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精神科医のキャリアパス

更新日時:2019年2月28日

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新井 薫 先生
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 精神機能病学分野

「薬がダメでも他にも打つ手はある、という治療選択肢の豊富さは精神科の面白い点のひとつです。「精神療法がうつ病に有効である」と文字にしてしまえば簡単ですが、実際に起こっている現象はとても不思議ではないですか?」

(掲載日:2019年2月28日)※所属は掲載日のものです

新井先生が精神科医を志した理由を教えてください。

 理由はふたつあります。ひとつめは、人間の精神に対する興味です。まだ小さい頃から「自分」とは何か、どこにあるのかと疑問を持つことがありました。少し成長して手足や内臓は移植できることを知り、精神の座としての脳が「自分」を作っているのだと考えるようになりました。高校で進路を決める時期に、人間の精神の謎に取り組む仕事がしたいと考え、医師になることを目指しました。医学部に入り、基礎と臨床を天秤にかけた後に精神科医を志すようになりました。

 もうひとつは、私は若い頃から腰痛持ちだったので、立ち仕事に耐えられませんでした。そのため長時間の処置や手術のある診療科は選択肢から消えました。格好良い理由ではないですが、こういうのも人生を決定する要素の一部だと思って受け容れています。

 なお、精神科医になった今も子供の頃の疑問は解決していません。「自分」とは何か、中国古典の『胡蝶の夢』から『マトリックス』のような映画まで、繰り返し扱われたテーマであり、難問なのだと思います。

現在はどのような働き方をされていますか?また、なぜ今の働き方を選んだのか、理由を教えてください。

 私は初期研修修了後、大学の医局には所属せずに精神科の国立病院で10年ほど臨床業務に従事しました。家庭の事情で2014年に鹿児島に移ったのですが、もともと研究にも関心があったので、大学病院での研究も面白いかなと考えました。そこで若い研修医向けの医局説明会におじさんがひとり混じって参加した後、教授をはじめとする先生方のお許しが得られたので鹿児島大学精神科に入局しました。

 私は現在は大学院生となっています。週のうち4日は大学病院に居り、うち2日半くらいの時間を研究に充てています。1日は外来で、残りは臨床グループのサポートです。週に1日は民間の精神科病院に勤務しています。

 

精神科を選んで良かったことは何だと思いますか?

 最初の質問で「精神の謎」への憧れから精神科を選んだと書きましたが、私の臨床は泥臭いものです。患者の生活に沿い、些細なトラブルに対応して、毎日の浮き沈みに翻弄されます。それでも、精神科の臨床は謎と魅力に満ちたものだと思います。

 以前、インターフェロンの副作用で抑うつ症状を呈した男性の治療を行ったときのことです。初診時、患者の表情は苦悶に満ち、抑うつ気分で日常生活に支障をきたすほどでしたので、抗うつ薬での治療を開始しました。しかし翌週に患者から、副作用がつらくて内服は続けられなかったと聞きました。彼は抗うつ薬を使わないことを希望し、その後は毎週診察だけを継続しました。薬物療法が行なわれない状況下で、私は症状の悪化を懸念しました。しかし患者は次第に回復し、抑うつは寛解に至りました。当時の私は、化学物質が人体にもたらした変化に対し、診察だけで治療効果が得られたことに驚きました。逆に患者の方が早くから治療効果を実感しており、診察を受けられたことに深く感謝していました。

 薬がダメでも他にも打つ手はある、という治療選択肢の豊富さは精神科の面白い点のひとつです。それにしても「精神療法がうつ病に有効である」と文字にしてしまえば簡単ですが、実際に起こっている現象はとても不思議ではないですか?

 

最後に、医学生、研修医の方へのメッセージをお願いします。

 精神科の標準的な治療を行っても、なお患者の症状が十分にコントロールされないことは多々あります。それは臨床的な実感だけでなく、例えばうつ病患者の3割は抗うつ薬を何剤か試しても寛解しないというデータがあります。逆に、医師にも患者にも理由がわからないまま、病気が消えていってしまうこともあります。また、臨床的には効果が実証されている薬物療法や電気けいれん療法も効く理由が詳細には分かっていません。精神科は現代においても十分に解明されていない最後の秘境のようなものです。一人でも多くの方の苦痛を軽減するため、謎の部分を解明するのも現代から未来の精神科医の使命の一つだと思います。

 

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