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永田利彦先生に「社交不安障害/社交不安症」を訊く

永田 利彦 先生
なんばながたメンタルクリニック
※所属は掲載日のものです
社交不安障害/社交不安症はどんな病気なのか、単なるあがり症と病気は別なのか、周囲の人はどのようにサポートすればいいのか、お伺いしました。(掲載日:2016年3月5日)

①「社交不安障害/社交不安症」とはどのような病気でしょうか?

社交不安障害(社交不安症)は、新しい病気で、最近日本でも耳にするようになりました。この病気が成立するには人付き合いが活発な社会の成立が不可欠だからです。昔からあがり症(人前で話すのが苦手)な人はいました。でも、なに不自由なく一生を終えることができました。思い返してください、日本の江戸時代、中世のヨーロッパの農村では、朝から晩まで田畑で過ごし、言葉を交わす相手は家族だけでした。旅行も引っ越しも制限されていたので村の人間は何代も同じ土地に住み、年に1回のお祭りで、村全員の顔を合わせても、知り合いばかりで、緊張やあがることはありませんでした。
それが、産業革命によって、都市部に急激に人が集まり、工場でみんなが同じものを大量に作り出す時代 となりましたが、先進国と言われる国々では産業構造がさらに変わり、金融などのサービスを提供する仕事が花形となりました。このような産業構造の変化を社会学では近代化といいますが、社会学自身が、この近代化の産物と言えます。人々は教育を受けられるようになり、移動の自由、職業選択の自由を得ましたが、同時に、人付き合い、さらには自分を売り込むのが苦手な人にとってはかえって不自由な時代となったのです。
このようにご紹介しますと、誰かが勝手に作り上げた空想の病気のように思われるかもしれません。実は、病気は社会構造と無縁ではないのです。例えば認知症の最大の危険因子は高齢です。70歳、80歳を超えて生きられる時代の到来が、認知症が一般化する前提です。また、摂食障害も、死に至ることも希ではない重大な病気ですが、人付き合いが活発な先進諸国に多い病気です。食料が十分に行き渡り、女性が自由に職業や結婚相手を選択できる環境等が関連しています。

②単なるあがり症と病気は、別なのでしょうか?

例えば、自傷行為や自殺未遂は1回でも、何らかの対処、治療が必要です。反対に大勢を前にしてプレゼンテーションするのが苦手で、あがってしまうのは、ごく正常です。それを病気とするのが「おかしい」と感じるのは正しいことです。現在、社交不安障害として治療を受けられている方の多くが、回避性パーソナリティ障害(ほぼ重症な社交不安障害とおなじ状態です)とも合致するか、それに近い状態の方々です。
具体的な症状にはどのようなものがあるのでしょう。普通の方が、あがり症と思うとすぐに思い浮かぶ症状に、大勢を前にして話すこと、プレゼンテーションや朝礼が挙げられます。そのような症状は、パフォーマンス恐怖と言われ、それも、もちろん、社交不安障害の症状に含まれます。しかし、問題なのは、対人相互関係、つまり1対1の関係にも支障をきたすことです。そこまで親しくない人に、ハッキリと自分自身の意見を言えないことです。日本語に「遠慮」という言葉がありますが、まさにそれがぴったりきます。人に頼まれても断れなかったり、人と違う意見をいうことができなかったり、異性になかなか声をかけられなかったりします。周囲の人にとっては、何を頼んでも断らない、「良い人」です。ご本人は、内心、疲れ果て限界に達しているのに断れないのです。最終的には仕事へ(若年では学校へ)行けなくなるなど、大変なことになってしまいます。
このように、はっきりと自分の意見を言えない人にとって苦手なのは、同僚や同級生です。この人と長く付き合っていかないといけない、嫌われたら困ると考えると、何も言えないのです。不思議と、1回限りの「お客様」は大丈夫なのです。それまで、ひきこもりの状態であった方が、ある日突然、駅中シュークリーム売店で一人でアルバイトを始めて、主治医だけでなく、家族をも驚かせました。しかし、時々、「応援」としてもう1人が来ることとなり、時に2人で働かないとならなくなると、ぱったりと行けなくなり、ひきこもりに逆戻りしました。対人恐怖症研究で高橋徹先生(1976年)が、「中間的な親しさの支配する場面」が困難であることを記されたとおりです。
同僚・同級生に自己主張できないと様々な支障をきたします。就学上の困難(欠席などのための悪影響だけではなく、学歴に関連するとの研究結果もあります)から始まり、就職、結婚(独身でいる率が高い)とあらゆる面で悪影響があり、重大なことです。
前時代の残りとして、プレゼンテーションだけを恐怖する人も診断基準に残っていますが、「パフォーマンス限局型」として、一般の社交不安障害とは異なった扱いとなっています。

③原因はわかっているのでしょうか?

多くの精神障害と同様に原因はまだ分かっておらず、解明の途中です。ここでは気質と扁桃体について少し説明したいと思います。
気質というのは、性格やパーソナリティの土台になるようなものです。アレクサンダー・トーマス(Alexander Thomas)とステラ・チェス(Stella Chess) という先生方が、赤ちゃんの「気質」が大人まで続くことを実際に観察、追跡研究することにより明らかにしました(これをNew York Longitudinal Studyといいます)。さらにジェーロム・ケーガン(Jerome Kagan) というアメリカの心理学者は、幼少時の行動抑制(childhood inhibition) という気質が、大人にまで継続することを明らかにしました。生後4ヵ月の赤ちゃんにアルコール綿を嗅がせるなどの刺激を与えると、後ろに反り返り、イライラして泣き叫ぶ場合とそうでない場合がありました。この「高反応」で恐がりの気質を持った赤ちゃんは、全体の約2割でした。その後、その「高反応」の赤ちゃんは、14ヵ月、21ヵ月で心電図の電極、血圧測定、見知らぬ女性や物体に驚き、31ヵ月に道化師などの服装をした人や見知らぬ女性を恐がり、そして7歳、11歳と続く息の長い縦断研究において、その気質が継続していくことを明らかにしたのです。そして、この赤ちゃんの時の行動抑制という気質(赤ちゃんの時は大人しいのではなく、高反応なのですが)が、青年期などでの不安障害発症の危険因子であることが分かってきました。
また、このような高反応であることと、脳内で危険を察知する扁桃体の過剰な活動との関連が想定されます。そして、社交不安障害では、扁桃体が過剰に反応しやすく、前頭葉(前頭眼窩皮質)がうまく扁桃体をコントロールできていないことが知られています。

