公益社団法人 日本精神神経学会

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岡野 憲一郎 先生に「解離性障害」を訊く

更新日時:2024年9月24日New
岡野 憲一郎 先生
本郷の森診療所・京都大学
※所属は掲載日のものです
解離性障害ではどんな病気なのか、どのような治療、対処が有効か、周囲の人はどのようにサポートすれば良いのか、必要なことをお伺いしました。(掲載日:2024年9月19日)

①「解離」とは、どのような現象でしょうか?

「カイリ」という言葉は最近よく耳にするようになっていますが、それを説明することは決して容易ではありません。解離は私たちが特殊な状況で、心や体の状態がスイッチする現象であり、それにより危機を乗り越えることが出来たりします。そこで生じることは実にさまざまで、意識が遠のく、記憶を失う、手足の感覚がなくなる、など、通常の働きが急に抜け落ちるという形をとる場合が多いのですが、時にはどこかから声が聞こえる、自分の口がひとりでにしゃべりだす、手足が勝手に動き出す、など心身がバラバラにふるまうという形を取ることもあります。解離は意図的に制御することは出来ず、突然始まることが多いため、当人も周囲も戸惑うことが少なくありません。この解離症状には、いわゆる幽体離脱や憑依現象、こっくりさん、多重人格状態、スポーツで見られるイップスなども含まれます。
 解離で実際に何が起きているのかを説明しようとすると、少し抽象的な言い方になりますが、心や体に「自分以外の中心」が現れて心身をコントロールするようになった状態と考えて下さい。なぜそのようなことが起きるかはほとんどわかっていませんが、その「中心」が手足を麻痺させたり、本人の口を借りて勝手にしゃべったり、幻聴として話しかけてきたりします。
 一時的な解離は催眠や、酒や薬物の使用時に起きることがあります。しかし頻繁に生じ、新たな人格まで形成されるような複合的な解離の場合、しばしば原因として考えられるのが、幼少時のトラウマや大きなストレスです。その体験の強烈さが自分の心のキャパシティを超えた時に、このような不思議な現象が始まると考えられています。

②解離性障害にはどのような種類がありますか?

解離性障害のいわば基本形としてあげられるのが、解離性健忘です。これはある出来事についての記憶(いわゆるエピソード記憶)が後になって思い出せないという状態です。特に大きな精神的なトラウマが生じた場合には、それまでに解離性障害の症状がなかった人でも、この解離性健忘が生じる可能性があります。たとえば震災や交通事故、性加害の犠牲者の中にはそのエピソードの一部を記憶していないということがあります。また解離性健忘はいわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に伴って生じることもあります。解離性障害にはいくつかの種類がありますが、いわゆる離人感・現実感喪失症を除いては、この解離性健忘が複雑な形で生じ、あるいは組み合わされることが一般的です。
 解離性障害の中で最も深刻で、しばしば精神科の治療の対象となるのはいわゆるDID(解離性同一性障害、昔の多重人格障害)と解離性遁走です。DIDではいくつかの異なる人格が形成され、それぞれが自律的に行動を起こします。そしてしばしばお互いの行動を記憶していないということが生じ、そのことで自分自身も周囲の人々も混乱します。このDIDの背景には、幼少時の長期にわたるストレス体験が考えられます。というのもDIDの方の多くには、すでに幼少時に解離傾向や別人格の存在がうかがわれるのが一般的だからです。ただし幼少時の虐待などの経歴が明確に見られない場合もあり、この成立の過程にはまだわかっていないことが少なくありません。DIDはこれまでにドラマや小説のテーマとして、やや誇張された形で扱われてきました。
 他方の解離性遁走は一定期間自分のアイデンティティを失って遠方をさまようという特徴ある症状を示します。我に返り、あるいは保護されて帰宅した後も、それまでの自分の来歴の一部ないしは全部を思い出せないということが多く、時にはその記憶が戻らないままに一生を終えることも少なくありません。
 以上述べたもの以外に、解離性障害の中には離人感・現実感喪失症が掲げられています。これは自分の体や心、あるいは外界との間にが膜があるように感じられ、自然なものとして実感されない状態で、人生のある時点で突然生じ、その後長くその人を苦しめる可能性があります。またこの障害は解離性健忘を伴っていないことも少なくありません。また離人感・現実感喪失症は、他の解離性障害の一部の症状としても、あるいはうつ病の症状としても生じることがあります。
 これ以外に従来転換性障害、身体化障害などと呼ばれていたものも、分類によってはこの解離性障害の中に入ってきます。突然足に力が入らなくなったり、耳が聞こえなくなったり、急に言葉が出なくなったり、という症状が比較的多く聞かれます。これらの症状も、多くはトラウマやストレスをきっかけとして突然生じたり消えたりする傾向にあります。

③解離性障害の治療には、どのようなものがありますか?

