公益社団法人 日本精神神経学会

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松本俊彦先生に「薬物依存症」を訊く

更新日時:2015年8月26日
松本 俊彦 先生
NCNP
※所属は掲載日のものです
薬物依存症とはどんな病気か、薬物依存症の治療にはどのようなものがあるのか、お伺いしました。(掲載日:2015年8月26日)

①  薬物依存症とはどんな病気なのでしょうか?

かつて「薬物中毒」という用語が薬物依存症と同義の言葉として用いられた時代がありましたが、いまは用いられなくなっています。その理由は正しくないからです。「中毒」というのは、文字通り「毒(=薬物)が体の中にある状態」を指していますが、この状態は「解毒(毒を体外に出す)」すれば、薬物による心身に対する弊害は消失し、治療はおしまいとなるはずです。
ところが、依存症はそうはいきません。たとえば、薬物をやめていても、かつて薬物よく使用していた場所を訪れたり、一緒に使用していた薬物仲間と出会ったり、あるいは覚せい剤の粉末を溶かすために携行していた500mlのミネラルウォーターのペットボトルを目にしたりするだけで、薬物の欲求が蘇ることがあります。たとえ欲求を自覚しなくとも、かつて薬物を使ったときに体験した様々な心身の変化(心拍数の上昇、発汗、落ち着きを失う)が出現します。あるいは、暇な時間に退屈な気分になったときに、ふと「薬物を使いたい」と考えてしまったり、「しかし、我慢しないと」などと葛藤したりします。つまり、薬物依存症とは、「薬物が体内に存在すること」が問題ではなく、薬物を繰り返し使ったことで、人の心身に何らかの変化が生じた状態を表しています。
覚せい剤や大麻、シンナー、危険ドラッグなどの依存性のある薬物は、いずれも脳内の快感中枢を直接刺激する性質を持っています。この中枢は、たとえば一生懸命勉強をしてよい成績をとったり、努力が認められて褒められたりした際に興奮し、私たちをよい気分にさせてくれる働きがあり、そのおかげで私たちは苦しいことやつらいことがあっても、その向こう側の「よい気分」を期待して頑張れるわけです。ところが、依存性薬物は努力のプロセスを一気に飛び越えて直接その中枢を刺激し、多幸感を体験させ、苦痛をやわらげます。その結果、勉強を褒められた子どもがせっせと勉強に打ち込むようになるのと同じように、薬物でそのような体験をした人は再びその体験を求めて薬物使用を繰り返すようになるのです。
こうなると、薬物を使っていないときにも、次に薬物を使う機会が待ち遠しいと感じるようになるのは時間の問題です。気づくと、自分のなかでの価値観の序列が変化してしまっています。たとえば、これまで自分にとって大切だったもの―家族や恋人、友人、仕事、財産、健康、そして将来の夢―よりも上位に薬物が位置づけられ、薬物を使い続けるライフスタイルに合った恋人や友人、仕事を選択するようになります。
昔から知っている人からすると、薬物中心の生活を送るようになった本人のことを、「性格が変わった」「別人になった」と感じることでしょう。何よりも大きな変化は、嘘をつくようになるというでしょう。薬物を使い続けるには家族や職場にバレないようにする必要があるので、薬物依存症を抱える人は本当によく嘘をつきます。しかし大抵の場合、一番騙している相手は他の誰よりも自分なのです。「これが最後の一発」と自分にいいきかせながら薬物をいつまでも使い続ける……これが自分に対する嘘です。この段階では、薬物を使用することの快感はほとんどなく、むしろ使わない状態のときに自分を襲う苦痛や、目を背けていた現実と向き合う不安の方が強くなっています。
まとめると、薬物依存症とは、「心がいつも薬物にとらわれている」状態、いいかえれば、脳が依存性薬物に「ハイジャック」され、自分の意志や行動が薬物にコントロールされている状態を意味します。

 

② 薬物依存症は治るのですか?

