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コラム 精神科医が考えていること

『日本の長期在院・50年後の視点』

宮城県立精神医療センター
小高 晃

 この2月、外来通院中の患者さん二人が、グループホームから一般の老人施設に移ることとなった。 20年以上の長期入院を経て、約10年前グループホームに退院した方々である。 グループホームでの生活を通して、入院中に見られた幻覚や妄想は影を潜め、社会生活能力は改善し、 周囲の人々との交流も活発になっており、精神医学的な全体像は明らかに良くなっていた。 一方、身体的な老いは進み、施設見学を重ねて、身体介護を受けられる施設を選択することとなった。
 二人の退院までの経過を見直すと、医療として特殊な事柄を提供したのではなく、 病気についての説明・今後の改善可能性・社会生活の可能性を本人・家族に伝え、 生活の基盤となる収入・住居について準備をし、居住予定先の見学体験などを通して、 退院に向けての意欲が高まるのを待つ・・というあたりまえの支援を行った。 逆に言えば、当然提供されるべきリハビリテーションの基本事項が、それまで欠けていたことになる。 改めて、これまでの精神科医療のあり方を真摯にふり返る必要性を痛感する。
 仮に基本的なリハビリテーションの提供なしに、退院可能性を判断するとすれば、 治療のないまま回復可能性を判断することになり、非科学的・非倫理的であると云わざるを得ない。 リハビリテーション支援が提供されれば退院への意欲を持ち始める方々、本来退院可能性のある方々、 が数多く入院を続けていることは否定出来ない事実であろう。もはや、社会資源の不足のみを言い訳にする状況ではないように思われる。
 老人施設入所をひかえての外来診察場面で、お一人はグループホームよりも快適なケアホーム入所を心待ちにしていた。 もう一人の方は、グループホームでの生活について聞くと「よかったね」と答え、病院は?と聞いても 「良かったね」と柔らかな笑顔で答えていた。ふり返れば、病院のこともグループホームのことも、 良いことが思い浮かぶということであればそのことを喜びたいが、その笑顔は病院内ではついぞ見たことがないものであった。
 もし、50年後の精神科医達が、我が国の精神科医療の歴史を概観するとき、この時代はどう記述されるのだろうか。 深刻な権利の侵害とされた施設入所中のハンセン病の方々よりもひと桁数の多い 「長期在院中の方々」を精神科医がどう認識し対応したのか、厳しい審判が下されるのは残念ながら疑いようもない。 この時代の精神科医は、精神保健医療福祉の条件を変える努力と共に、 出来得る限りのリハビリテーションの提供を現在の医療の場で追求し続けるという、科学的・倫理的責任から逃れることは出来ないであろう。