケアも含んでいるのです。
 

③がん患者さんに合併する精神症状について

 がんになると、さまざまなストレスがかかり、今まで経験したことのない焦燥感や不安感、落ち込み(抑うつ気分)などのつらい気持ちに襲われることがよくあります。代表的な米国の研究によれば、約半数ぐらいの方は何らかのケアが望まれる状態を経験されることが知られています。進行したがんやがんが再発したりすると、ケアが望まれる不安やうつ状態を経験される患者さんの割合はさらに高くなります。

 がんは手術や薬剤による治療で病巣が取りさられたように見えても、少なくとも数年は再発するという危険性があります。ですので、手術などの治療が終わった後でも、多くの方が、がんが再発するかもという不安感をお持ちです。実際、半数以上の方が再発に対する不安などのこころの問題を抱え、それに対するケアを望んでいます。

 本来、人間にはつらい状態におかれたとしても、自分自身で乗り越え、回復していく力が備わっていますが、それが何らかの原因でうまく働かなくなることがあります。そのようなときやあまりにストレスが大きいときに、治療が望まれるこころの状態に発展しやすいのです。少し専門的になってしまいますが、診断名でいいますと、適応障害、うつ病が大多数を占めています。

 適応障害とは、強い心理的ストレスのために、日常生活に支障をきたしてしまうような不安や抑うつ気分などの心の苦しみを経験されている状態をいいます。これまでの研究からは、大体10~30%程度のがんの患者さんに、適応障害が認められることが示されています。一般的には、がんの患者さんに最もみられることが多いこころの問題がこの適応障害です。うつ病は、先ほどご紹介いたしました適応障害の抑うつが強くなった状態と考えていただいてよいかと思います。うつ病といいますととても深刻な大層な病気とのように思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、“うつ病”は、さまざまなストレスに満ち溢れる現代社会においては、誰でも経験する可能性があるこころの問題です。がんの患者さんの5-10%の方がこのうつ病の状態を経験されています。
 

④精神科医としてどのように関わるのでしょうか?どういった対処方法があるのでしょうか?

 気持ちのつらい状態が何週間も何カ月も続いたり、何もする気になれず日常生活に影響を及ぼしたりする場合は、精神保健の専門家のケアやサポートを受けていただければと思います。患者さんの中には、「こころの専門家に援助を求めるのは弱い人間のすることだ」と、誤解される人もいますが、決してそうではありません。例えば、米国のガイドライン(標準的な治療指針)には「こころの専門家に援助を求めるのは弱さではなく強さであると理解してください」と記され、自分自身の問題を積極的に解決しようとするポジティブな行動であると評価されています。

 患者さんはがんという実際的に大変な病気をお持ちなわけですので、精神科医にかかることで全てのストレスが解消するわけではありません。ですけれども、精神科医がお手伝いできることもたくさんあります。例えば、病気そのものの直接の担当医でもなければ家族や友人でもない、第3者であるからこそ「何でも話せる」という大きなメリットがあります。多くの患者さんは自分自身で困難を乗り越えていく力をお持ちです。その力を最大限に引き出すために一緒に対処法を考えたり、患者さん自身がうまく気持ちをコントロールできるようサポートしたりするのがこころの専門家の役割です。

 よく用いられる治療法は、カウンセリングとお薬による治療です。多くの場合は、患者さんの状態と患者さんのご希望に応じて、これらを組み合わせた治療を行っていきます。がん患者さんの治療も一般的なこころの病気の治療と本質的には差はありませんが、がんの患者さんの多くは、がんというほとんどの方にとってとてもつらい病気を経験された結果として、不安感や落ち込みを感じておられますし、多くの方が心のつらさを聞いてもらいたいと思っておられますので、こういった症状に対してすぐに、‘はい、お薬を出しておきますね’という治療では不十分なことが多いです。ですので、がん医療に積極的に従事する精神科医は患者さんの苦しみに十分に耳を傾ける、いわゆるカウンセリングをとても重視しています。カウンセリングというのは、医療者との対話を通して、患者さん自身の力を引き出し、患者さん自身の力でこころの問題を軽減できるように援助する治療方法といってよいかと思います。ただ実際的には薬物療法も併用されることが多いです。がんの患者さんのなかには、こころの治療としてお薬を飲まれることに抵抗をおもちの方もいらっしゃいます。けれども、特に、やや重いうつ状態などの場合は、やはりお薬も上手に使った方が明らかに有効なことが知られています。もし、お薬のことで何か心配なことがあったら、遠慮なく尋ねていただければと思います。
 

⑤周囲の人、特に家族はどのようにサポートすればいいでしょうか?

 まず知っておいていただきたいことなのですが、関係の良好なご家族であれば、ご家族が、以前と何も変わらない家族としてそこにいるだけで、患者さんにとっては大きなこころの支えになるものではないかと思います。ある意味で、がんを患われても、普通に接してあげることも大切かと思います。
がんになったからといって、それまでとうって変わった過敏な態度ではれものに接するように接してしまいますと、患者さんは孤独感や疎外感を感じてしまうこともあるからです。

 患者さんとの会話ですが、つい患者さんに「がんばって」と言ってしまいがちだと思います。逆説的なのですが、この「がんばって」を少し控えめにされてはいかがでしょうか。患者さんは、患者さんなりに、がんばっていらっしゃいます。そんなときに、「がんばって」と言われると、「がんばれない自分がだめなのか」とか、「もうこれ以上どうやってがんばればいいのか」と思ってしまうこともあるのです。

 がんは確かに大変な病気でありますが、がんを患われても、病気を患われる前と何ら変わりのない一人の人なんだという当たり前のことも忘れないようにしたいものです。そして何より大切なのは、時には患者さんと率直に語り合うことではないでしょうか。がんについてあれこれと話し合うことは、場合によってはストレスにもなり得るかと思いますが、それでも、率直に語り合うことによって、お互いのことを共有する、理解しあうことができるようになることは、がんに向き合っていくうえで、何よりも大きな力になるのではないかと思います。そういった過程を経て、ご家族の結束が深まり、共にがんに向き合うような関係を築くことができるのではないでしょうか。

 一方で、これまでの研究から、がんの患者さんのご家族は、患者さんと同じくらいの心の苦しみをご経験されていることがわかっています。このようなことから、サイコオンコロジーにおいては、ご家族を「第二の患者さん」という風にも呼んでいます。ご家族にも、当然、援助が必要だと思います。ですので、ご家族自身が強いストレスを感じておられたら、ぜひ私どもにご相談していただければと思います。

ページトップへ