すでに述べたように、薬物使用をやめて体内からすっかり薬物を抜いたとしても、薬物依存症という病気は変わらず存在します。つまり、薬物のことを思い出させる物や人、状況に刺激されるたびに渇望が高まり、「薬物を使いたい/やめたい」という葛藤に揺れる状態は、薬物をやめてかなりの期間を経過しても続くのです。したがって、この質問における「治る」という言葉が、「目の前に薬物を置かれても全く動じなくなる」という意味であれば、「薬物依存症は治りません」と回答するしかないでしょう。
しかし、絶望するにはおよびません。意外に知られていませんが、世の中に存在する医学的疾患の多くは慢性疾患―すなわち、「治らない」病気なのです。代表的な慢性疾患としては糖尿病があります。糖尿病に罹患した方でも食事療法や運動療法、薬物療法によって血糖値を安定化させることで、糖尿病が引き起こす深刻な合併症を防ぎ、天寿を全うすることは十分に可能です。だからといって、「ケーキの食べ放題でいくらケーキを食べても血糖値が正常範囲内におさまる」という体質を手に入れることはできませんし、生涯にわたって食事に気をつけるなどのセルフケアが必要です。
薬物依存症もこれと同じです。目の前に薬物を差し出されても全く動じない体質を手に入れることは不可能ですが、やめ続けることによって、薬物によって失った健康や財産、あるいは信用を取り戻すことは十分に可能です。つまり、「完治することはないが、回復することはできる」病気なのです。
とはいえ、この「やめ続ける」というのは容易ではありません。どんなに重篤な薬物依存症の人であっても、単に薬物をやめるだけであれば、実に簡単です。実際、多くの薬物依存症の人が何度も薬物をやめています――数日単位、あるいは数時間単位で。難しいのは、「やめること」ではなく、「やめ続けること」です。そして、薬物をやめ続けるために、治療プログラムなどのメンテナンスが必要となります。

 

③ 薬物依存症の治療にはどのようなものがありますか?

薬物依存症の治療プログラムには、大きく分けて医療機関でのプログラムと、当事者(薬物依存症からの回復者)によるプログラムの2つがあります。
前者では、ワークブックに沿って、「自分がどんなときに薬物の渇望が刺激されやすいのか」を振り返り、「渇望が刺激されたらどのようにして気持ちを逸らすのか」をグループで学ぶ再乱用防止プログラムが行われている場合が多いです。代表な再乱用防止プログラムとしては、SMARPP(Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program)があります。このプログラムは通院が原則ですが、通院ではなかなか薬物使用がとまらない人の場合には、1~3ヶ月程度入院していただき、物理的に安全な環境に身を置きながら集中的に治療プログラムに参加してもらうこともあります。
後者としては、薬物依存症の自助グループN.A.(Narcotics Anonymous)があります。これは、同じ薬物依存症という問題を抱えた人たちが集まり、自分の近況や感じていることを話す場所です。N.A.は、安心して自分のことを話せる場です。「薬物を使いたい」、あるいは「使ってしまった」と告白しても、誰も不機嫌になりませんし、誰も悲しげな顔もしません。むしろそのように正直にいえたことを称賛されるでしょう。薬物依存症からの回復にはそのような場が必要です。大抵の場合、N.A.のミーティングは夜間に開催されているので、仕事を持っている人でも参加しやすいのが特徴です。
しかし、薬物依存症が重篤な人の場合には、生活リズムが乱れ、定期的にN.A.に参加すること自体が非常に難しいと思います。その場合、民間リハビリ施設(有名なのは、DARC: Drug Addiction Rehabilitation Center)に入所し、半年~2年程度、規則正しく健康的な生活を送りながら、N.A.プログラムの基礎を集中的に学ぶとよいでしょう。
精神科医療機関のプログラムと当事者によるプログラムのいずれがよいのかは、患者によって異なります。前者の長所は、薬物依存症以外に合併している精神疾患――うつ病、双極性障害、統合失調症など――の治療を同時並行して行えるという点にあります。一方、後者の長所は、回復者という具体的な目標が見えることで治療意欲が高まりやすく、本人の気持ちを理解してもらえるという点です。実際の援助場面では、医療機関のプログラムと当事者のプログラムをうまく組み合わせて治療を進める場合が多く、それが最も成果が上がりやすい方法であると思います。
 

④ 刑罰は薬物依存症からの回復に役立ちますか?

