ホーム >  コラム >  一精神科医が考えていること

コラム 精神科医が考えていること

『一精神科医が考えていること』

樺島 啓吉

 精神科医師になって40年近くなります。私だけでしようか。何年臨床を経験しても患者さんに接している時に 「このような場合はどうしたらよいのかな」などと迷ってばかりいますのは。 そういう私に接している患者さんはどのような気持ちでおられるのか、悩みつつ診療をしている毎日です。
 精神科の患者さんとの関わりは多くの場合、長い付き合いになりますのでこちらがいつも冷静に診療しているつもりでも、 人間ですから、性格や気持ちが患者さんに反映してしまいます。そこで私の気持ちをどう伝えるかが問題のような気がしています。
 私はありのままの姿を見ていただき、それを知ってもらうことで信頼性が高まり、治療関係が高まるような気がしています。
 私たちの病院では、患者さんが地域で生活できるように早くから社会復帰活動を試みてきました。それをさらに進める意味でACT (包括型地域支援プログラム)を始めて数年になります。
 この間に、20年以上病院生活を送っていた患者さんの一人暮らしをしたいという希望をかなえるために、 看護師とPSWが先頭に立ち24時間いつでも相談できる体制を作り、手取り足取り、生活援助をしてきました。 最初は、なかなか地域に馴染めずに苦労していましたが、病院からの支えによってと、 自分のことをこんなにもみんなが真剣に考えてくれていることを知り、自信を取り戻すことができるようになりました。  この患者さんを交えた話し合いで「ACTは私の松葉杖」と表現しています。
彼はその時々の気持ちを詩に表し、私に送ってくれます。退院して3年以上が経った現在、彼は次のような詩を送ってくれました

しあわせありがとう<あなたと共に>

しあわせしみじみ  心にしみる
あなたの真心  優しさ  ぬくもり  あたたかさ
私を変えた  キズ痕にしみて
痛いほどです じっと耐えながら  今日まで来ました
あなたの心で救われました  なにげない言葉
ひとつ ひとつで  こんなにも元気に
そして  今ではしあわせ  しあわせ  ありがとう
あなたと  共に…

この詩が送られてきた時、私は考えました。
 この方は私の真心、優しさ、ぬくもり、あたたかさを感じたといいます。 そして「なにげない言葉」から得た元気「あなたと共に・・・」で、しあわせを表現しています。 この彼が私から受け止めた思いの源はどこにあるのかと。
 私は戦後の10年間を中国大陸で育ちました。その環境もあるのでしようか、人のため、 国のために働くことの大切さ、広い視野と寛大さを持つことの大切さを教わりました。 中国で育まれた心が今、活かされているのかなと思う次第です。 社会から長期間離れての入院生活を送り、病棟で荒々しい言動をとるこの患者さんと同じ目線で付き合えたのも、 このおかげだと思います。最後は主治医を交代したのですが、退院後も私のことを忘れることなく 「あなたと共に」で表現されるように付き合ってくれています。このことに私も勇気つけられるのです。ここでは「間」が大切なような気がします。
 私が心がけているのはユーモアを意識しての「なにげない言葉」ですが、仲間のような感覚で使っているこの言葉に共感し、反応してくれているのではないかと思います。
 これからあと何年精神科医として働けるかわかりませんが、この気持ちを忘れることなく、 中国で育ったことを親に感謝しながら仕事を続けて行きたいと考えているところです。