④どのような治療があるのでしょうか?

ある一定以上の重症度の社交不安障害は回避性パーソナリティ障害を併存します。過去の心理学の教科書には、大人のパーソナリティは変わらないと書いてありました。たとえば、1980年まではウィリアム・ジェームズ(William James )の「30歳になると、性格は固定され、決して再び柔軟となることはない」という言葉が引用されていました。ところが、この十数年の研究結果は、パーソナリティ障害が治療可能であることを示しています。過去、アメリカ精神医学会の精神科診断基準では、うつ病のような一般的な精神障害はI軸障害、パーソナリティ障害は「変わらないもの」としてII軸障害とされていましたが、2013年の改訂で、その区別がなくなりました。うつ病と同様に、各種のパーソナリティ障害も治療可能であることが公式に認められたのです。性格なので治療できないと思って、治療や受診を諦めている人も多いのですが、治療可能となったのです。
治療には薬物療法と精神療法があります。多くの研究結果がSSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors、選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の有効性を支持しています。現在、日本では、年代順にフルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、エスシタロプラムの4種のSSRIが処方可能で、フルボキサミン、パロキセチン、エスシタロプラムの3剤が社会不安障害(旧名称で収載されています)の適応を有しています。単なるあがり症ではなく、日常生活でも同僚(同級生)にハッキリ意見が言えないほどの重症度でないと有効性を感じられませんし、それ以上の重症度の方に服用をおすすめしています。また治療の効果が得られるまでに3ヵ月から半年といった長期間の服用が必要で、服用期間も数年と長期にわたります。そのような長期間の服用を、すぐに決断できないのはもっともです。しかし、社交不安障害の発症が中高生の年代で、受診時の時点で病歴が10~20年となっていることを考えてください。医師とよく相談してください。
SSRIが利用可能となったのは比較的最近のことで、不安障害に対しては昔から抗不安薬(ベンゾジアゼピン系薬剤)が使われてきました。確かに安全性は高く(眠気以外の副作用はほとんどありません)、服用して30分後には安心感が得られるなど、効果が速やかに感じられます。しかし、実は、連用によって耐性を生じ(慣れてしまって)、依存を起こすことさえあります。効いているという実感がある分、毎日、長期間服用してしまうと、やめにくいのです。ですので、頓用として時々だけの服用や、SSRIの効果が出現してくるまでの間だけに期間を区切っての服用が望ましいのです。
β阻害薬といって脈拍を下げることで血圧を下げるお薬は、眠気がないことから、ピアノの演奏会の30分前などパフォーマンスの直前に服用するように処方されます。しかし、有効性に関する研究は少なく、あまり頼りすぎないようにします。  精神療法の中では、多くの研究結果が社交不安障害に対する認知行動療法の有効性を支持しています。集団認知行動療法より個人認知行動療法という、1対1での治療の方が効果を示します。医師や臨床心理士と話し合いを進める中で非機能的な 認知を修正し、行動を変えていくことを目指します。ただ、話し合いによって長年染みついてしまった考えや行動の癖を変えていくことは、想像以上に努力を必要とする作業です。通常の診察以上の時間の枠が必要ですから、必ず予約が必要となります。土曜や夜間の予約は取りにくく、時間通りに通院することは、大きな負担です。さらに、外科手術を受けるように麻酔をかけられ眠っている間にすむわけではありません。テニスのコーチと選手の関係のように、次の通院時までの宿題が出され、その宿題の進行度合いを記録して持参する、日常生活での自習が欠かせません。そのことをよく話し合ってから始めます。

⑤周囲の人はどのようにサポートすればいいでしょうか?

ご家族はそこまでご本人がお困りとは思えないことが多いです。しかし、それは、ご家族の理解力の不足ではありません。ずっと一緒に暮らしているご両親に対しては、緊張しないだけではなく、内弁慶という言葉がありますが、ご両親・ご家族にだけは、強く自己主張できる場合が多いのです。ですから、家ではこんなに自己主張が強い子が社交不安障害であるはずがない、と信じてもらえないことも多いです。ですので、是非、一緒に受診していただき、説明を受け、患者さんの苦しみを十分に理解できるようになってあげてください。
この障害はホームページに主要な精神障害の1つとして載るほど一般的なものですが、ご本人はお気づきになっていらっしゃらないことも、まだ非常に多いのが現状です。うつ病、アルコール関連障害(飲酒によって緊張がほぐれます)、摂食障害などといった「急性」の精神障害を発症して、受診される方が多いのです。しかし、背景にある社交不安障害に気がつかず、休息(休職・休学)するとストレスな社交場面から回避できるため、急速に改善します。ところが復職(復学)したとたん、再発・慢性化し、難治性として扱われてしまうことも、多くみられます。そこで、社交不安障害が背景にある可能性を患者さんともに、ご家族も考えてみてください。新しい希望が見えてくるかもしれません。

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