はじめに

序文

女性にとって、妊娠・出産・育児は、大きなライフイベントです。新たな命の誕生は大変喜ばしいことがらであると同時に、体にもこころにも大きな負担がかかる時期となります。この妊娠・出産・育児の時期をできるだけ健やかに過ごしていただくようにサポートしていくことは、とても大事なことだと考えています。というのは、それは、ご自身がその後の人生を健やかに過ごすこと、さらには、次の世代のお子さんたちが健やかに育まれていくことにつながっていくからなのです。最近、日本においても、妊娠・出産・育児期のメンタルヘルスに対する社会の関心は高くなっています。

こうした状況を背景に、日本精神神経学会と日本産科婦人科学会は、この問題に協働で取り組み、緊密な連携のもとに、2020年5月に「精神疾患を合併した、或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド:総論編」、2021年4月に「同上:各論編」を策定しました。これらのガイドには、精神科医、産婦人科医、助産師、看護師、ソーシャルワーカー、臨床心理士、保健師など、多職種の医療スタッフが連携し診療や支援を実践していく際に必要な情報が掲載されております。医療スタッフ向けの内容とはなっていますが、どなたでもウェブでご覧になることができます。しかし、ガイドに書かれている内容は、「こうしなければならない」という絶対的なものではなく、あくまでも専門家の意見として位置づけられているものであることをご留意下さいますようお願い申し上げます。またこの分野に関する日本における研究報告は限られているため、海外の文献も参考にしております。さらに医学が進歩すれば、変更されていく内容となっており、法的な規範となるものではないこともご承知下さい。

本書は、これらのガイドの内容に沿って、当事者(本人及び本人と直接かかわっている方)及び一般の方々向けに作成されました。作成にあたっては、こころの不調や病気を抱える当事者及び当事者会の支援者などの方にもご参加いただきました。当事者が、妊娠・出産・育児について、様々な疑問、不安、悩みを抱えていらっしゃることを共有し、少しでも解決につなげることができればという思いで作成いたしました。今後は、臨床の現場においても、ペイシェントセンタードケア(Patient-Centered Care: 患者中心の医療)として、当事者も治療チームの一員として参加することにより、治療やケアの方針を決定していくことが提案されます。本書が、日本において、すべての女性がセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(Sexual and Reproductive Health and Rights: 性と生殖に関する健康と権利)を実現していく足がかりとなれば幸いに思います。

「精神疾患を合併した、或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド」
当事者・家族版作成委員会

本ガイドの使い方

本ガイドは、妊娠・出産・子育てに際して精神の不調を呈した、あるいは精神疾患などを発症した本人と周囲の方々、及び精神疾患の診断を受けている本人と周囲の方々が、妊娠・出産・子育てを迎えるにあたり、適切かつ妥当に診療・サポートなどを受けることに役立つと思われる内容を、現時点で本邦において最も信頼性が高いと考えられる「精神疾患を合併した、或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド・総論編及び各論編」を主な情報源として、Q and A方式にまとめたものです。

本ガイドは、その作成過程において、当事者(患者本人、家族等、支援者など)の作成協力メンバーと作成委員会の間で情報を共有しながら議論と推敲を重ねてきたことが特徴と言えます。実際の医療現場においては、現場の当事者と医療者がそれぞれの責任のもと、共同で意思決定をすべきです。

このガイドは、医療現場において、当事者が医療者と話し合う場面などで、当事者にとって参考となる資料です。しかし、本ガイドの内容が、患者の具体的な状態を見た上での専門的な医療アドバイスに代わるものではなく、同ガイドを通じて医師と患者の関係が形成されるものでもないことに留意して下さい。そのため、本ガイドの内容によって、診療方針などが拘束されるべきではありません。

また、医療の現場では、データの積み重ねによって、時間とともに認識が変わっていくこともあるため、実際の共同意思決定に際しては、最新のデータも考慮していく必要があります。

したがって、本ガイド作成委員はもちろん、作成に協力した当事者などは、個々の診療行為について責任を問われることはなく、本ガイドが絡む、いかなる原因で生じた傷害、損失、損傷において完全に免責されます。

また、本ガイドは、上記趣旨のもとに作成された性格上、その内容は医療訴訟的事案、及び副作用被害の判断等における資料となるものではありません。本ガイドが適正に使用され、当事者が妊娠・出産・子育てに前向きに取り組むことに少しでもお役に立てることを、本ガイド作成委員及び当事者の作成協力メンバー一同願っています。