薬物依存症からの回復という点については刑罰には限界があります。覚せい剤取締法違反は再犯率がきわめて高く、同じ人間が何回も繰り返して逮捕されているのは、服役したからといって覚せい剤依存症は少しもよくなっていないからです。そして私の経験からいっても、覚せい剤依存症患者が最も覚せい剤を再使用しやすい時期は、刑務所を出所した直後なのです。
もちろん、私は取り締まりや刑罰が全く無意味というつもりはありません。たとえば、薬物使用がとまらなくなっていた人が、シラフになった頭で「これからどうやって生きていきたいのか」と振り返ることのできる環境を得る機会として、逮捕される経験には一定の意義があります。
しかし、刑務所という場所は、薬物依存症をこじらせる側面もあります。薬物依存症は別名「忘れる病気」です。「もうクスリはやめたい」と心底思う体験があっても、数日もすれば簡単に「喉元を過ぎて」しまう性質があります。しかも、どれほど重篤な薬物依存症を抱えている人でも、絶対に薬物を使えない環境にいると、全く薬物に対する渇望を自覚しなくなり、自分の「病気」を簡単に忘れます。ですから、覚せい剤取締法事犯者の多くは、出所する頃には、「薬物依存症はもう完全に治った」と思い込み、「いくら誘われてももう大丈夫」と自信過剰になっています。それで、出所早々に昔の仲間と再開し、あっさりと薬物に手を出してしまう、というパターンが多いのです。
「薬物依存症からの回復には刑罰よりも地域における治療の方が有効」というのは、いまや国際的には常識となっています。事実、米国での研究では、違法薬物乱用者を州立刑務所に収容した場合、出所後3年以内の再犯率は78%であったが、刑務所に収容せずに地域で治療ブログラムにつなげた場合、その修了者の3年以内の再犯率は21%であったというデータがあります。
さらに、逮捕されることが度重なると、次第に社会にいる期間よりも刑務所にいる期間の方が長くなってきます。そうなると、家族や友人といった支援者が少なくなり、加齢とともに就職先も見つかりにくくなります。結果的に、社会で自分の居場所を得ることが難しくなり、それこそ、「薬物でも使わなきゃ、やっていられない」といった、やさぐれた気分になってしまうこともあるでしょう。その意味でも、早い段階で本人を専門的な治療・支援につなげることが大切です。

 

⑤ 本人が治療を受けたがらないのですが、どうしたらよいでしょうか?

依存症という病気の特徴は、「本人が困るよりも先に周囲が困る」という点にあります。周囲は問題を感じ、何とかしようと努力しているにもかかわらず、肝心の本人は「自分には問題などない」と事態を否認し、なかなか治療を受けようとしません。ですから、大抵の場合、薬物依存症の治療は家族相談から始まります。
薬物依存症者本人と家族とのあいだにはしばしば悪循環が生じています。家族がよかれと思って「転ばぬ先の杖」を出すことが、皮肉にも本人の薬物使用を維持してしまっているという事態もめずらしくありません。家族の相談では、そのような悪循環を見つめ直し、少しでも薬物依存症の本人が自分の問題とじかに向き合う状況を作るにはどうしたらよいのかといったことを話し合っていきます。
家族相談で大切なのは継続性です。家族はしばしば、「とにかく入院させてほしい」と願い、1回の相談でそうした「魔法の杖」のような答えを求めます。しかし残念ながら、たとえ入院しようとも、それだけでは何も問題は解決しません。何とか入院させてもすぐに勝手に退院してきてしまいますし、専門外来に受診してもすぐに通院を中断してしまいます。しかし、家族が相談を継続していれば、そのときどきの状況に応じた助言をもらって、本人が再び治療に戻りやすくなり、結果的に回復も近づきます。
そこで、ぜひご家族にお願いしたいのは、各都道府県・政令指定都市に設置された精神保健福祉センターに連絡を取ってほしいということなのです。多くの精神保健福祉センターでは依存症家族を対象とした家族教室や相談窓口を開設しています。また、そこには、薬物依存症の専門病院や薬物依存症者家族のための自助グループをはじめとする、様々な社会資源に関する情報もあります。一部の精神保健福祉センターでは、薬物依存症の本人対象の再乱用防止プログラムや依存症者家族を対象とした家族教室を実施しているところもあります。
そういう意味では、本人を専門病院につなげる前に、まずは家族が精神保健福祉センターに連絡をとり、相談してみるのがよいでしょう。

 

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