公益社団法人 日本精神神経学会

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精神科医のキャリアパス

更新日時:2024年3月1日

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伊原 栄 先生
東京足立病院

「幸せに生きることの意味」に興味があった私にとって、患者さんの人生をともに考えることができる精神科医の仕事にやりがいを見出したのは自然な流れだったと思います。」

(掲載日:2024年3月1日)※所属は掲載日のものです

伊原先生が精神科医を志した理由を教えてください。

 高校卒業後に最初に入学した大学は理工学部建築学科でした。都市計画や住宅の設計を勉強する中で「人が幸せに生きるとは何なのか」を考える機会が増え、自分の興味は人間そのものであることに気づき、医師への転向を決めました。初期研修時代には幅広く学ぶことをモットーに、メジャー科に加えて耳鼻科、皮膚科などのマイナー科もローテートしました。

 私が精神科に進むことを決めたのは、初期研修2年目にローテートした精神科で慢性期の統合失調症の患者さんを担当したことがきっかけでした。その患者さんは恋愛に関する妄想に支配されながら生活をしていましたが、好きな人を見るときの患者さんの目は幸せそのものであり、妄想を取り去ることだけが正しい治療なのだろうかと当時の私は考えました。もちろん今であれば、妄想の背景にある事情や患者さんが病前から有している価値観を考慮した上で治療のゴールを考えるべきだと思っています。

「幸せに生きることの意味」に興味があった私にとって、患者さんの人生をともに考えることができる精神科医の仕事にやりがいを見出したのは自然な流れだったと思います。

現在はどのような働き方をされていますか?また、なぜ今の働き方を選んだのか、理由を教えてください。

 後期研修終了後に現在勤める単科の精神科専門病院に就職して、勤続10年目になります。病院の決め手は、統合失調症やうつ病、躁うつ病などの重症の患者さん達の治療を数多く且つ経時的に行えるという点でした。
 精神科専門病院の外来には、病状により入院を要する患者さんや、看護師、心理師(士)、精神保健福祉士などの多職種の支援者と共に治療に当たる必要のあるいわゆる治療困難例の患者さんが多く通院しています。このため、他の医療機関に転医していくことは少なく一旦患者さんの担当になると長い期間主治医としての役割を持ちます。私にとって大きな財産になったこととしては、1つの病院の常勤医として勤務し続けることで治療が困難である患者さんの病状が回復して地域に戻るまで、あるいは地域に戻って以降の生活を長期に伴走することできたことです。また、「師匠」と呼びたくなるようなベテランの精神科医が多くいて、マニュアルには書かれていない「職人技」を学ぶことが出来ました。ここ最近は、精神科医としての幅を広げるために精神療法を学びたいと考え、認知行動療法に取り組んでいます。勉強を続けている間に同じ志を持つ数多くの先生方と知り合うことができ、そのご縁で2020年から大学院生として認知行動療法の研究もしています。仕事と大学院生活の並行は時間のマネジメントに苦労することもありますが、「楽しい」の一言に尽きます。

精神科を選んで良かったことは何だと思いますか?

 大きく3点あります。1点目は、急性期の患者さんの劇的な回復を経験できたことです。これをお読みになっているのは主に研修医の先生と医学生の方々ですよね?きっと、研修や実習では幻覚・妄想が強く会話や行動が支離滅裂な患者さんを担当して、「どうやって対応したらよいのか」とびっくりしたという経験がある方もたくさんいると思います。このような重症の患者さんでも、数カ月間適切に治療をすれば穏やかに冗談を言い合えるほどに劇的に回復します。救急や外科とは違うドラマティックな展開が精神科にもあるのです。

 2点目は患者さんの年齢層の幅広さです。10代から90代まですべての患者さんに、それぞれのライフステージに沿った困りごととそれに付随する精神的な苦痛があります。内服、精神療法、問題解決などのできる限りの手を尽くすこともあれば、時間が過ぎ去るのを待ったり、問題を受容したりすることもあります。目の前の患者さんが直面している困りごとは、私自身も過去に似たような経験してきたり、あるいはこれから同様の問題に直面する可能性があったりします。したがって、治療の場で患者さんとともに問題を同定し解決策を検討して問題を乗り越えていくというプロセスは、実は私の人生経験にも繋がっているのです。

 3点目は、老いと経験の問題です。体力の衰えは悲しいことですが避けることはできません。私も昔はフルマラソンを完走したこともありますが、いまは無理になってしまいました。しかし、このように「何かを失う」経験をしていくことは人としての深みを得ることと同義です。私は、苦労を重ねておばあちゃんになればなるほど温かみと深みを持つ精神科医になれるのではないかと思いながら過ごしています。

最後に、医学生、研修医の方へのメッセージをお願いします。

 学ぶことは「道を歩き続ける」ことに似ています。これを読んでくれている読者の方々が医師としてこの先どんな道を選択しても、目の前の患者さんや疾患に興味を持ち学び続ける限り、面白さを感じられるでしょう。それは自分の知識や経験が深まるだけではなく、学びの道を歩く過程で、予想だにしなかった出会いがいくつもあるからです。私は自分と同じ志を持つ仲間やロールモデルとなる師匠と何人も出会えました。この記事を読んで頂いたどなたかといつかどこかで出会い、最初は私があなたを教える関係になるかもしれませんが、最終的には仕事を超えて仲間になる日がくることを楽しみにしています。

 

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