解離性障害の治療としてはなによりも、専門家により正しい理解に基づいたアセスメントと診断を受けることが出発点です。解離性障害は決してその診断が難しかったり特別な専門的な知識を必要としているわけではありません。その意味ではほかの精神疾患と同じです。ただし治療者の側に解離性障害という診断を下すことに抵抗があったり、その疾患自体を受け入れがたいということがいまだに起きています。その意味では非常に特殊な精神疾患と言えるかもしれません。そのために自分の症状の話をしても怪訝そうな顔をされ、「誰に話してもわかってもらえなかった」という体験をする人が少なくありません。治療者がそれを正しく理解し、説明することはそれ自体が不安の軽減や将来への希望に繋がります。
 いったん正しい診断が下され精神科の外来への受診が開始された後には、現在の解離症状が継続したり悪化したりする要因が取り除かれる必要があります。現在の居住環境や学校、職場でのストレス因が軽減されることが図られる一方では、カウンセリング等により当人の体験している解離症状についての聞き取りや理解が治療の決め手となることが少なくありません。なお現在解離症状そのものに対して効果を発揮する薬物はありませんが、うつ病や不安障害などの問題を同時に抱えている人にはそれらの症状に対する薬物治療なども行われます。
 特にDIDについて言えることですが、治療の主体は何といってもカウンセリング(精神療法)です。カウンセラーを前にして、解離されている心の部分が徐々に表現されていくことが当人にとってとても大切です。当人はそれまで自分の心を自由に表現できないような環境にいた為に、解離の症状が長引いていた可能性があります。いったん自由な自己表現が出来るような他者との関係を持つことで、解離の症状は徐々に改善していく傾向にあります。その最初のステップがカウンセリングなのです。

④家族や友人はどのようなサポートをすることがいいのでしょうか?

この問いは少し複雑な問題を含んでいます。家族や友人による障害の理解が大切であることは言うまでもありません。しかし同居中の家族の存在そのものがストレスとなったり、解離性障害を悪化させたりしている可能性があります。場合によっては当人を原家族から救い出すための第三者の存在が不可欠であったりします。しかしここでは家族や友人がご本人の問題を理解し、援助する能力や立場にあることを想定しましょう。
 当人は早くから解離症状を自覚している場合も少なくありません。しかしそれを周囲に伝えることに抵抗を感じることが非常に多いようです。特にそれが幼少時からの家庭環境に根差している場合、当人が親に自分の心や体に起きていることを伝え、分かってもらうという体験を持たず、むしろそれを秘密にしておく傾向があります。また学校や職場でも、周囲からおかしな人と思われるのではないかという懸念から、症状を隠す傾向もあり、そのためこの障害の同定がより難しくなります。
 しかし他方では周囲が異変に気が付き、時には解離性障害についての知識を持つ友人や同僚が、当人にその可能性について伝え、場合によっては受診を勧めることで治療が始まる場合もあります。
 当人の過ごす学校や職場には、解離症状が起きた場合にどのように対処すべきかについて伝えることがしばしば助けとなります。授業中や仕事中にしばらく朦朧となったり、失神したりした場合にも、すぐに救急車を呼ぶのではなく、しばらく保健室などで様子を見守るなどの対応がもっとも適切であるということを知ってもらうことは重要でしょう。ただし解離性障害の存在を学校や職場に伝えることで、かえって奇異の目で見られたり差別的に扱われる危険性もあるので、誰に、どこまで伝えるかは難しい問題でもあります。しかし一番親しい友達、職場の上司などには伝えておくことがよい場合が少なくありません。
  最後に解離症状はある意味では特殊な能力が発揮される事でもあるという認識は大切であることをお伝えします。そして病的な程度の解離症状は一般的な傾向としては、安全な環境では次第に軽減され、改善していく傾向にあることも付け加えさせていただきます。

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